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新型コロナウイルス蔓延が引き起こす「死因不明危機」(4月29日追記あり)

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
解剖が感染を引き起こす可能性が(写真:ロイター/アフロ)

誰が感染者か分からない

 新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の感染拡大が止まらない。

 日本国内でも感染者が1万人を超え、その数は増え続けている。実際の感染者はこの数倍はいるとされている。

 このウイルスの怖いところは、軽症者、症状のない者が多いということだ。もはやだれが感染者か発熱等の症状だけでは見分けれられない。

 実際、交通事故で搬送された患者さんにCT検査をしたところ、肺炎が見つかり、その後新型コロナウイルスの感染者であったケースが出ている。

群馬県は15日、県内で14日に新型コロナウイルスへの感染が確認された6人のうち、年齢や居住地などを調査中としていた感染者について、交通事故の負傷をきっかけに感染が判明した20代男性だったと発表した。

出典:朝日新聞デジタル記事

 こうなると、基本的には病院に来る患者さんすべてが、感染の可能性がある人として対策をしなければならなくなる。

解剖ができない?!

 こんななか、意外な影響も出ている。解剖がやりにくくなっているのだ。以下は私も関わっている病理解剖(剖検)を中心に現状を述べたい。

 まず、新型コロナウイルスの感染が明らかになっている患者さんの解剖の場合だ。

 解剖では、体液や便に暴露される可能性が高く、陰圧室等も含めた感染対策がなされている設備が備わっていないと、解剖を行うことはたいへん危険であるとされる。アメリカの法医病理医は以下のように述べる。

The autopsy procedure can cause the virus to be admitted into the air and can cause the virus to be present in the air for a few hours after the procedure(訳;解剖の操作により、ウイルスが空気中に混入し、解剖から数時間はウイルスが空気中に存在する可能性があります)

出典:Experts say autopsies too dangerous to perform on COVID-19 patients

 解剖を通じて医師や臨床検査技師などが新型コロナウイルスに感染し、それが病院の機能維持に大きな影響をあえてしまったら…。

 ただ、解剖する患者さんが感染していることが分かってさえいれば、感染を防ぐことはできる。

 国立感染症研究所も「COVID-19感染症の剖検における感染予防策」を公表しているが、一般公開はしていないので、アメリカのCDC(疾病管理予防センター)のガイドラインを有志の方々が訳したものを紹介する。

 上記のガイドラインは「COVID-19感染が既知または疑われる死者の剖検は、空気感染隔離室(Airborne Infection Isolation Rooms、以下AIIR)で実施する必要があります。」と述べる。この基準については、日本の基準においても踏襲されている。

 しかし、この基準を満たしていない解剖室しかない病院も多いのが現状だ。

 大学病院や大規模病院ならかなりの確率で基準を満たすが、中小の一般病院では、こうした設備が整っていない病院も多い。

 新型コロナウイルス感染者の解剖は、こうした病院では行うのが不可能だ。

非感染の証明は不可能?!

 となると、新型コロナウイルスに感染していない患者さんしか解剖ができなくなるが、感染していないことを100%証明することは不可能だ。

 新型コロナウイルスの感染を検査するPCR検査は、現状では症状のない患者さんに行うことは簡単ではないうえに、感染していることを100%証明することはできない。どうしても「偽陰性」が出てしまう。

 解剖をご承諾いただく患者さんは、たいてい病院内でCTなど画像診断をされているので、肺炎があるかないか等はある程度分かる。しかし、肺炎などがない患者さんにもウイルスがいる可能性はゼロではない。

 となると、設備が整っていない施設では、解剖を行うことが事実上不可能だ。

 実際日本病理学会はホームページのトップ画面に以下のような文章を掲載している。

新型コロナウイルス感染(COVID-19)病理解剖に関して

*病理解剖を予定している場合には、あらかじめCOVID-19を検査にてご確認ください。

*上記検査が実施できていない場合、あるいは検査によりCOVID-19が確認された患者さんの病理解剖にあたり、国立感染症研究所作成の感染予防策に記載された設備あるいは体制が準備できない場合には、病理解剖を行わないことも推奨されます。

*最終的には各施設のご判断となりますが、感染予防策に準拠しない施設での病理解剖の場合には、病理解剖を担当した病理医及び病理検査技師は「濃厚接触者」の扱いになる可能性があるとのことですのでご留意ください。

出典:日本病理学会ホームページ

 日本法医学会も同様の見解だ。

原因不明の肺炎を疑う解剖にあたっては、解剖前にCOVID-19感染の確認を行うようにとの国立感染症研究所からの要請があり、各医療機関あるいは所轄の保健所に検査を依頼する必要がございます。

一方、現在の解剖室の設備状況などが必ずしも国立感染症研究所の示した条件を満たしていない場合も想定されます。さらに、法医解剖という性質上、解剖前にCOVID-19感染症の検査ができないことも予想されます。先生方におかれましては、事前の警察との協議などを含め、状況に即した適切な対応をしていただけますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

出典:日本法医学会 COVID-19の剖検における国立感染症研究所からの指針に関して

マスク、防護服は最前線に

 感染の危険性だけでなく、解剖を行いにくい事情の一つに、マスクや防護服の不足がある。

解剖するときはフル装備になるが、マスクやガウンが不足する中、亡くなった人より患者さんに向かい合う医療者に優先すべきという声も。写真は筆者。
解剖するときはフル装備になるが、マスクやガウンが不足する中、亡くなった人より患者さんに向かい合う医療者に優先すべきという声も。写真は筆者。

 上記写真のように、解剖をするときには感染防止のために、N95マスクや防護服を着用することになっている。こうした装備は、今現在患者さんの治療にあたる医師などの医療関係者に回すべきだという意見もある。それはこの非常時には当然だ。

 しばらくは解剖を控えた方がよいということになる。

死因不明でいいのか

 しかし、解剖が担ってきた死因究明は、医療の質の向上にとって極めて重要だ。解剖ができない、やりにくい状況は、死因が不明のままの死が増えることを意味する。その先に待っているのは「死因不明社会」だ。

 解剖以外の手段で死因究明をすることは可能だろうか。

 死亡時画像診断(オートプシーイメージング;Ai)という方法がある。

Ai(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)とは、CTやMRI等の画像診断装置を用いて遺体を検査し、死因究明等に役立てる検査手法であり、死因情報について遺族や社会の「知る権利」を具現化するために必要不可欠なものである。

出典:Ai(オートプシー・イメージング)適用ガイドライン(Ai学会案)

 もちろん、これも感染の危険性があるため、感染防止に留意しなければならないのは当然だ。また、解剖ほど情報が得られないので限界がある。

 もう一つは、解剖の際に採取する臓器や組織を最小限に留める方法だ。針などで組織を最小限採取する方法で、新型コロナウイルスの論文でも用いられている。

 どのような手段を選ぶにせよ、感染するリスクを減らすのが最優先だ。

解剖不要の通達を早急に

 しかし、解剖、とくに病理解剖が減少することによる影響は、死因究明の危機に止まらない。

 病理医は解剖の経験数が専門医試験の受験資格になっている(こちら参照)。

 医学部を卒業した医師は、卒後臨床研修において解剖症例を経験し、カンファレンスを開き、レポートを書くことが研修終了の要件となっている(こちら参照)。

 このほか、内科の認定教育施設の要件にも、解剖数、解剖症例のカンファレンスの数が挙げられている(こちら参照)。

 こうした解剖の数の基準に関しては、厚生労働省や学会が早急になんらかの対応を示さないと、私たち病理医に解剖を行うべきという要望が減ることはないかもしれない。

 今は患者さんの命を救うのが最優先にすべき時期であり、解剖は現時点での医療における優先事項ではないことは理解している。

 だが、医療関係者を感染から守りつつ、死因究明を怠らないようにすることは、非常時の現在においても重要であることは変わらない。

 昔から病理解剖における感染のリスクに関しては指摘があり、結核の集団感染といった事例が起きたこともある。

 しかし、解剖は保険適用の範囲外であり、病院にとって採算が取れないものであった。それゆれ、感染対策がお粗末な解剖室しかない病院も多い。

 いずれ危機が去ったとき、アフターコロナの課題ではあるが、解剖の位置づけを含めた抜本的な改革が求められていると言えよう。

追記(4月29日)

 この記事を書いたあとにも、報道が相次いでいる。

 日本病理学会は4月27日に病理解剖の方針を発表した。

病理解剖の実施に関しては病理解剖前に新型コロナウイルス感染症のPCR検査を、原則すべての症例で実施することを推奨いたします。

出典:新型コロナウイルス感染症を含む病理解剖について(2020年4月27日更新)

 こうした状況ではあるが、病院によってはいまだ解剖をやってほしいという要請があり、対応に苦慮している。また、いまだPCR検査は容易ではない現状が重くのしかかる。

 早急に医師の研修における解剖数の要件の緩和を求めたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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