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経団連と大学の「通年採用」提言~漂流博士は救われるか

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
経団連と大学の「ジョブ型採用」移行提言は博士の就職難解決につながるか(写真:アフロ)

メンバーシップ型からジョブ型へ

 日本の雇用の在り方を変えることになる提言が発表された。

 これは、経団連と国公私立大学のトップがメンバーの「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が公表したものだ。

Society 5.0時代の雇用システムや採用のあり方

-ジョブ型を含む複線的なシステムへの移行-

新卒一括採用(メンバーシップ型採用)に加え、ジョブ型雇用を念頭においた採用も含め、 複線的で多様な採用形態に、秩序をもって移行すべき。

出典:採用と大学教育の未来に関する産学協議会 中間とりまとめと 共同提言

 かねてより私は、新卒一括採用とそれに伴って行われる年功序列、終身雇用といったメンバーシップ型採用が、40歳人文社会科学系博士が就職できない、そしてロスジェネ、就職氷河期世代と呼ばれる世代が生まれてしまった大きな要因と考えてきた。

 研究というのは一つのことを深く究める行為であり、大学や研究機関の採用も、たとえば化学の教員募集に言語学の人は応募できないのは当たり前で、仕事に応じて人を募集するジョブ型採用を行っている。そして、研究者になることを志し、大学などで研究してきた人たちは、大卒時あるいは修士課程修了時などに、企業のメンバーになることを選ばなかった人たちだ。

 メンバーを最初に集めて仕事を割り振るメンバーシップ型採用をしてきた企業にとって、メンバーではない博士号取得者を40歳で採用することはまれだ。大学院生やポスドクのような存在は「規格外」とされた。

 博士号取得者の就職難は、ジョブ型のアカデミア(学術界)とメンバーシップ型の企業との間の採用の仕組みの違いによって深刻化したと言える。

 そういう意味で、今回の中間とりまとめと提言は、博士号取得者が活躍の場を増やすことにつながるのではないかと期待している。

メンバーシップ型の終わり

 戦後の高度成長期にメンバーシップ型採用が果たした役割は否定できるものではない。私の亡き父親もあるメーカーに50代まで勤めていて、そのおかけで私たち家族は安定を得られ、それこそレジャーまで面倒みられていた。父と母は社内結婚であり、私という存在そのものもメンバーシップ型採用のおかげといえるかもしれない。

 その代わりに深夜まで仕事をするなど滅私奉公的な働き方が要求され、60代で亡くなったが…。

 ご職業は?と聞かれて○○社に勤めていますと答えたりとか、何ができますか聞かれて「部長ができます」と答えたりという笑い話?は、メンバーシップ型がどういうことかを如実に示すエピソードだ。

 スキルが乏しい新卒者の失業率が低かったのも、メンバーシップ型採用のなせる業だ。スキルを習得できる可能性で採用するので、名門大学、場合によっては名門高校卒が優先的に採用される。大学入試の結果はそのポテンシャルを示すためのシグナルに過ぎず、当然大学に入ってからの勉強を頑張る動機が沸かない。一部の企業は大学一年生採用を行うということさえ表明する。

 しかし、メンバーシップ型採用は景気が右肩上がりの時期にできた採用形態だ。長く不況が続き、また世の中が目まぐるしく変化するようになると、企業内のメンバーでは対応仕切れない状況が増えてきた。

 現在大手企業の45歳の社員が退職を迫られている。年功序列で給料が高いものの、その仕事が時代にマッチしていない人たちがターゲットにされている。メンバーシップ型採用が原因の悲劇だといえるだろう。

 こうした状況のなか、外から新しいメンバーをなかなか雇えず、変化に対応仕切れなくなったという問題意識が、経団連を動かしたといえるだろう。

世界規模で激しくかつ不連続に変化する Society 5.0 時代においては、これまでの新卒一括採用と企業内でのスキル養成を重視した雇用形態のみでは、企業の持続可能な成長やわが国の発展は困難となる。

出典:採用と大学教育の未来に関する産学協議会 中間とりまとめと 共同提言

新卒採用だけがジョブ型?

 ただ、どうも気になるのが、今回の提言が、新卒採用、せいぜい既卒数年目か大学院卒の採用に限っているように読めることだ。リカレント教育の重要性なども書かれているが、既存の社員が大学院で学ぶことを想定しているように読める。

 しかし、採用だけジョブ型になったところで、その後の処遇が変わらなければ、ジョブ型の意味がない。

 東北大学の川端望教授は以下のように述べる。

普通に考えれば,ジョブ型で採用すれば,ジョブ型で処遇するのが整合的だ。すなわち,1)ジョブ=職務のグレードと職務の成果に対応した給与とし,2)ジョブが変わらない限り昇進や配置転換や転勤はなく,3)ジョブが存在してそれを当該労働者が正常に遂行できる限り雇用され続けるが,4)ジョブが消滅する場合は解雇される。現在,日本企業の大半では,そのような人事管理を正社員に対して行っていない(非正規には,差別的低賃金で,かつ3)を除いて適用している)。ジョブ型の処遇に踏み込むつもりはあるのだろうか,ないのだろうか。

出典:「ジョブ型」通年採用は「仕事に即した処遇」と「年齢不問」を意味することは認識されているか:「採用と大学教育の未来に関する産学協議会の中間とりまとめと提言」を検討するにあたって

 新卒一括採用が行われているのは年齢差別を禁止する雇用対策法の例外であり、ジョブ型に移行すれば、当然この例外は廃止されるという。

職務に対応した「専門スキル」を基準に採用し,通年で採用し,新卒,既卒は関係ないとする以上,年齢を制限できないと見るのが理屈だろう。「ジョブ型採用だけど若年層に限ってくれ」というのでは,理屈が立たず,中高年男女から差別だという訴訟が頻発するだろう。

 とすると,「ジョブ型採用」の場合,新卒者は,少し年齢が上の既卒者のみならず,数多くの,あらゆる年齢の,転職・中途採用希望者と,専門スキルで競争しなければならないのだ。

 それが良いとか悪いとか言っているのではない。制度の整合性を保とうとすれば,そうならざるを得ないのだ。

出典:「ジョブ型」通年採用は「仕事に即した処遇」と「年齢不問」を意味することは認識されているか:「採用と大学教育の未来に関する産学協議会の中間とりまとめと提言」を検討するにあたって

 若い人たちにとっては、いままでの常識がひっくり返る事態だ。だからこそ提言には大学の教育過程も含めた改革の必要性について多くの記載がある。

バラ色の未来ではないが…

 ただ、ジョブ型採用が広がったところで、バラ色の未来が待っているわけではない。

 過渡期にいる30代、40代にとっては、急に梯子を外されたと思う人がいるだろう。メンバーシップ型の大企業に安定性を求めて就職した人にとっては厳しい状況だ。

 常に能力の向上を要求されるようになり、楽な仕事はない。それはチャンスであると同時にプレッシャーでもあり、未来が見通せないということでもある。

 人々がどれほど安定を望むのか、というのは、親が子供に望む職業の上位に「公務員」というメンバーシップ型採用の最たるものが入るというあられもない事実からよく分かる。

 また、企業のメンバーになれなかった人は、非正規雇用の単純労働を続けざるを得ず、売れるスキルを持っていない。だから、現在起こっていることは、人手不足なのに失業者がいるという状態、ミスマッチだ。

2018年度上半期の中途採用において、人員を確保できた企業は45.0%、確保できなかった企業は54.2%となっており、中途採用確保D.I.(「確保できた」-「確保できなかった」)は-9.2%ポイントとなっており、2期連続で0を下回り、過去最低となった。

出典:リクルートワークス研究所 中途採用実態調査 (2018年上半期実績、2019年度見通し)

 最近就職氷河期世代と言われた世代の人たちを「人生再設計第一世代」と名前を変えて、能力開発などを行っていくべきとの提案がなされた。

こうした世代の人々が必要なスキルを得てキャリアアップし、より安定的に就労でき、正規化する仕組みを構築することは、いくつになっても充実した働き方ができる社会をつくる上で重要な第一歩となる。人生 100 年時代においては、このように、いつでも、いくつになっても人生を再設計できる仕組みが欠かせない。それは、結果として、人材不足に直面する企業にとってもプラスとなる。

出典:平成31年度第5回経済財政諮問会議資料

 しかし、こうしたことで、政府が求めている「Society 5.0」を担う人材が生まれるだろうか。

Society 5.0 時代の人材には、最終的な専門分野が文系・理系であることを問わず、リテラシー(数理的推論・データ分析力、論理的文章表現力、外国語コミュニケーション力など)、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会の構想・設計力、高度専門職に必要な知識・能力が求められ、これらを身につけるためには、基盤となるリベラルアーツ教育が重要である。

出典:採用と大学教育の未来に関する産学協議会 中間とりまとめと 共同提言

 このように、ジョブ型採用が広がればすべて解決というわけにはいかない。バラ色の未来はない。

 しかし、それでも今回の採用と大学教育の未来に関する産学協議会の中間とりまとめと提言を支持したいし、道はそれしかない。

 何らかの専門性を持っている30代、40代ポスドク、非常勤講師にとっては、門戸が広がり活躍の場が広がる可能性があり、歓迎すべきことだ。

 だから、これから議論すべきは、この方針が骨抜きにされないことと、公的セーフティネットの充実化だ。メンバーシップ型採用では企業が面倒を見ていた様々なものを、公的に担っていく必要がある。様々な場で言われいているように、世代を問わずリカレント教育が受けられるようにすることも必要だろう。

 今回、採用と大学教育の未来に関する産学協議会が発表したのは、あくまで中間とりまとめだ。今後細部を練っていくことになる。

 最後に、これぞジョブ型という話を紹介したい。

 物理学で学位をとった著者がアメリカで職を転々としながら生きてきた記録だ。博士号取得者の方々が、いろいろなことで食っていける社会を実現するためにも、ジョブ型採用の行方をウォッチしていきたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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