群馬大医学部入試年齢差別疑惑~文科省回答の不誠実さ

9月19日付の文科省の回答は中身のないものだった(佐藤 将史さん提供)

厳しい回答

 9月12日の記事「医学部入試男女別合格率公表~文科省は年齢差別も調査せよ」に書いたとおり、2006年の群馬大医学部入試の面接試験において、年齢差別が行われたか否かを問うた要望書が文部科学大臣宛に提出されたが、その回答が先ごろ届いた。回答期限を2日すぎた9月19日付とされる文章だ。

 それは、要望書を出した佐藤薫さんや、代理人である息子の佐藤将史さんにとって、到底納得いくものではなかった。

9月19日付とされる文科省の回答(佐藤将史さん提供)
9月19日付とされる文科省の回答(佐藤将史さん提供)

 回答期限を2日遅れたからには、内容をまとめるのに苦労したのではないか、それだけ内容のあるものなのではないかと若干期待したが、中身は何もなかった。

 個別の大学入試の資料はそれぞれの大学に請求せよと…

 これが佐藤さんたちにとっていかに理不尽なことであるか。佐藤さんたちは裁判で群馬大学に情報の公開を要求したのに、群馬大学は拒否したのだ。だから今回文部科学大臣宛に要望書を出したのだ。

 また、これは女性差別問題の際の文科省の対応とも異なる。女性差別では、大学個別の調査を行うことに言及していたのだ。

同省大学入試室の山田泰造室長は「志願者に占める入学者の割合(合格率)は、ほかの学部学科では女子優位の傾向があり、医学部はそれとは違う傾向にある。何%から特異かといえば分からないが、今後各校を個別に調査していきたい」と話した。

出典:ハフィントンポスト記事

 これでは年齢差別があったか否かを知るすべがまったくないことになる。

面接という名のブラックボックス

 大学入試における面接試験は、人物を知る上で重要だとして、多くの大学が導入している。

 とはいえ、伝え聞くところでは、意思疎通ができない、自分の意見を押し通すなど、明らかに医師としての適性を欠いている場合のみ低い点にしているという。だから、面接で不合格になる例は少ないという。

 しかし、今回のケースのように、裁判でも明かされない、文科省も調査できないとなると、面接で何を評価したかは闇に葬られる。入試は「大学の裁量権」だからということだろうが、監視がなければ入試要項には書くことができない差別的なことを行う余地を残してしまう。

 そして多浪生やいったん社会人になってから入りなおす再受験生にとっては、何が悪かったか、反省する機会を得らないまま不合格となる。

 逆もありうる。特定の受験生に加点し、合格させるといったことも可能になる。要はやりたい放題になってしまうということだ。

「学問の自由」を隠れ蓑に…

 文科省にとっては、大学にとやかく口を出したりするのは「学問の自由」を侵すから、大学入試に首を突っ込みたくはないのかもしれない。

 これは私が追っている研究不正問題でも同様だ。文科省は現在「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」において、研究不正の調査を大学や研究機関に要求しており、アメリカにある「研究公正局」のような公的機関を作るつもりはないという。

 ある会議で文科省の担当者の発言を聞いた。研究公正局のような組織を作らないのは「学問の自由」との兼ね合いがあるからだという。

 しかし、東京医大の汚職を見れば、文科省があの手この手で大学を管理していることが分かる。面倒に巻き込まれたくないときにだけ「学問の自由」を使ってほしくないものだ。女性差別問題では大学個別の調査を示唆しているが、これは「学問の自由」に介入することにはならないのだろうか。

 そして大学が調査結果を発表せず、事件を闇に葬り去ってしまうのは、研究不正でも同じだ。

「高齢医師」の価値

 佐藤薫さんが2006年、群馬大学に入学していたら、どのような医師になられただろうか。

 優秀な成績で入学された佐藤さんは、在学中はまじめに授業に出られたと思う。その態度はきっと、若い学生に大きな刺激を与えたに違いない。もちろん、覚えることが膨大な医学の勉強は大変だと思うが、佐藤さんならきっと乗り越えられたことだろう。

 そして2012年春、62歳のときに医師国家試験を受け、研修医となられたはずだ。

 2018年の今、佐藤さんは68歳。医療の現場で日々働いていたはずだった…。

 60代で医師になった人は過去にもいる。

27年間勤めた高校教師を辞め、夢であった医師になることをめざし京都大学医学部に入学した葛城四郎さん。医師国家試験に8回チャレンジし当時、最高齢の63歳で合格、念願の医師になることができました。年下の先輩医師に怒られながらも産婦人科などで2年間の研修を終え医師としてスタートする新米医師のひたむきな姿を描きます。

出典:NHKアーカイブス

 ウェブの情報によれば、葛城さんは80歳まで活躍されたという。

青森県十和田市立中央病院の研修医、水野隆史さん(61)が、農水省のキャリア官僚から医師へ転身するのを決めたのは2005年、北陸農政局に勤務していたときだ。ふと目にした新聞記事に、50代の女性が医学部に合格したとあった。「50歳くらいになったら役所を辞めて違う道にと思っていた。やるならいまじゃないのか」

出典:日経新聞記事「還暦で踏み出した医師の道」

 水野医師は現在も十和田市立中央病院に勤務されているようだ。

 高齢で医師になった人たちへの風当たりは強い。医師一人を養成するのにかなりお金がかかる。医師になっても活躍できる時間が短いのだから、もっと長く活躍できる若い人に席を譲るべきだ…。

 32歳で医師になった私でさえ、こうした話は耳にしている。

 けれど、医師の価値は現役でいられる時間の長さだけではない。学生時代に若い同級生たちに大きな刺激を与える。もちろん外科など一部できない科はあるにせよ、他分野での経験が生きる科もある。若い医師が敬遠する医師が少ない地域に行くことも、一つの活躍の道だろう。

 何より、ほかの仕事などを経験してきた人が医療に加わることは、多様性の少ない医療現場を変えるポテンシャルを秘めていると思う。

オープンでフラットな議論を

 高齢医師に対しいろいろな意見があるのは認める。60歳ならいいとして、70歳ならどうなのか、どこから線引きをすべきなのかなど、難しい問題も多い。

 もし受験アドバイスを求められたら、医学部や医療現場の実態を話し、50代や60代で医学を学ぶのは大変だから、よく考えろというだろう。

 しかし、それでもやりますと腹をくくる人には、がんばれと後押ししたい。

 医師養成の在り方は、医師を含め、社会の多様な人々を交え議論していくことが必要だ。

 そのためにも、群馬大学は年齢差別があったのならあったと明らかに認めたうえで、どうすればよいのかを考えていくべきだ。

 文科省の回答はそのチャンスを奪ってしまった。残念だ。