MITが選ぶ「世界の最も優れた50の企業」から日本企業が姿を消した

(写真:アフロ)

 8月3日、今年もMITテクノロジーレビューが選定した「スマート・カンパニー 50」が発表された。

 このレポートでは、革新的なテクノロジーと効果的なビジネスモデルを組み合わせている、世界で最も優れた企業50社が選定されている。ようするに、世界で最もイノベーティブな企業ということだ。2016年は、我が国からはトヨタ、ファナック、ラインの3社が選ばれている。一昨年はラインのみ、その前はゼロであったから、昨年は調子がよかったと言えよう。しかしここに来て、またゼロに戻ってしまった。中国からは、台湾2社を含め9社が選ばれていることを鑑みれば、日本勢はかなりまずい状況である。

 各社の動向については、レポートを読んで頂きたい。研究者らはよく分析していて、選定理由には納得がいくだろう。そうした信頼の置けるレポートであるからこそ、この結果は深刻に受け止めたほうがよい。

 なぜ今年は日本企業がランクインしなかったのか。この結果は我が国においていかなる意味があるのか。MITテクノロジーレビューの見解を参照しながら、考えてみる必要がありそうだ。結論から言ってしまえば、もし今後もこのような状況が続けば、我が国の企業は衰退し、国民はみな、貧乏になる。

なぜ日本企業は選ばれなかったのか

 レポートが発表されたまさにその日、MITテクノロジーレビューに「日本企業がMITのスマート・カンパニーにランクインしなかった理由」と題する記事が掲載されている。有料会員限定の記事なので、筆者が補足を入れながら、ランクインしなかった理由についてかいつまんで説明する。

 上級編集者のデイビッド・ロットマンは、選定の特徴について、次のように述べている。「このリストは、単に今日最大の企業や、最も収益を挙げているプレーヤーを列挙したものではない。テクノロジーの進歩を活かせるビジネスモデルを有しているイノベーティブな企業に焦点を当てている。将来、どの企業が支配的になるかについての最善の予測なのである。」つまり、ここに選定されていないということは、将来的に市場でプレゼンスを発揮する見込みが薄いということである。

 多くの研究によって「スーパースター企業」の時代が到来していることが明らかになっている。ハーバード大学のローレンス・カッツ教授らは、各産業における売上が、ごく一部の企業に集中する傾向が加速していると述べている。それに伴い、労働者全体の収入が下がっていることは注目に値する。格差が広がっていて、低賃金の人たちが増えていることが、全体を押し下げているのである。

 カッツらの分析に従えば、労働者のスキルの高低が、格差を生み出している。例えばアメリカの場合、移民労働者の増加によって低スキルの労働者が増えた。それによって全体の賃金が低下したようである。また、発展途上国からの輸入が増大しており、国内の低スキル労働者が必要とされなくなってきた。それにともない、実質最低賃金もまた、低下しているようである。必要でないものの価格は下がる。否、適正化する。賃金も同じである。技術進歩の時代において、高いスキルをもつ労働者と、そうでない労働者の間に、格差が生じているのである。

 記事にあるように、20世紀の経済では、 国全体の収益のうち労働者の取り分はおよそ一定であった。経済が成長すれば、それに応じた取り分を得ることができた。しかし、国の収入に対する労働者の取り分は、過去数十年間にわたって縮小してきている。この原因は、人間の労働を奪い取るロボットのせいではない。スーパースター企業が出現したせいである。これらの企業は、高度なテクノロジーを駆使して収益を得ながら、従業員の数を減らしている。そしてスーパースター企業は、より高い能力を獲得することを目指し、従業員に他社よりも高額な給料を支払う傾向にある。この能力は、効率的に生産する能力ではない。そうではなく、より価値のある生産を実現することのできる能力である。新しいテクノロジーを駆使して、効果的なビジネスを生みだす能力である。このような能力のあるなしが、格差を広げてしまっているのである。

 OECDの経済学者らは、様々な分野におけるフロンティア企業の生産性は確実に成長していると述べている。「フロンティア企業は、業務を合理化し、新たな市場機会を生み出すためにインターネット、ソフトウェア、その他のテクノロジーを最大限に活用している。しかし、新しいテクノロジーを実際、非常に効果的に使えている企業は、ほんの一握りだ。」旧態依然の、変化を好まず、求められる能力を獲得することに最大限の努力を払っていない企業が存在することが、経済全体の足を引っ張っているのである。ダン・アンドリュース所長代理は「テクノロジーはますます複雑になってきており、多くの企業がそれに適応できていない可能性があります」と指摘している。

 企業間の格差、そして労働者間の格差は、今後も広がっていくだろう。新たなテクノロジーはビジネスの可能性を広げている。そのテクノロジーを用いて、実際にビジネスを創造できる企業だけが、利益を上げることができるようになる。これは当然の話である。ごく単純に言ってしまえば、より安価に、より高い価値を享受できるものを、顧客は求めている。好き好んで価値のないものに金を払う顧客はいない。しかもテクノロジーの進展により、より高い価値へとアクセスすることが容易になっている。競争はますます激化し、そして顧客の関心は、一つのものに集中していく。「テクノロジーの進歩を活かせるビジネスモデルを有しているイノベーティブな企業」だけが、存続を許されるようになるのである。

 この記事のタイトルは「日本企業がMITのスマート・カンパニーにランクインしなかった理由」である。記事のなかに、その理由は書かれていない。しかしながら、ここで言いたいことは明らかであろう。我が国の企業は、高度なテクノロジーを用いて、ビジネスモデルを生み出せていないから、ランクインしないのである。単に技術力を高めるだけではなく、それを用いて各々が価値あるビジネスを創造しなければ、日本は貧しくなっていくばかりである。

ビジネスを生みだす方法

 筆者は不安や恐怖を与えることを好まない。これまで述べてきたように、不安や恐怖は創造性の最大の敵である。いい気分でないと、人は拡張的な思考ができない。能力を伸ばし、創造的に思考し、新しい価値を生み出せば、金を稼ぐことはできるようになる。別になんの問題もない。

 ビジネスが生み出せない要因は明らかである。ビジネスとは、やりたい人がやるものである。つまり、やりたいと思うことがないのである。あるいは、困難を乗り越えてでもやってやろうと思えるものがないのである。志がないのである。ビジョンがないのである。すなわち、何事かをなさんという強い意思を示す対象が、いまだ描かれていないのである。

 テクノロジーをこねくり回したとて、ビジネスは生まれない。それよりも、ビジョンを描くことが重要である。そのビジョンはどうすれば現実化することができるのか。実際に、どのような流れでやるのか。誰でもできるようになるために、以下に簡単にまとめてみる。

(1)何を「やってやる!」のか   →ビジョン

(2)何をすれば、どうすれば可能か →ビジネス

(3)どのようにやるのか      →ビジネスモデル

 (2)において、いかなるテクノロジーを用いるとより高い価値が生まれるのかを考えるとよい。テクノロジーは、ビジョンを達成する手段に他ならない。

 (3)について、ビジネスモデルを考えるためのプロセスを述べておきたい。國領二郎はビジネスモデルについて、誰にどんな価値を提供するかを考えることから始めている。このことは、(1)においても重要である。顧客がいなければ、ビジネスは成り立たない。よって、何をやってやるのかを考えるときに、それをやることで誰が喜ぶのかを想定しておくことは重要である。ドラッカーもまた、事業を定義するための方法について、顧客は誰か、顧客はどこにいるのか、顧客は何を買うのか、顧客にとっての価値は何かの4つを挙げている。特定の顧客を想起することから始め、そのためにテクノロジーを用いるという姿勢が、ビジネスを生みだす。

 やってやりたいことがあるのだから、それを実現する能力、スキル、技術を伸ばせばよい。もしくは、外から取り入れてきたらよい。このことは、企業だけでなく、労働者についても同じことがいえる。能力を伸ばそうという動機、新しいことに取り組もうという動機は、結局のところ、いかなるビジョンが描けるのかにかかっている。誰を、どのように喜ばせるかを思い描き、その人の笑顔を想像したとき、ビジネスの姿もまたかたちになってくる。

 最後に、以下に参考記事を上げておきたい。日本企業が再び世界を席巻する姿を、筆者は見てみたい。

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