Yahoo!ニュース

習近平はなぜ平昌五輪に出席しないのか?――中国政府関係者を直撃取材

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
昨年12月14日、文在寅大統領は習近平国家主席に平昌冬季五輪出席を懇願(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

平昌冬季五輪には、閉幕式も含めて習近平国家主席が出席しないこととなった。なぜ出席しないのか、また現在進行中の南北朝鮮融和策に対して、中国はどう思っているのか、中国政府関係者に直接聞いた。

◆開会式には韓正氏が、閉会式には劉延東氏が

 2月9日に韓国の平昌(ピョンチャン)で始まった冬季五輪の開会式に、中国政府からは新チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員7名)の党内序列最下位(No.7)の韓正氏が出席した。

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、昨年5月に大統領に就任して以来、何度も中国の習近平国家主席に平昌冬季五輪の開会式に出席してくれと懇願してきた。そのため昨年12月に文在寅大統領は訪中して習近平国家主席と会談したのだが、習近平国家主席から出席するという言葉を引き出すことができず、今年1月16日に、中国外交部は韓正氏を派遣すると発表した。

 中国のネットでは、「ハハハ……、小七(シャオ・チー)が行くのか」などといった冷やかしのコメントが見られた。「小七」の「小」という文字は侮蔑の意味を表しており、「七」はいうまでもなく「党内序列No.7」を指す。「なんだ、官位の低い者しか派遣しないじゃないか」という、韓国あるいは文在寅大統領を嘲笑したものだ。

 文在寅大統領は、「それならせめて閉会式に出席してほしい」と習近平国家主席との電話会談で懇願したようだ。特に2022年には中国の北京と河北省張家口で冬季五輪を開催するので、閉幕式に参加して旗を受け継ぐ形を取ってほしいと希(こいねが)ったとのこと。しかし中国側は習近平国家主席の出席はあり得ず、それなりにハイレベルの者を派遣するとしていた。

 それでも諦めきれない文在寅政権は懸命の努力を重ねていたのだが、2月9日に、国務院副総理の劉延東氏(72歳、女性)が閉会式に出席することが決まったと、韓国の「朝鮮日報」が伝えた。数多くの中文メディアが報道している。劉延東氏は、来月3月5日から開催される全人代(全国人民代表大会)で国務院副総理を離任する。

◆なぜ習近平は出席を拒んだのか――中国政府関係者を直撃取材

 そこで、なぜ習近平国家主席が平昌冬季五輪に出席しないのか、中国政府関係者に聞いた。また、今般の冬季五輪における南北対話など一連の現象を中国はどう思っているのかに関しても直接尋ねた。報道には噂レベルの憶測が多いからだ。

 以下、Qは筆者で、Aは中国政府関係者である。( )内は筆者の説明。

Q:習近平国家主席は、平昌冬季五輪の開幕式に出席しませんでしたし、閉幕式にも出席しないようですが、それはなぜですか?

A:中韓の関係はギクシャクしていて、うまく行ってないからだ。

Q:それは主として、どのことが原因ですか?

A:いうまでもなく、サード(THAAD、終末高高度防衛ミサイル)の韓国配備の問題があるからだ。

Qそのために、去年の10月末に「三不一限」という中韓合意文書を出して韓国に圧力をかけたのではなかったのですか?

(三不一限とは、「米国のミサイル防衛体制に加わらない。日米韓協力を三カ国軍事同盟に発展させない。 THAADの追加配備は検討しない」の三つの「不(~ない。ノー)」と「現有のTHAADシステムの使用に関して、中国の戦略的安全性の利益を損なわないよう、制限を設ける」を指す。)

A:たしかにそうだが、韓国は何も守りはしない。結局、アメリカの顔色を窺って怯えている。日本に対してだけはやや強気だが、アメリカには、いやいやながらも、ひれ伏している。結局、五輪が終わったら、また米韓合同軍事演習を再開するというアメリカの要求を断りきれないでいる。安倍(首相)が文在寅と会談した際(9日、平昌で)「米韓合同軍事演習を延期すべきではない」と主張したのに対し、文在寅が「わが国の主権の問題だ」と突っぱねたのは評価できるが、それ以外は文在寅はアメリカの顔色を窺い、今度は金正恩の顔色を窺っている。信用できない。

Q:南北会話が進むことは、中国としては歓迎しているのではないんですか?

A:そりゃあ、もちろん、中国は早くから対話による解決を求めてきた。だから対話に進むことは歓迎している。しかし今の状況、あれは何だい?文在寅はまるで北にさらわれてしまったようなあり様じゃないか!

Q:北朝鮮側は五輪参加のあと南北首脳会談に持ち込もうとしていますね。

A:五輪参加まではいい。北朝鮮は南北対話により米韓合同軍事演習を阻止しようとしているところまでは、まだ理解できる。しかし北朝鮮の狙いは、米韓の離間を通して国連制裁を骨抜きにしようとしているだけでなく、北朝鮮問題を南北朝鮮の二国間だけで解決しようとしていることにある。(中国を含む)六カ国会談から離脱しようとしていることが問題なのだ。

Q:金正恩は「民族同士の問題として解決する」と強調していますね。

A:そこだよ!朝鮮民族だけの問題として解決させるという考え方は危険だ。

Q:(吉林省)延辺朝鮮族自治州にいる朝鮮族の独立を刺激するからですか?

A:それもある。中国の影響力を削ぎ、かつ中国に不安定要素をもたらそうという魂胆だ。しかし文在寅の力量では、まるで北に「拉致されてしまった」ようなもので、北の核保有を止める力などない。結局、北に核を持たせてしまう。

Q:だから先般、楊潔チ(国務委員)がワシントンでティラーソン国務長官と会談した時に、「中国は北朝鮮への制裁を支持する」と言ったのですか?この辺は、どうも中国が主張してきた「双暫停」(北朝鮮もアメリカも軍事行動を暫定的に停止して、話し合いの場に着け)と矛盾するように思われたのですが……。

A:中国の立場は複雑だ。何と言っても、隣り合わせで問題の国、北朝鮮が存在しており、その暴発に直接の影響を受ける。被害は甚大だ。だから慎重に動かねばならない。おまけに中朝は(軍事)同盟国でありながら、北は中国に友好的ではないという、雁字搦(がんじがら)めの関係にある。だから中国は独自の判断を慎重に行なっていかなければならない。その許される範囲内で国連安保理と歩調を合わせてきているつもりだ。しかし、それにしても、金正恩め!中国の言う通りにはしないというシグナルを出してきた。六カ国会談を離脱し、中国もアメリカも除外した「朝鮮民族だけによる解決」という美辞麗句を持ち出してきて、韓国を骨抜きにするつもりだ。文在寅は、金正恩に拉致されてしまったんだよ。北は「中国が希望する通り、対話による解決をするんだから、文句はないだろう!」と、中国に難題を投げつけてきている。

 そんな冬季五輪に、習近平がノコノコと出かけるはずがないだろう!

 以上だ。筆者の解説は控える。この会話から、賢明な読者は十分に読み取って下さるものと思う。

 なお、「朝鮮民族による解決」に関しては、1月12日のコラム<南北対話「朝鮮民族の団結強化」に中国複雑>をご参照いただきたい。また劉延東氏の閉会式出席に関しては、まだ正式発表は何もないとのことだった。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

遠藤誉の最近の記事