Yahoo!ニュース

米メディアが分析する中国EVリチウムイオン電池の現在地 他の国は「数十年は追いつけない」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
ニューヨーク・タイムズ(写真:ロイター/アフロ)

 4月25日のコラム<中国はなぜ安価なEVを生産できるのか?>で、2023年5月16日のニューヨーク・タイムズの<Can the World Make an Electric Car Battery Without China?(中国抜きで世界はEV用バッテリーを製造できるのか?)>という報道に関して、時間があれば詳細を別途解説したいと書いた。体力はさて置き、時間が今日1日だけあるので、そのお約束を果たしたい。

 ニューヨーク・タイムズの内容はかなり専門的なので、何を言っているかがピンと来ない可能性がある。そこでまず、リチウムイオン電池の基本構造と原理からご説明する。筆者はゼロから理解するというのでないと納得しないので、プロの方は原理の部分は飛ばしてお読みいただきたい。 

◆リチウムイオン電池の原理

 小学生に説明するようで申し訳ないが、筆者自身は「小学生の知識」から入っていくのが主義なので、図表1にリチウムイオン電池の基本構造と原理をお示しする。 

図表1:リチウムイオン電池の基本構造

筆者作成
筆者作成

 図表1で示したように、リチウムイオン電池は、バッテリーのマイナス側に「アノード」と呼ばれる「負(-)の電極」があり、バッテリーのプラス側には「カソード」と呼ばれる「正(+)の電極」がある。

 二つの電極の間には、イオン電導体である「電解質」あるいは「電解液」と呼ばれる物質がある。二つの電極の分離や、二つの電極の折衝防止のために、両極間にセパレーター(隔膜)を置く。

 正負両極はそれぞれリチウムイオンを蓄えられるようになっており、このリチウムイオンが電解液の中を通って、アノードあるいはカソードに移動することでエネルギーを充電したり(貯めたり)、放電したり(使ったり)することができる。

 ニューヨーク・タイムズは、これらの構成要素「アノード、電解液、セパレーター、カソード」などに関して、中国製のシェアがどれくらいあるかを、独特の図表を使って説明している。

◆ニューヨーク・タイムズの冒頭

 ニューヨーク・タイムズの冒頭には、以下のような文章がある(概要)。

 ――これは私たちの時代を特徴づける競争の 1 つだ。EV用の電池を製造できる国々は、数十年にわたって経済的および地政学的な利点を享受することになる。今のところ唯一の勝者は中国だ。西側諸国による数十億ドルの投資にもかかわらず、中国は希少鉱物の採掘、技術者の訓練、巨大工場の建設などで、遥かに先を行っており、世界の他の国々が追いつくには数十年かかるかもしれない。 

コンサルティング・グループであるベンチマーク・ミネラルズの推計によれば、2030年までに中国は他の国々を合わせた数の2倍以上の電池を生産することになる。ここでは、中国が生の原料の地中からの取り出しからはじまり、EVの製造に至るまで、リチウムイオン電池生産の各段階をどのように管理しているのか、そしてなぜこれらの利点が持続する可能性があるのかを説明する。(ニューヨーク・タイムズの冒頭はここまで。)

 こうして描かれているのが図表2だ。

図表2:EV製造全過程における中国製造のシェア

ニューヨーク・タイムズの図表を基に筆者が翻訳編集
ニューヨーク・タイムズの図表を基に筆者が翻訳編集

 図表2から

    ●コバルト採掘:世界の41%が中国資本

    ●コバルト精製:世界の73%が中国で生産

    ●カソード:世界の77%が中国製

    ●アノード:世界の92%中国製

    ●バッテリーセル:世界の66%が中国で組み立て

    ●EV:世界の54%が中国製

ということがわかる。

 このようなデータをニューヨーク・タイムズが報道したこと自体に、筆者はむしろ衝撃を受けている。それでは、もう少し細部にわたってデータを考察してみよう。

◆中国の安定的なレア鉱物の供給

 原文では“rare minerals”という言葉を使っているので、レア・メタルやレア・アースなどがあるが、ここはそのまま訳して「レア鉱物」という言葉を使用することにする。報道は続ける。

 EVは電池で動くために従来の自動車に比べて約6倍のレア鉱物を使用している。そのレア鉱物を誰が最初に、そしてどのくらいの値段で入手するかが肝心となるが、中国はここで突出した手段に出ている。中国は電池に必要な原料の地下埋蔵量は多くはないが、一部購入して安価で安定的に供給する長期的な戦略を進めることに成功している。

 現在、中国企業は五大陸の鉱業会社の株式を取得している。

 たとえば中国はコンゴのコバルト鉱山のほとんどを所有しているが、最も一般的なタイプの電池に必要なこの希少材料の世界供給の大部分をコンゴが占めている。アメリカ企業は追いつくことができず、鉱山を中国企業に売却さえしたくらいだ。その結果、中国は世界のコバルト採掘の41%を支配しており、電池の電荷を運ぶリチウムの採掘の半分以上を支配し、アメリカ企業はそのペースに追いついていない。

 また、ニッケル、マンガン、グラファイトの世界的な供給量ははるかに多く、バッテリーはそのごく一部しか使用していないが、これらの鉱物を安定的に供給する中国の能力は依然として有利である。

 鉱物がどこで採掘されるかにかかわらず、そのほとんどすべてが中国に出荷され、そこでバッテリーの材料に精製される。中国では土地が国家のものなので安価に借用することはできるし、エネルギーも安い。それもあってか、他の地域の精製所が閉鎖された。

 アメリカには現在、これらの鉱物を処理する能力がほとんどない。

 したがって現在「世界のマンガンの95%、コバルトの73%、グラファイトの70%、リチウムの67%、ニッケルの63%が中国で精製されている」としてニューヨーク・タイムズは図表3を掲載している。

図表3:世界のレア鉱物のほとんどは中国で精製されている

ニューヨーク・タイムズにある図表を筆者が和訳編集
ニューヨーク・タイムズにある図表を筆者が和訳編集

◆中国の効率的な生産能力

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、中国が最大のバッテリー生産国になった理由の一つは、中国がバッテリーモジュールを効率的かつ低コストで生産する方法を考え出したことだと、書いている。

 カソード(電池のプラス側)は、バッテリーの最も重要なコンポーネントだ。すべての電池材料の中で、正極は製造が最も困難でエネルギー集約的に必要である。

 最も一般的なカソードが「リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン酸化物(NMCカソードとも呼ばれる)」の材料の組み合わせを使用し始めたのはここ数か月のことだ。これにより、電池はより小さなスペースで大量の電力を蓄えることができ、電気自動車の航続距離を延ばすことができるようになった。

 その結果、図表4のように、中国は世界のアノードの92%、カソードの77%、セパレーターの74%、電解質の82%を製造している。

 現在アメリカは世界の正極(カソード)の約1%しか生産していない。

図表4:リチウム電池のコンポーネント生産のほとんどを中国が独占

ニューヨーク・タイムズにある図表を基に筆者が和訳編集
ニューヨーク・タイムズにある図表を基に筆者が和訳編集

◆中国EVの長年の蓄積に勝てないアメリカ

 ニューヨーク・タイムズは続けて「2015年11月、中国政府の工業情報化部は新エネルギー車を開発する仕様条件を満たす企業4社を発表した」とあるが、これはおそらく習近平が2015年に発布したハイテク国家戦略「中国製造2025」を受けて、工業情報化部が3月24日に発布した【2015年第22号公告】を指しているものと考えられる。それによれば確かに、「新エネルギー車を開発促進するために、EV業界における電池生産に関する規範条件を制定する」とあり、習近平が新エネルギー車開発に向けて号令を発している。

 ニューヨーク・タイムズは、「これは中国の電池企業の発展にとって貴重な発展の時期を勝ち取った。 この間、CATLやBYDなどの地元のバッテリーメーカーは成長し、日本や韓国のライバルを打ち負かして世界最大のバッテリーメーカーになった。その8年後、バイデン政権はアメリカで電池開発を促進するために同様の戦略を追求しようとしたが、莫大なコストとわずかな利益率をしか持たないこの業界では、中国企業は長年の国家戦略と独自の経験で大きなリードを獲得している」と書いている。

 その結果、図表5のようになったと「ため息をついている」というところか。

図表5:バッテリーセルも66%が中国製

ニューヨーク・タイムズにある図表を基に筆者が和訳編集
ニューヨーク・タイムズにある図表を基に筆者が和訳編集

 ニューヨーク・タイムズの記事は2023年5月に書かれたものだが、最後に「アメリカの労働者は新しいスキルの訓練を受ける必要があるが、EV産業を支援するアメリカ政府のインセンティブは、次の大統領選挙サイクルが始まるにつれて消滅する可能性がある」と嘆いている。トランプ前大統領は環境問題など存在しないとしてEVを軽んじていることを指しているのだろう。

 一方、関連業界の専門家は、「世界中の企業が業界に参入したり、既存の能力を拡大したりするために、中国のメーカーとのパートナーシップを模索する必要がある」と考えていると書いており、また不思議なことに戦略国際問題研究所(CSIS)のスコット・ケネディ上級顧問は、「直接的であれ間接的であれ、中国との何らかの協力なしには、EV分野で成功することはできない」と述べたとのこと。

 ブリンケン国務長官が訪中し、習近平国家主席に会ったくらいで、何か事態が大きく動くということはないだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事