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南北対話「朝鮮民族の団結強化」に中国複雑

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国に一矢を報いることを忘れない金正恩委員長(写真:ロイター/アフロ)

 南北朝鮮対話を裏で操った中国だが、北朝鮮の主張「わが民族による解決」は米韓離間戦略であると同時に中国への抵抗だ。中国は対話を歓迎する一方、中国籍朝鮮族の独立を刺激するとして、複雑な心境にある。

◆南北対話における北朝鮮の主張「朝鮮民族」

 1月9日、板門店(パンムンジョム)における南北閣僚級(高位級)会談を終えたあと、南北朝鮮による共同報道文が発表された。

 その中に「わが民族が(南北朝鮮問題を)対話と交渉を通じて解決する」という文言がある。

 北朝鮮と韓国の口頭による表現は多少異なるが、いずれにせよ「朝鮮民族が自主的に自分の民族間の問題を解決する」という意思表示を行なったことに違いはない。

 これは日本では主として北朝鮮による米韓離間戦略が功を奏したものと受け止められているが、中国では必ずしもそうではない。

 特に北朝鮮の朝鮮中央通信は1月8日付けで、「民族自主の旗印を高く掲げるべきだ」と題した論評を配信していると、中国メディアが伝えた。その論評には「民族自主」という言葉があり、かつて日本の占領下にあった朝鮮半島や中国で「民族独立」という言葉とともに盛んに使われてきた文言だ。

 このことからも分かるように、共同声明の中に「わが民族」という文言を盛り込ませたのは、北朝鮮の要求であり、韓国側が妥協したという結果であることが分かる。

◆北朝鮮:「日本は百年の宿敵、中国は千年の宿敵」

 1月6日のRFA(Radio Free Asia)中文版は、昨年12月に北朝鮮各地で朝鮮民主女性同盟の会議が開催され、そこで「日本は百年の宿敵、中国は千年の宿敵」という発言が大きく取り上げられたことを伝えた。

 この報道では、(北朝鮮にとっては唯一の軍事同盟国である)中国が、北朝鮮に対する国連安保理制裁に加わっていることに対する抵抗であると解釈している。経済的に苦しくなった一般庶民の不満が政府に向かわないように金正恩政権が仕掛けたプロパガンダであるとの位置づけだ。

 たしかにその側面は否めないだろう。その通りだとは思う。

 しかしもっと大きな要因が内包されていることを見逃してはならない。

 昨年11月17日の中共中央対外聯絡部の宋濤部長訪朝以降に、北朝鮮が中国の要求である「双暫停」を呑むことを合意するという交渉は、水面下で進んでいた。中国の要求を呑んで南北対話を受け入れることにはするが、しかし「わが国(北朝鮮)は決して中国に屈服したわけではない」ということの意思表明であると解釈すべきではないかと思うのである。

 その証拠に、12月から反中キャンペーンを北朝鮮国内で繰り広げておいて、1月1日には金正恩委員長が新年の辞で平昌(ピョンチャン)五輪参加と南北対話実現への可能性を示唆した。しかし、「これはあくまでも金正恩自身の独自の決断であって、決して中国の圧力に屈したわけではない」という雰囲気を予め形成しておことを目論んだと思われる。

◆「米中・新型大国関係」を謳った習近平に対する憎悪

 北朝鮮にとって最大の敵はアメリカだ。事実、南北閣僚級会談で、北朝鮮代表は「ミサイルはアメリカを狙ったものだ」と明言している。

 そのアメリカと「新型大国関係」を形成するというスローガンを打ち出して(2012年に)誕生した習近平政権に対して、北朝鮮の金正恩委員長は限りない憎悪を抱いたはずだ。

 だから習近平政権誕生以降、未だに中朝首脳会談は開催されていない。

 しかし北朝鮮の石油は主として中国からのパイプラインを通して送られてくる原油に頼っている。このパイプラインを遮断するぞと言われたら、北朝鮮としてはお手上げだ。

 国連安保理の制裁が全会一致で決議されたと言っても、その内容はあくまでも中国が原油の全面遮断をしないという前提条件の中での「全会一致」だ。「全会一致」という言葉を使いたいために、アメリカは中国の原則に対して譲歩した形で制裁内容を提議している。

 だから「原油をすべて止めるぞ」と中国に個別に恫喝されたら、北朝鮮も譲歩するしかない。

 この「断油」を含めた中朝国境完全封鎖や中朝軍事同盟破棄を脅しの材料に使われて威嚇されれば、北朝鮮としては一定程度、中国の言うことを聞くしかないのである。

 だから南北閣僚級会談は行った。

 しかし中国に一矢を報いたい。そのため、ことさら「わが民族」を強調したものと解釈される。

◆中国の盲点、「わが民族」を突いた北朝鮮の戦略

 以前から何度もこのコラムで書いてきたが、中国は南北のどちら側が主導権を握るにせよ、南北朝鮮が統一されることを望んではいない。

 なぜなら中国には約200万人の中国籍朝鮮族がおり、その多くは中朝国境にある吉林省延辺朝鮮族自治州および同省内にある長白朝鮮族自治県に集中している。筆者が住んでいた当時(1948年~1950年)の延辺自治州では、人口の70%を朝鮮族が占めていたが、その後の中国は独立運動を恐れて「漢民族化」を図り、朝鮮族を分散させているので、今では40%前後しかいない状況になってはいる。

 しかし「民族」という「血のつながり」へのノスタルジーには断ち切れないものがある。

 グローバリゼーションが進めば進むほど、人類は「自己の民族のアイデンティティ」を求める方向に動いている。中東では特に顕著だ。

 朝鮮族とて例外ではない。

 もし隣接する朝鮮半島に一つの国家「朝鮮」が誕生すれば、在中国の中国籍朝鮮族は「民族の統一」を求めて「朝鮮」に戻るか、その過程で「民族独立」の兆しを示すかもしれない。

 万一にも中国籍朝鮮族が独立の方向への動きを少しでも見せれば、ウィグル族やチベット族など、他の少数民族も独立を叫び始める可能性が大きい。

 そのようなことになったら、中国共産党の一党支配体制が崩壊する。

 中国のその辺の事情を熟知している北朝鮮は、「お前の思うようにはさせないぞ」というシグナルを中国に対して発するためにも、この「わが民族」を強調したものと思うのである。

 習近平国家主席が、韓国の文在寅大統領とは電話会談をして南北対話を祝福しているにもかかわらず、軍事同盟国である北朝鮮の金正恩委員長に対しては、この段階に至ってもなお、電話会談さえしていない背景の一つには、この「わが民族」という強調があるとみなしていいだろう。中国の複雑な心境が透けて見える。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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