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「物語」を作り出す出版創作企画「ノベルジャム」が初の地方開催、地域の新たな文化活動の場を目指して

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー

地方には豊富な歴史的・文化的資源があるが、それらの資源の活かし方に考えあぐねている地域も多い。一方、昨今の「コンテンツツーリズム」や「聖地巡礼」をみるように、映画やドラマ、アニメ、漫画などのコンテンツの舞台となることで、その地域を訪れる人も少なくないだろう。

いわば、コンテンツを通じた「物語」というフィルターを通じて、その地域への愛着や関係性が生まれ、訪れるきっかけや、それまでとは違った風景の眼差しを向けるようになっている。

地域の歴史や文化を「物語」として届ける

膨大な情報が飛び交うなか、ただ、歴史的・文化的な事実や事象をそのまま伝えていては、伝わるものも伝わらない。興味関心や知的好奇心を喚起させるような仕掛けが必要だ。

例えば、兵庫県豊岡市の城崎温泉の「本と温泉」という取り組みはその一つだ。作家を地域に招聘し、地域の歴史や文化を背景とした書き下ろしの作品をつくり、なおかつ、その地域限定商品として販売する。作家のファンであれば作品を手に取り読んでみたくなるし、観光で城崎温泉に訪れた人であれば、自身が今いる場所の地名や建物名が登場する物語に、より没入しやすくなり、お土産物としても購入する後押しとなる。

「物語」を生み出すのは作家だけではない。作家を支え物語をより良いものにブラッシュアップし、さらに作品としてのプロデュースも行う編集者、「物語」を彩り、多くの人たちに手に取ってもらうためのデザインを施すデザイナーの存在も欠かせない。先に挙げた「本と温泉」は「物語」としての完成度もそうだが、「本」としてのプロダクトデザインも秀逸だ。

「本」づくりのための出版創作企画「ノベルジャム」

「物語」を届ける一つである「本」づくりの場として、本のつくり手をエンパワーするというミッションのもと運営しているNPO法人HON.jpでは、2017年からNovelJam(ノベルジャム)という出版創作イベントが企画されている。

ノベルジャムとは、著者と編集者、デザイナーが集まってチームとなり、3日間で小説の完成・販売までを目指す短期集中型の作品制作企画だ。著者、編集者、デザイナーという3つの役割の立場の人たちがその場でチームを構成し、お題も当日発表のもと3日間の合宿型形式で行う、いわば「小説版ハッカソン」のようなものだ。

NovelJam2018の様子(撮影:川島彩水)
NovelJam2018の様子(撮影:川島彩水)

3日間の合宿だけでなく、完成した作品を電子書籍で出版し、出版後の広報・販促活動やその後の展開も含めてグランプリを決める、中長期的な企画としてこれまで開催されてきた。(なお、筆者は2019年まで同法人理事としてノベルジャムの立ち上げに関わってきた。現在は理事退任)

創作から出版、販売までを短期間ですべて行うため、初対面で会った同士であっても最後までものづくりをしなければならない。2泊3日という短い時間にもかかわらず、そこには濃密な時間がある。さらに、その後の販促活動も含めて一連の体験を共有・経験することで、自身の強みや弱みも見えてくる。

もちろん、短期間での制作のため、時間をかけてつくり上げる一般的な商業作品などと比べると荒削りな部分もあるかもしれない。とはいえ、作品のクオリティそのものだけでなく、同じイベント・場を共有した「仲間」がいることによって、それぞれが自分の居場所や会社、自身の活動に戻ったときに、ここでうまれた「つながり」が新たな価値を生み出し、次なる作品づくりへの足がかりとなるなどの副次的な効果がある。

地域の文学作品輩出を目指して、阿賀北地域で初の開催

リアルの場で集まり、作品をつくる、いわばアーティスト・イン・レジデンスのような形に近いノベルジャムは、これまで東京都内で開催されてきたが、地方開催も当初から視野に入れていた。そして、2020年に初の地方開催として「阿賀北ノベルジャム」が開催された。

阿賀北ノベルジャムウェブサイトより
阿賀北ノベルジャムウェブサイトより

”阿賀北”とは、新潟県内の阿賀野川より北の地域一帯を指し、同地域の敬和学園大学准教授である松本淳氏(HON.jp 理事も務める)プロデュースのもと、阿賀北ノベルジャムは企画された。

以前から、阿賀北地域では敬和学園大学主催のもと、地域振興や文学による人材発掘や文藝作品の創造を目的に「阿賀北ロマン賞」という文学賞を2009年から12回続けていた。阿賀北ロマン賞では、作品の公募と表彰にとどまっていた。今回、阿賀北ノベルジャムとして2020年から形を変えて開催される運びとなったのだ。

当初は、阿賀北ノベルジャムでも3日間の合宿型を予定していたが、新型コロナウイルスの蔓延にともない、リモートでの開催に変更され、結果、3日間の合宿型ではなく、2020年10月から約3ヶ月の制作期間となるなど企画内容に大幅な変更が施された。参加した著者の多くは新潟在住もしくは新潟出身や縁のある者で、編集者は東京など都市部で活動するプロの編集者やデザイナーらがチームとなって制作に取りかかった。

3ヶ月という制作期間だったこともあり、オンラインによる執筆や編集などのコミュニケーションだけでなく、実際に編集者が阿賀北地域、新発田市などを訪れ、地域の歴史や文化について調査することもあった。2021年1月に完成した5作品は、どれも阿賀北の地域性や歴史性を足がかりとしながら、青春ものや日常系など読み応えのある「物語」に落とし込まれた作品が誕生した。

3月22日に開催されたグランプリ授賞式では、『バッテンガール』(Yohクモハ著|波野發作編 |吉田彩乃デザイン)が受賞した。審査員を務めた文芸評論家の仲俣暁生氏は「グランプリ作品は、スポーツと文芸、地域の描き方の自然さや仕掛けが随所にあり、物語における阿賀北の魅力が描かれたクオリティの高い内容だった。他の4作品もどれも良く仕上がった作品のラインナップだった」と評した。

阿賀北ノベルジャムは、地元の新潟日報やNHK新潟でも大々的に報道され、地域にとっても新たな文学作品が生まれたことの反響は大きい。阿賀北ノベルジャムに関わったすべての人たちが、自分たちでゼロから作りだした作品についてPRするだけでなく、阿賀北地域の魅力が伝わるような様々な活動が行われたことで、今まで阿賀北地域に関心のなかった層や訪れたことがない人たちにも、作品や「物語」を通じて少しでも届いたのではないだろうか。

各チームの制作過程などはnoteでまとまっている。従来の、地域の文芸作品を公募するだけでなく、いわゆる作品の制作過程も含めて発信することで、著者らの創作過程の苦労や、どういった視点で地域をフィールドワークしたのか、作品単体だけではない、その周辺にある情報も含めてこうして情報発信していくことで、少しでも興味関心の引っかかりを作る手立てになっているはずだ。

2021年度も阿賀北ノベルジャムは今回同様にオンラインを軸とした創作活動として開催されるという。阿賀北地域のみならず、各地でこうした創作活動の場が生まれることを期待したい。全国の編集者やデザイナーは参加してみてはいかがだろうか。

地域の創作活動を育む視点を

今回、ノベルジャムとして初の地方開催となった。もちろん、著者や編集者らによっても、研鑽の場や作品作りを通した実績作りにも寄与してる。これまで、出版社や創作活動のメッカは東京含めた都市部に集中しており、地方における創作活動や創作を披露する場が少なかった。

ノベルジャムのような、ある種のイベント型を通して、地域で創作活動を行っている者同士がつながったり、地方発で創造性の高い作品作りが生まれることで、より、多様性に富んだ作品が生まれてくるに違いない。また、冒頭でも挙げたように、地域の歴史や文化に寄り添いながら、新たな「物語」を作り出す担い手の輩出につながることを期待したい。

一方、阿賀北ノベルジャム含めたノベルジャムで出版されたものは、基本的に電子書籍出版(電子書籍の入稿および各電子出版の配本サービス「BCCKS」で紙本のPODは可能)を想定していることもあり、いまだ、デジタルよりも紙による出版に意識のある地域の方々にとっては、デジタルとの相性は必ずしも良いとはいえない。

しかし、ネット発で生まれた多くの作品がそうであるように、デジタルをきっかけに多様なコンテンツや「物語」が輩出されるインフラは整いつつある。昨今のDXや地方創生の流れにおいても、デジタルによる創作活動やそこで生まれるコンテンツの種を拾い上げ、育み、地域の新たな文化とする機運となってほしい。

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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