「安全」を理由にした言論・表現の萎縮を招かないために

 富山県朝日町の教育委員会は11月11日、13日に予定していた、作家、竹田恒康氏の教育講演会を中止すると発表した。開催を妨害する趣旨の予告連絡があり、会場の安全確保に支障があると判断したという。これまでにも、精神科医の香山リカ氏の講演会やあいちトリエンナーレの『表現の不自由展・その後』などが「安全」を理由に中止となった。「表現の自由」を考えるうえで、「安全」を巡る問題は避けて通れない課題となっている。

朝日町の講演会が中止になるまで

 朝日町の教育講演会は、1999年から行われている地元の町立朝日中学と県立泊高校の中公連携推進授業の一環として企画されたもの。町内の体育文化センターで、両校の生徒が学習発表を行った後、竹田氏が「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」の演題で約1時間話すことになっていた。

竹田氏の講演会を告知するチラシ
竹田氏の講演会を告知するチラシ

生徒は全員が聴講

 この講演会は、スポーツ界や芸能界など様々な分野で活躍している人の中から、教師と教育委員会などで作る運営委員会や両校の校長などが人選している、という。昨年は、女優の室井滋さんと地元の放送局のアナウンサーが対談した。

 両校生徒は授業の一環として、全員が聴講。そのほか、保護者や一般町民など、誰でも参加できる。同教委によれば、講演内容は講師に任せているが、「生徒が相手なので、政治的思想的な話はしないというご了解をいただいている」とのことだ。

抗議は11月6日から

 今月1日に配布される町の広報紙に、今年の講演会の告知が掲載された。さらに、6日に同教委が報道機関などにチラシを配布した。この日から、講師の人選について、批判や抗議の電話、メールが同教委に寄せられた。

 その内容について、同教委は明らかにしていない。Twitterなどでは、講師の人選を問題視する人による抗議の呼びかけや、「町役場に電話しました」との書き込みが見られるが、それほど大量ではない。

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生徒の聴講はとりやめ

 同教委によると、そうした抗議は「一方的に喋って切る」というもので、時間は「長くて数分」。あいちトリエンナーレで事務局がパニック状態になったような、長時間に及び、職員に恐怖心を与えるような電凸ではなく、業務妨害になるものでもなかった、という。

 それでも同教委は7日、「いろんなご意見がある中、安全確保の観点から」両校生徒の聴講を取りやめ、生徒の発表は講演会とは別会場で行うこととし、竹田氏の講演は一般の聴衆が自由に参加するものとした。業務妨害的な抗議ではないのに、なぜ「安全」が出てくるのかはよく分からない。

「ガソリンまく」の電話

 ところが10日になって、妨害予告が入った。同教委はその詳細を明かさないが、地元の北日本新聞によれば、同日午前9時半ごろ、町役場に男の声で「講演会を中止しないとガソリンをまく」との電話があったとのことだ。

 同教委は、警察に連絡するとともに、講演の中止を発表し、両校の保護者宛てに通知を出した。さらに、生徒の発表は安全面を考慮して、泊高校で行うことにした。

脅しで中止に追い込むのは犯罪

 全生徒にいわば強制的に聴講させる講演会の講師を、竹田氏に依頼する人選については、これまでの同氏の言動に照らして、異論は相当にあるだろう。電話やメールで、抗議や中止を求める意思表示をすることには何の問題もない。それによって、同教委が考え直し、人選や講演会のやり方を変更したのであれば、それもまた、問題視する必要はないだろう。

 しかし、「ガソリンをまく」といった脅しによってイベントを中止に追い込むのは、業務妨害などの犯罪であり、とうてい許されるものではない。問題の元凶は、そのような愚かしい妨害行為をする人であり、警察は捜査に全力を挙げて欲しい。

 と同時に、市民向けの講演会を、このような1本の電話で中止にしてしまう、というのは、果たしてどうなのだろうか、という疑問も湧いてくる。

香山氏の講演会中止も「安全」「安心」が理由

 2017年6月には、香山リカ氏の講演会が、共催していた東京都の江東区社会福祉協議会の判断で中止になった。報道によれば、「なぜ今こども食堂が必要なのか」の演題で、地域の支え合いなどについて語る予定だったというが、同社協には「講演会に乱入する恐れがあります」などのメールや電話が約20件寄せられていた。

 さらに昨年11月には、京都府南丹市で予定されていた香山氏の「子育て応援講演会」が中止になった。市役所に訪れた中年男性が「大音量を発する車が来たり、会場で妨害や暴力を振るうことがあったりしたら大変やろ」と告げたり、「日の丸の服を着て行ってもいいか」などの電話が5件あった。

 いずれも、子供も来る催しということで、「安全」「安心」を理由に中止となっている。しかし、警察の協力を得て警備を行うなど、なんらかの手立てはなかったのだろうか。

これが前例化すると……

 あいちトリエンナーレに対して、「ガソリン携行缶持って館へおじゃますんで~」などと脅して慰安婦少女像の撤去を要求した男は、愛知県警に逮捕され、裁判で「人を傷つけるつもりはなかった」と述べた。「京都アニメーションのことに触れるとインパクトがあると思った」と供述しているように、言葉による脅しであり、ガソリン持ち込みを実行する気は最初からなかったのだろう。

 それでも、この時は事件のすぐ後であり、激しい電凸により事務局がパニックになっていた事情を考えれば、中止の判断もやむを得なかったのではないか、と思う。ただ、それに続いて今回も、ということで、このような対応が前例化するのが心配だ。

 「ガソリン」という言葉を盛り込んで脅せば、容易に催しを中止に追い込める、となったらどうだろう。誰かが気に入らない人の講演会などは、簡単につぶせてしまうではないか。

「ざまあ」「よかった」ではなく

 香山氏の講演が中止になった時には「ざまあ」と歓喜の声をあげる人がいた。

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 今回の竹田氏の講演中止でも、同氏に批判的な人からは「よかった」と喜びの声も出ている。 

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 だが、そんなことを言っている場合ではないだろう。自分と異なる立場の人の発言機会が脅迫によって奪われるのならば、次は自分が同じような目に遭うかもしれない。

 「安全」のためにイベントが簡単につぶせるようになれば、萎縮が拡がり、誰にも嫌われない無難な言論ばかりが重用され、言論・表現の多様性は損なわれていくだろう。

安全を確保しながら実行する努力を

 「安全」を軽んじてよいと言うのではない。しかし、たとえば警察に会場の周囲の警戒・警備をしてもらう、会場への入口を一カ所にして手荷物の制限(持ち込みはハンドバッグ程度のもの1つだけ、大きな荷物は預かるなど)をし、持ち込む荷物は中をチェックする……等々の対応をすることで、安全を確保しつつ、講演会を実施するということは、香山氏のケースでも今回でも、可能だったのではないか。

 そうした対策には、いささか手間はかかり、人手もお金も予定より必要になるかもしれない。けれども、それを惜しんではならない、と思う。こういう努力を積み重ねていってこそ、テロや脅しに屈しない社会が作られる。そのような社会を作っていく決意が、私たちにも必要だ。