『戦場の兵士の大部分は敵を射撃しない』という神話

アフガニスタンをパトロールする国際治安支援部隊兵士(写真:ロイター/アフロ)

人は殺人を忌避するのか

 戦争には殺人という行為が伴います。人類の歴史を紐解けば多くの戦いが記録されており、当然そこで人は殺し殺されていたわけです。では、人の本性は殺人をよしとしているのでしょうか。

 こういった疑問に対し、第二次世界大戦中、実戦に参加した直後の兵士に対してグループインタビューによる聞き取り調査を行っていたS.L.A.マーシャル准将は、1947年に発表した"MEN AGAINST FIRE"の中で、次のようなデータを提示しました。

敵との遭遇戦に際して、火線に並ぶ兵士100人のうち、平均してわずか15人から20人しか「自分の武器を使っていなかった」のである。しかもその割合は、「戦闘が一日じゅう続こうが、2日3日と続こうが」つねに一定だった。

出典:デーヴ・グロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫)

「戦いに際して兵士の15~20%しか発砲しない」。マーシャルはこのデータに基づき、兵士は他者を殺害することへの忌避感から発砲しなかったとし、これは米軍に留まらず第二次大戦に参戦した各国でも共通であったと主張しています。マーシャルが示したこのデータは、元米陸軍士官学校教授のデーヴ・グロスマンによる『「人殺し」の心理学』(1998年、原書房)とその文庫版である『戦争における「人殺し」の心理学』(2004年、ちくま学芸文庫)で日本に紹介され、広まったと考えられます。

マキン島に上陸する米陸軍兵士。マーシャルはここから調査を始めた(米陸軍撮影)
マキン島に上陸する米陸軍兵士。マーシャルはここから調査を始めた(米陸軍撮影)

 

 そして、グロスマンが本の中でした主張も、その根幹はマーシャルのデータに依っており、第二次世界大戦で2割以下だった発砲率が、朝鮮戦争、ベトナム戦争と時代が下るに従い大幅に上昇したデータを提示し、その要因として兵士に取り入れられた訓練手法を挙げています。この訓練は敵を自分と異質の存在とみなして人間性を否定するもので、このような非人間的な訓練によって高い発砲率を可能にしたと説明しています。

 イスラエルの軍事史家、マーティン・ファン・クレフェルトはこのような主張を「研究者の中には殺人は人間に生来備わったものではないと主張する者もいる。殺人を可能にするためには、まず自らの側を野蛮化し敵を非人間化する必要がある、というのである」と要約し、「これは、石器時代からこの方、人間が起こしてきた戦争についての我々の知見のすべてに真っ向から対立するもののようだ」と懐疑的にみています。

 イギリスの軍事史家ジョン・キーガンは『戦場の素顔』(2018年、中央公論新社。原書は1976年)の中で、マーシャルの主張は歴史家としては珍しく、マーシャルの生前に世間に受け入れられ実地に移されたとしており、その影響を評価しています。事実、1980年代に"MEN AGAINST FIRE"は、米陸軍指揮幕僚大学の必読書リストに入っており、1983年に改訂された米陸軍野戦教本にもマーシャルの影響がありました。

日本への影響

 アメリカに大きな影響をもたらしたマーシャルでしたが、日本も例外ではないようです。前述した通り、日本でマーシャルの主張が広まったのは、グロスマンの著作による紹介以降と考えられます。そして、その影響はメディアに多くみられます。

 本来の人間は殺人を忌避するもので、訓練によって殺人を厭わなくすることができるというマーシャルのデータとグロスマンの主張は、2015年の安保法議論の際に朝日新聞『天声人語』(2015年5月29日朝刊)や、毎日新聞のコラム(2015年5月15日朝刊)に引用されています。また、中日新聞『中日春秋』(2012年10月28日朝刊)では、軍の訓練とゲームの類似性から「人が人を撃つことへの心の壁。それを壊す術を、子どもが家庭で身に付けてしまう時代になってしまった」とゲーム批判的な文脈で言及されています。

 これだけに留まらず、マーシャルのデータは最近はAI兵器を巡る記事や、マンガといった創作の中でも使われるなど、日本にも大きな影響を残しています。

 筆者自身もマーシャルのデータをグロスマンの本で知り、そういうものなのかと思っていました。また、大学院にいた際、2人の教員がマーシャルの主張に基づくと思われる発言をしたのを記憶しており、アカデミックな分野でも影響が及んでいます。

マーシャルへの疑問

 米軍にも大きな影響を与えたマーシャルは1977年に亡くなります。ところが1980年代になると、マーシャルの主張の信憑性に疑問を呈する声が軍事史学者の中から出てきました。

 例えば、元米陸軍指揮幕僚大学教授で軍事史家のロジャー・スピラーは、マーシャルの死後にテキサス大学図書館に寄託されたマーシャルの資料の中に、兵士に発砲の有無を問う質問の記録はなく、マーシャルの元同僚の証言もないことも明らかにし、発砲率に関するデータは裏付けがない捏造とみています。

 また、"MEN AGAINST FIRE"の中で、マーシャルは400の歩兵中隊に対して聞き取り調査を行ったと主張していますが、マーシャルが主張するその数は1950年代の講演では603個中隊、1957年には500以上とするなど、重要なデータであるにもかかわらずブレがあることも、スピラーは指摘しています。マーシャルは1個中隊の聞き取りに2、3日を要したと語っており、全ての時間を費やしても400個中隊だと2年以上、600個中隊なら3年以上かかる計算になります。マーシャルが兵士への聞き取りを始めたのは1943年11月であることから、戦時中にマーシャルが主張する数への聞き取りを行うのは不可能で、カナダ王立軍事大学のロバート・ベイトマン准教授は、このデータはマーシャルの創作であるとみなしています。

 また、個人としてのマーシャルも、話を誇張して書くことが指摘されており、例えば自身のことを第一次世界大戦中の米外征軍で最年少少尉と主張していましたが、退役軍人で作家のハロルド・レインボーは、第一次大戦中のマーシャルは工兵隊の軍曹だったと指摘しており、その他にもマーシャルの主張する経歴と記録上の経歴に差異があることが分かっています。

 前述した軍事史家のキーガンは、マーシャルの目的について、歴史を記述することではなく米陸軍に戦争のやり方が間違っていると悟らせるためだったとしています。戦間期にジャーナリストであったマーシャルは、歴史的真実を明らかにするのではなく、個人的信念を達成するために歴史家として活動をしていたのです。

 このように、データの根拠となるものが確認できない以上、マーシャルの主張は無批判に受け入れられるものではないと考えられます。前述のようにマーシャルの主張への懐疑論は1980年代にはみられていましたが、軍事史学の外国語論文として発表されているため、日本への紹介が遅れていたようです。そのためか、マーシャルのデータは無批判に様々なところで引用され、現在もその影響は大きいものになっています。

 戦争で精神に傷を負う兵士の話は昔も今も尽きませんが、この分野の研究が進み、少しでも緩和されることを願っております。