「女児暴行のうわさ」の過去と今

女性の立ち話。このような口頭からネット等、様々なルートでうわさが広がる(ペイレスイメージズ/アフロ)

 3月に入ってから、特にツイッター上で、あるうわさの真偽が議論を呼んでいます。ネットメディアのBuzzFeedは次のように伝えています。

「ある6歳児が公園のトイレで性的暴行を受け、子宮を全摘した」というツイートが拡散し、デマか事実かと論争になっている。

同様の「噂」はBuzzFeed Newsが調べただけで、1990年代から全国で何度も広がっている。噂はどのように広まり、その背景に何があるのか追った。

出典:「女児が公園のトイレで暴行を受け子宮全摘」ネットで拡散、過去にも同様の噂が

 上記のBuzzFeedの記事ではうわさの真実性は懐疑的で、その上で過去にも同様のうわさが拡散された事例が多々あったことを指摘しています。筆者も過去の事例を調べた所、BuzzFeedの記事に載った事例以外にも想像以上に多くの事例があり、その全てが否定されていました。以下にそのリストを示します。

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 これはあくまで新聞に報じられたものだけで、新聞に載っていても、ディテールが不明な場合は掲載していません。実際はこれ以上にうわさがあったと思われ、リストはあくまで氷山の一角と捉えた方が良さそうです。上を見てもわかるように、一つの地域のうわさでも、ディテールに差異がある例が多く、事件の現場とされた場所が違ったり、加害者とされる人物像がバラバラだったりと、どれもあやふやなものばかりです。

ショッピングセンター伝説

 この「女児がトイレで暴行を受ける」うわさについて、川上善郎成城大教授(2003年当時)は北國・富山新聞社の取材に対して、こうしたうわさは1997年ごろから地方都市を中心にみられ、いずれも共通するのは開店して2、3年ほどの大型店が舞台になっていることを指摘しています。

 このような特徴から、このうわさは「ショッピングセンター伝説」「幼児トイレ事件」としてネットで語られていました。初期は口頭による地域的なうわさで、他地域へ数ヶ月単位で伝播していたようですが、2007年9月にはメールを介して急速に拡散し、関東でうわさが発生した10日後には福岡県でも同様のうわさが広まるようになるなど、ネットを介して急激に拡散するようになったようです。

 今回のうわさは水場で、ショッピングセンターではありませんが、事件の概要はほぼ同じものです。しかし、「ショッピングセンター伝説」以前は、別のうわさが語られることが多かったようです。

1990年代前半の外国人のうわさ

 外国人に性的暴行を受けた、といううわさが1990年代初期には日本各地で発生し、これも警察が否定する例がありました。筆者も子供の頃、中近東出身の外国人が~といううわさを聞いたのを覚えています。

 1990年秋から冬にかけて、埼玉県東南部から千葉県の一部であった外国人による婦女暴行のうわさでは、埼玉県の大学の学生を対象に行われたアンケートが行われ、このうわさの特徴として「被害者がショックで自殺した」というパターンが見られた他、「被害者が子宮破裂した」といったサディスティックな内容も含まれており、調査した市川孝一文教大学助教授(当時)はこういったうわさを「残虐デマ」と類型化しています。話題性のあるうわさほど伝播されやすい傾向があり、こういった残虐性もうわさの伝播を加速すると考えられます。

 1997年に三重県鈴鹿市であったうわさは、「ショッピングセンターのトイレで女児が外国人数名に襲われた」といったものでした。もちろんそんな事実は無く、鈴鹿署はチラシを配ってうわさの否定に努めたりするなど対応をしています。このうわさでは、加害者は外国人とされたものの、ショッピングセンターのトイレという要素があり、「子宮破裂」といった残虐デマも多く、後のショッピングセンター伝説との類似性が見られます。鈴鹿市でうわさが広まって1年後に行われた市民アンケートでは、20歳以上の市民の67.1%がこのうわさを聞いたことがあると回答するなど、多くの市民にうわさが広まっていました。

うわさによる被害はないのか

 今回、女児暴行のうわさがネットで広がりましたが、過去の事例などから実在を懐疑的に見る向きもありました。それに対して、「実際に無くても、注意喚起になる」「この事件はなくとも、他に女児暴行は起きているので注意として重要」に類する反論がかなり多くあるのに驚きました。しかし、過去の事例では警察、行政、教育委員会、学校らは、うわさを否定し、うわさを無視し惑わされないよう発表するのが大半でした。筆者が調べた限り、警察、行政、報道機関、学校、専門家らで、この類のうわさに良い効果があると認めた事例はありません。

 そしてなにより、被害が様々なところに出ています。2000年の釧路市の事例を、北海道新聞は次のように伝えています。

 しかし「デマでした」と一笑に付せないところが、今回の騒動の問題点だ。不確定情報に振り回された“被害者”がいるからだ。

 「まったくの事実無根」。現場とされた大型店の担当者は怒りをあらわにする。住民の問い合わせは二週間で六件を数え、一部マスコミも取材に訪れた。「隠してることがあるんだろう」という電話もあったが、担当者は「抗議しようにも相手がいない。うかつに動けば、やじ馬的興味がかえって広がる恐れもある」と、静観するしかなかった。

出典:北海道新聞2000年11月11日朝刊

 店が事件の現場とされた場合、その実在する店舗名が伝わることが多く、店は風評被害に悩まされる上、泣き寝入りするしかありません。実際に夜間の売上が低下した店舗もあれば、新たに監視カメラを設置するなどの出費を強いられた事例もありました。また、今回は水場が舞台のうわさですが、1999年の福岡県の事例では、事件現場とされた公園に児童が怖がって近づかなくなるなど、生活に影響が出ています。

 また、うわさが広がると、うわさの当事者とされた店や学校、教育委員会、警察や役所、新聞社に電話が殺到し、対応を迫られることになります。中には、移動市長室で周っていた市長に市民が直接言いに来た例もありました。そして、様々なリソース(企業の資金や税金)を使って調査が行われますが、当然事実は確認できません。ところが、否定をすると「事件を隠している!」と言われる例も多くみられました。

 そしてなにより、うわさを聞いた人の不安は大きなものです。先に述べた鈴鹿市の例では、1年後のうわさの受け止め方として、全体の36.2%(女性は42.2%)が「事実無根と分かってホッとした」と回答しており、多くの人がうわさを不安に思っていて、事実でないことが安心感を与えたことを示しています。一方で、13.9%の人が「警察は否定したが事実だったと思う」と回答しており、うわさが禍根も残したことも分かります。

不安とうわさ

 では、何故こういったうわさが何度も真実味を帯びて広がるのでしょうか? 社会心理学者の川上善郎氏は、「不安」をうわさの要因に挙げています。

 この不安こそが、うわさの素だと私は考えています。人は誰でも、何かしらの不安や心配ごとを抱えて生きています。不安を抱くと、これでいいのかな、と心配になり、正しい情報を得たい、あるいは、だれかに聞いて確かめたい、という気持ちが芽生えます。これがうわさのメカニズムです。

 「あのひとは、うわさ好き」という言い方をすることがありますが、積極的にうわさを伝える人と伝えない人の違いは、心理学的に言えば「不安特性」だけです。不安が強い人ほど、うわさ話に積極的になる。

出典:川上善郎「うわさの元 ふ・あ・ん」『母の友』2015年8月号

 今回の事例でも、発端のツイートを見ると、元々はママ友を中心にうわさが広がっていたようです。母親自身が当事者でもあるうわさのため、母親の不安を掻き立てるものだったのが大きく、拡散につながったのではないでしょうか。

 先に「ショッピングセンター伝説」として挙げた事例についても、「都市郊外に立地した大型店が、不特定多数が集まる「不安な社会」を連想させ、長崎の男児誘拐殺害事件(筆者注:2003年7月に長崎市で実際にあった誘拐殺人事件)のような現実と重なり合う形で不安感の強い母親がうわさを広げた」と川上氏は分析しています(北國新聞2003年8月15日)。

 この類型のうわさが広がり始めた1990年代後半は、郊外に大型店のオープンが始まっていった時期と重なっています。また、鈴鹿で外国人による暴行のうわさが流行った時も、鈴鹿市内の外国人居住者が激増している時期と重なっていました。環境の変化に対する不安がうわさに現れたのかもしれません。

怪しいうわさに引っかからないようにするには

 今回の事例は、「デマ」として拡散されていますが、厳密に言うとデマではないと思われます。デマは「事実でないことを知って流す」ことで、恐らく今回の事例では発端のツイートは事実と信じ込んで、あるいは事実か分からない状態でされたと思われるので、正しくは「流言」に該当すると思います。その点では、ツイートをした母親を責めても詮無きことでしょう。彼女も被害者なのかもしれません。

 しかし、ママ友がした話を最初に流した人物がどういう認識だったかは分かりません。リストに挙げた2007年の例では、全国にメールでうわさが広がりましたが、広がっていくうちにどんどん変質しています。メールだったら転送やコピペでそのまま伝える事も可能なのに、意識的にデマとして改変している人物がいるのかもしれません。

 では、こういったうわさの拡散に拡大しない一番の方法はなんでしょうか。筆者は以前、1989年にテレビのレポーターが、大勢をテレビで中傷する暴言をしたといううわさを調査し、その結果を「「10万人の宮崎勤」はあったのか?」として記事にしたことがありました。その記事の取材過程で、うわさの分析やメカニズムについて、松田美佐中央大学教授に伺った際、誤った情報に引っかからない方法についても質問したことがありました。

筆者:最近もSNSで誤った情報が拡散される事がよくあります。こういった誤った情報に引っかからないようにするには、どうすれば良いでしょうか?

松田教授:一つは、安易にリツイートしないでしょうね。ネットは誰もが発信でき、それを誰もが共有・拡散できるのが良い所だと言われていますが、良い側面ばかりが強調されています。自分がよく確認もせず広めているということ、あるいは良かれと思って広めることは、必ずしも良くないこともありうることを知ってほしい。自分はそんなつもりが無かったと言っても、結果的に事件が起こるんだということを、それこそ事例で知っておくべきかもしれませんね。

 いちばん共有されやすいのは、例えば災害時に「どこどこに水が足りない」といった情報って思わずシェアしたくなるけど、本当にそうなのか、その情報は古くないのかといった事を考えずに、RTしようとするんだけど、それが良くないこともありうるんだよと知っておくというような。本気で助けたいんだったら、安易にスマホやパソコンの前でRTだけで済むようなことじゃなくて、本気でやるなら本気でってことも重要でしょうし、「そこまでじゃないけどちょっと貢献したい」くらいの善意にはどうしたらいいの? という話は、善意が結果的に困った時になることも分かった上でやっているの? ということですよね。

 善意の恐怖、怖さをもっとみんな知っておくべきだと、特にネットの時代は私はそう思います。

出典:松田教授インタビュー(強調部筆者)

 今回に限らず、多くのうわさは善意で広がります。松田教授の言うように、注意喚起とうわさを広めても、それがどのような結果をもたらすのかを考えてみましょう。

【参考】

市川孝一「外国人による婦女暴行デマとその背景」『生活科学研究』

野口道彦「外国人をめぐる流言騒ぎの諸相」『外国人労働者の人権と地域社会 : 日本の現状と市民の意識・活動』

野口道彦「鈴鹿市の流言と外国人差別」『同和問題研究』

朝日新聞1990年12月4日朝刊

朝日新聞(東京地方版/千葉)1992年7月7日

中日新聞(三重版)1997年12月18日朝刊

毎日新聞1998年7月3日大阪朝刊

毎日新聞1998年7月8日大阪朝刊

西日本新聞1999年8月5日朝刊

西日本新聞1999年8月17日朝刊

西日本新聞1999年11月27日朝刊

朝日新聞(大阪地方版)1999年12月16日

北海道新聞朝刊地方2000年11月11日

西日本新聞2001年7月5日朝刊

毎日新聞(地方版福岡)2002年8月22日

朝日新聞(西部地方版/山口)2002年12月19日

宮崎日日新聞2003年6月15日朝刊

朝日新聞(西部地方版/宮崎)2003年7月8日

北國・富山新聞2003年8月13日朝刊

北國・富山新聞2003年8月15日朝刊

朝日新聞(大阪地方版/大阪)2003年10月16日

毎日新聞(西部夕刊)2003年12月9日

南日本新聞社2003年12月11日朝刊

北海道新聞朝刊(地号)2004年1月21日

高知新聞2005年12月7日

河北新報2006年6月5日

読売新聞2006年12月22日

新潟日報2007年10月6日朝刊

茨城新聞2007年10月7日朝刊

毎日新聞2007年10月18日西部夕刊

産経新聞2007年10月22日大阪夕刊

「噂と都市伝説」(閉鎖)(インターネット・アーカイブ)

うわさとニュースの研究会「特集 ショッピングセンター伝説」