軍事オタク宮崎駿の少年時代

海上自衛隊はやぶさ型ミサイル艇(Wikipediaより)

宮崎駿監督最新作の「風立ちぬ」、公開から早一ヶ月が経ちましたが、皆様ご覧になりましたでしょうか? 私もこの前観ましたが、技術者の夢と戦争、現実と幻想などが入り混じりつつ、情緒的な雰囲気を出していた良い映画でした。

ところで、「風立ちぬ」が零戦設計者の堀越二郎の話、また「紅の豚」が飛行艇乗りの賞金稼ぎの話だったことからも分かるように、宮崎駿はかなりの軍事オタクです。それでいて平和主義者でもあるのですから、自身の思想と趣味にとてつもない矛盾を抱えた、恐ろしく業が深い人です。

こんな業を抱える前、若き日の宮崎少年はどんな人物だったんでしょうか。それを窺わせるものが、ネット上で話題になったことがありました。若き日の宮崎駿(17歳)の「世界の艦船」誌読者欄への投稿です。

世界の艦船 1958年5月号より
世界の艦船 1958年5月号より

この投稿は「世界の艦船」1958年5月号の読者欄に掲載されたものです。この投稿がネット上で話題になった時は、この部分しか出まわっておらず、何故宮崎少年がこれを書き、その後どうなったのかの経緯は明らかにされていませんでした。

今回は、宮崎少年がこの投稿を書いた背景と、その後の展開についてご紹介したいと思います。

世界の艦船創刊と宮崎少年の投稿

戦後日本で初めての艦船総合雑誌、「世界の艦船」が創刊されたのは、1957年8月でした。宮崎駿が初めて投稿したのは、1958年5月号ですから、かなり初期からの読者になります。当時、世界の艦船は発行部数も少なく、地方では手に入りづらかったそうで、読者や投稿欄には筋金入りのマニアが集っていました。

当時の読者投稿欄を見ると多彩な顔ぶれで、中学生から旧軍人ら、様々な人物が投稿していました。著名な投稿者には、堀元美(海軍技術中佐。空母・駆逐艦の設計に従事)、黛治夫(海軍大佐。戦艦大和副長)、小松崎茂(イスラストレーター)などがおり、非常に活況に満ちておりました。

本文記事でも、旧軍人や現役の技術者らによる投稿が行われており、1958年4月号には、防衛庁技術研究所第五部(現・防衛省技術研究本部艦艇装備研究所)の丹羽誠一氏による投稿論文「魚雷艇の話 その価値と効用」がありました。宮崎少年が投稿するきっかけになった論文です。

論文全体は長いので、趣旨を以下にあげてみましょう。

  • 現在(1958年時点)の日本の情勢は、領土等が日清日露戦争の時代と著しく似ている。
  • 平和憲法により他国に脅威を与える軍備は持てないし、持つための財源もない。
  • 第二次大戦の戦訓(多くの事例を提示)に基づけば、魚雷艇は多目的に使え価値は高い。
  • 魚雷艇は小型で経済的(安い)である。
  • 魚雷艇は機敏なため、意外と航空機からの攻撃に強い。
  • よって、我が国における魚雷艇の価値を再考すべきではないか。

以上のような、日本の防衛における魚雷艇の価値を再評価すべきではないか、問いかけの論文でした。魚雷艇とは高速ボートに威力の高い魚雷を搭載し、高速で大型艦に接近して、魚雷で攻撃する小型の軍艦の事です。

しかしながら、魚雷艇はあくまで補助的な軍艦であり、戦後の海上自衛隊では重視していませんでした。この現状に対して、丹羽氏は魚雷艇は経済的で様々な用途に使えると論文で主張したのです。

この論文に対し、宮崎駿少年は先の投稿で疑問を呈する訳です。

以下に書き起こしてみましょう。

4月号の「魚雷艇の話」、非常に興味深く拝読しました。ただ、ちょっと感じたのですが、これからの魚雷艇の価値を判断するのに、第2次大戦中の戦訓に基いてするのでは、ずいぶん不合理な点も出て来るのではないかと考えさせられました。魚雷艇の兵装はたいして変わらないが、その相手になる艦船と航空機の、火器の精度と電子兵器の進歩は、すさまじいものがあると思います。これからの魚雷艇は局地戦闘において、敵航空機の跳梁下に行動することも多いと思います。しかしMTB、MGBの40ミリ機砲および4.5インチ短身砲は、第2次大戦中の速力300浬/時の攻撃機、あるいは浮上潜水艦との戦闘ならともかくも、これからの超スピードの攻撃機に、どの程度の対空威力を発揮しうるといえるでしょうか。 現在ミサイルは各方面に急速な進歩をとげつつあり、着着実用の域に達しつつあります。魚雷艇は高速航海時に多量の熱放射線を出し、それは空対艦の熱線ホーミング装置のミサイルに、良好な感度をあたえます。魚雷艇の火器の射程外から安全かつ正確な攻撃が可能です。こうなると魚雷艇の被弾率は少なく、対空火力は有力だということはいえなくなります。駆逐艦は火器を対空ミサイルに改装することが可能ですが、50~100トンの魚雷艇ではミサイルを装置すれば、MTB、MGBの役は、果たすことが不可能になります。結局大型化の必要が生じてきます。これからは敵航空機の優勢な局地における駆逐艦と魚雷艇の経済度云々は成立しなくなるのではないでしょうか。魚雷艇はやはり潜水艦に対する沿海における攻撃と警戒に主要な価値があるのだと思います。 魚雷艇は対潜一本に進むべきでしょう。その点わが国の魚雷艇が派手ではありませんが着実にその道を歩んでいるのを見ると嬉しく思います。生意気な意見をのべましたが、私もわが国の艦艇の進歩を祈る1人です。愚見御笑覧下さい。 (東京都杉並区永福町 宮崎駿)

出典:世界の艦船 1958年5月号より

ちょっと長いですね。難しい用語も使っているので、宮崎少年の疑問を要約してみましょう。

  • これからの魚雷艇の価値を論じるのに、二次大戦の戦訓をあげるのは不合理でないか?
  • 魚雷艇の装備で、急激に進歩する航空機に対抗できるのか?
  • 魚雷艇は大量の熱を出すので、熱線追尾式空対艦ミサイル(ASM)に追尾されやすく、魚雷艇は航空機からの攻撃に強いとは言えないのではないか?
  • 小さい魚雷艇に対空ミサイルを積めば、魚雷艇は大型化してしまい、小型のメリットが無くなるのではないか?
  • 敵航空機の優勢な局地では、魚雷艇の経済性は成立しないのではないか。
  • むしろ、魚雷艇は沿岸の潜水艦対策に注力すべきではないか。

以上が宮崎少年の疑問です。防衛庁職員の論文に対して、17歳の少年が疑問を投げかけているのです。

この宮崎少年の疑問に対し、1958年6月号に丹羽氏より回答がありました。

丹羽氏からの回答

世界の艦船 1958年6月号より
世界の艦船 1958年6月号より

◆5月号読者交歓室 宮崎駿氏へ 第2次大戦中の戦訓のみに基いて、これからの魚雷艇の価値を判断することは不合理だとの御説、まことにもっともだと思います。今日考えうる最新式の装備を持った魚雷艇と、最新式の艦艇・航空機との間の戦闘力・建造費等々を比較することができれば、これに越したことはないのですが、新型兵器の多くはその性能が公表されず、また魚雷艇はその性質上、戦況に応じて兵装を変えて行くので、やむなく過去のある時期におけるものを採って、経済的戦備としての魚雷艇の可能性を指摘して、研究の手がかりとしたのが4月号の小論です。 なおあなたの論旨が、魚雷艇の兵装がたいして変わらないということ、空対艦のホーミング・ミサイルに対して魚雷艇が駆逐艦以上の感度があるという前提に立っている点には問題があります。あなたの取り上げている熱線ホーミングに対して考えると、魚雷艇のエンジンは完全に艇内に装備され、その排気は艇外に排出する前に海水を注入されて40℃程度に冷却されており、飛行機のエンジンや駆逐艦の煙突などとは比べものにならないほど熱線の輻射は少ないのです。兵装については対潜用魚雷艇がソーナーを持ちホーミング魚雷を持って非常に有力なものになっていると同様、局地戦闘兵力としての魚雷艇も必要とあればいつでも新しい兵装に切りかえることが出来ます。 DDGは味方部隊の防空用として敵攻撃機が射点に入る以前にこれを撃墜しなければならないので、あのように大がかりな艦対空のミサイル装置を持っていますが、魚雷艇が敵機と対等にわたりあうためであれば、戦闘機の持つ空対空ミサイルに多少の改造を加えるだけで使用可能でしょう。局地水上戦闘力としては大型で装甲厳重な軍艦を攻撃するというような機会は、非常に少なくなり、主な対手は駆逐艦以下の防御力の弱い艦艇、上陸用舟艇類、輸送船等となると考えられますので、魚雷艇はむしろ不経済で、ロケット砲・有線誘導ミサイル等の野戦兵器に、比較的軽量で効果が大きく、しかも弾数の多く搭載できる魚雷艇向きのものがあるのではないでしょうか。これによって第2次大戦中期まで500メートルぐらいまで近づかねば必中と言えなかった対水上艦艇攻撃は、その数倍の距離から可能となります。 (防衛庁技術研究所第5部 丹羽誠一)

出典:世界の艦船 1958年6月号

この回答も長い長い。丹羽氏の回答のポイントも要約しましょう。

  • 第二次大戦の戦訓のみに基づくのは不合理という指摘はもっとも。
  • ただ、新型兵器は性能が公表されず、魚雷艇は兵装を変えることができるので、やむなく2次大戦の戦訓を用いた。
  • 魚雷艇は大量の熱を出すので熱線ホーミングミサイルに狙われるという指摘だが、魚雷艇の排気熱は40℃まで冷却して排出されるので、その指摘は当たらない。
  • 魚雷艇の装備もまた新しいものに切りかえることができる。
  • 魚雷艇に積む艦対空ミサイルは、DDG(ミサイル搭載護衛艦)のミサイルよりも小さなもので良いので、重量増には繋がらない。
  • 魚雷艇の相手は大型艦ではなく、駆逐艦以下の小型艦が相手になるので、魚雷では不経済。魚雷艇にロケットやミサイル等の兵器を搭載することで、従来より遠距離から攻撃が可能になる。

丹羽氏は戦訓の引用例が不適切であることは認めたものの、宮崎少年の熱線誘導ミサイルに魚雷艇は弱いのではないかという指摘に具体例を挙げて反論し、また魚雷にこだわらず魚雷艇に様々な新装備を積むことによる可能性について言及しています。

ところで、この魚雷艇のあるべく姿を巡って2人は議論しているわけですが、現実はどうなったでしょうか? 答えから言ってしまうと、2人共微妙に外して微妙に当たっています。

そもそも、魚雷艇という艦種自体が、今現在は絶滅危惧種です。少なくとも、1990年代に自衛隊から魚雷艇は消え、ミサイル艇に変わりました。丹羽氏は魚雷に拘っているわけではなく、ミサイル等のより適した装備を積めば良いとしているので、この点で言えば当たっています。

海上自衛隊の“はやぶさ”型ミサイル艇(Wikipediaより)
海上自衛隊の“はやぶさ”型ミサイル艇(Wikipediaより)

しかし、宮崎少年は敵航空勢力下で活動ができるのか? と疑問を呈しています。これは宮崎少年の言うとおりで、今現在のミサイル艇は、ほぼ対空攻撃能力を諦めています。現代の空対艦ミサイルの射程距離は、100キロメートル以上にまで長射程化しており、小さすぎるミサイル艇では、長距離から攻撃してくる航空機に対抗できる対空ミサイルを搭載できないからです。この点は宮崎少年の言う通りになりました。

宮崎少年の再反論

丹羽氏の回答に対し、宮崎少年は1958年8月号で反論を試みます。

世界の艦船 1958年8月号より
世界の艦船 1958年8月号より

5月号本欄での小生の質問に対し、早速丹羽さんから親切な御回答があり、感謝しております。魚雷艇の熱線放射の件、小生の不勉強でした。 しかしASMの誘導方法は、熱線ホーミング式でなくとも、他の方法(たとえばビームライダー式と全アクティブ式の組み合わせ等)でも、正確な命中は期待出来ます。また魚雷艇にAAMを改造して搭載したとしても、攻撃機のASMとほぼ同じ性能のものであったとしたら、速力の関係から結局航空機の優勢はあらそえないことになると思います。魚雷艇は魚雷という破壊力の強大な、しかも特殊な艦艇にしか搭載できない兵器を機敏な小艇に装備したところにその成功の原因があったのであり、またその攻撃の目標となる艦の、攻撃と防御の対手が魚雷艇ではなかったところに、戦果を収めるチャンスが生まれたのであり、対手のハンディキャップにおいてはじめて勝利を獲得し得たのではないかと思います。 よって局地戦闘において、その対手が仮に防御力の弱い艦艇であったとしても、魚雷が不経済だからというので、他の野戦兵器を搭載したとしたら、その兵器は同時にその対手にも搭載可能であり、魚雷を持つときのような攻撃力の差はなくなってしまいます。少しぐらい優速であったとしても、敵制空圏下の局地防衛など不可能になるのではないでしょうか。また局地戦闘で充分に使える魚雷艇が出来たとしても、敵制空権下で戦闘するのでは、小型原爆くらいに対して安全な基地が必要であり、それにはトンネル式にするとかして特殊な基地を全国各地に多数配備しなければなりません。従来の基地は開戦の第1日に破壊されてしまい、使用出来なくなるでしょう。補給が困難になったら活動出来ません。結局経済的に魚雷艇が有利であるということで、ただそれを多数配置するというのでは意味がありません。もし充分活用出来る魚雷艇が出来、信頼しうるものであったなら、基地建設と並行して整備すべきでしょう。日本の防衛庁は魚雷艇の使用にあたって局地防衛戦闘と対戦戦闘のどちらに重点を置いているのでしょうか。前者ならば特殊基地の建設を現在計画しているのでしょうか。当局者ならびに読者の方々のご意見をも期待しています。 (東京都 宮崎駿)

出典:世界の艦船 1958年8月号

この負けず嫌いで食い下がるところ、いかにも若いマニアっぽくて既視感あります。皆こうだったよね?

さて、この反論での宮崎少年の言い分はこうです。

  • 魚雷艇の熱線放射の件に関しては不勉強でした。
  • しかし、熱線追尾以外の誘導方式のミサイルでも魚雷艇には命中する。
  • 魚雷艇にAAM(空対空ミサイル)を改造して搭載しても、航空機の方が遥かに速いので魚雷艇は不利である。
  • 魚雷に特化したからこそ魚雷艇は成功したのであって、今までの戦果があったのは、相手側にハンディがあったからではないか。
  • 魚雷が不経済という理由で他の装備を積んでしまったら、もし相手が同じ装備を積んできたら魚雷艇の優位性は無くなってしまう。
  • 敵制空圏下での戦闘は、小型原爆に耐えられる基地が必要になる。経済的に有利という理由だけで魚雷艇を大量配備するなら、核攻撃に耐えられる基地をその分用意しなければならないだろう。

この宮崎少年の指摘はまさにその通りで、前述した通り、敵制空権下での魚雷艇(ミサイル艇)は困難が伴い、湾岸戦争ではイラク軍のミサイル艇が一方的に米軍攻撃機に撃破されました。宮崎少年が敵制空権下に加え、核攻撃下での作戦行動を想定しているところは、これが書かれたのが冷戦の真っ最中であることを窺わせます。

もっとも、先に述べたようにこの後に魚雷艇は姿を消し、ミサイル艇に変わることになります。そういう意味で、宮崎少年の5番目の指摘は外れた事になります。小さくて安いミサイル艇は、途上国を中心に今でも使われています。

宮崎少年と丹羽氏が議論から9年後の1967年、イスラエル駆逐艦エイラートがエジプト海軍のミサイル艇のミサイルにより撃沈されたエイラート事件が発生し、ミサイル艇は水上艦艇に対しては、一定の効果があることが認識されました。

しかし、現代におけるミサイル艇は、途上国が経済的理由により配備したという要素が強く、中東戦争でのミサイル艇同士の小競り合いがその主な戦例なのもそれを裏付けます。そして、レーダーを搭載した近代的駆逐艦に対して、ミサイル艇・魚雷艇の価値は大きく損なわれています。2008年のグルジア紛争で、グルジアのミサイル艇がロシア艦隊に攻撃を仕掛けましたが、戦果なく撃退されています。

じゃあ、今の自衛隊が装備しているミサイル艇はなんなんだ、と言うと、海上警備目的の要素が強く、不審船対策等の多用途性が求められて、はやぶさ型ミサイル艇は建造されました。その意味では、丹羽氏が主張する多目的性が認められた形になります。

1人はマニアの学生、1人は本職の研究者が、魚雷艇のあるべき姿について意見を戦わせていたわけですが、 結局2人共微妙に当たって微妙に外れていたところに、未来予測の難しさがあるのかもしれません。

ちなみに、 「当局者ならびに読者の方々のご意見をも期待しています。」と結んだ宮崎少年ですが、この後の読者投稿欄における魚雷艇議論は確認できませんでした。「このガキ、理屈ばかりコネやがって」とでも思われたのではないでしょうか。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったものです。

※この記事は、ブログ記事dragoner.ねっと: 「ミリオタ宮崎駿の少年時代」をYahoo!ニュース個人向けに再編したものです。