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投手王国・阪神タイガースの1軍投手枠を狙う若虎たち 今季の成長株を江草仁貴ファーム投手コーチが挙げる

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
阪神タイガース・江草仁貴ファーム投手コーチ

■ファームの投手コーチ・江草仁貴氏

 18年ぶりのリーグ優勝、そして38年ぶりの日本一に輝いた阪神タイガース。充実した戦力の中でも、とくに投手陣は12球団一とも評されるほどレベルが高い。先発の頭数がそろい、ブルペンのメンバーも潤沢で、誰もがリードした展開で投げられる力を持つ。

 となると1軍とファームの入れ替えもそう頻繁にはなく、ファームから1軍昇格を狙う若手投手陣は少ないチャンスを確実にモノにしなければならない。若虎たちは来たるべき日に備えて、常に牙を砥いでいる。

 そんな若手投手陣を預かるファームの江草仁貴投手コーチに、今季を振り返ってもらった。

ピンチのマウンドに駆けつけ、激を飛ばす
ピンチのマウンドに駆けつけ、激を飛ばす

■西勇輝、青柳晃洋らベテラン投手たちの存在感

 今季は西勇輝投手、青柳晃洋投手という2人の主力投手が登録抹消され、ファームで過ごす期間も短くなかった。これがファームの選手にとって、大きなプラスになったという。

 「2人ともアップからしっかりやる。西なんてすごく声出してね。ああいう実績のある、何億ももらってる選手たちが積極的にやる。若手からしたら、ウエイトとかキャッチボールとか『こうやってやるんだ』と、すぐ横で見ることができた。本当にすごくいい勉強になったと思いますよ」。

 見て盗むというのは、上達する上で必須だ。さらに2人は言葉も巧みである。

 「2人ともしゃべるのが好きだからね(笑)。積極的に後輩に教えたり、大事なことを言ってくれたりするんで、そういう面でもすごく助かる。ほんと、いろいろやってくれましたねぇ」。

 面倒見のよさに、コーチとして頭を下げる。

左:西勇輝 右:青柳晃洋
左:西勇輝 右:青柳晃洋

 江草コーチも自身の現役時代、先輩からの教えが大きかったと振り返る。

 「やっぱり選手同士のほうが距離も近いんで、気軽にというか、ちょっとしたことでも聞けるというところはある。実績のあるすごい選手たちに言われたらスッと入ってきますし。2人はほんとにいい教材というか、先生になってくれてましたね」。

 ただ、そこに頼ってばかりはいられない。彼らを復調させて、1軍に戻すというコーチとしての責務もある。

 「2人とも基本的に自分でできるというか、ちゃんとできていたから1軍でずっと活躍できていたわけなんで。でも困っているときに、ちょっとした手を差し伸べられるということはしたいなと考えていました。今年はファームに福さん(福原忍投手コーチ)がいてくれるんでね。福さんは彼らのいいときを1軍でずっと見てきてるんで、『こういうとき、どうですかね』って訊いたら、『勇輝はこうやで』『ヤギはこうやで』って教えてくれるんで、ぼくとしても福さんの存在がありがたかったし、彼らにも接しやすかったというのはありますね」。

 大阪電気通信大学で4年、タイガースのコーチに就いて2年、指導者として自身も勉強を続ける日々だ。先輩の福原コーチからも学びつつ、選手と向き合っている。

7年目の福原忍コーチ
7年目の福原忍コーチ

■門別啓人(1年目)

 ベテランからルーキーまで投手を見てきた中で、成長株はと尋ねると、「門別はすごくよくなった」と、1年目の門別啓人投手の名前をまず挙げた。

 今季はウエスタン・リーグで12試合に登板し、55回に投げて2勝2敗、防御率2.78。優勝決定後には1軍での登板も経験した。

 9月15日の広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)で三回から2番手でプロ初登板すると、3イニングスに投げて6安打、3失点。そして同30日には先発登板も果たし(同戦、同球場)、白星こそつかなかったものの5回を7安打、無失点と生きのいいピッチングを見せた。

 その後の秋季キャンプでも岡田彰布監督から投手MVPに挙げられ、すでに来春の1軍キャンプも内定している。

門別啓人 後ろは湯浅京己
門別啓人 後ろは湯浅京己

 門別投手の成長を、江草コーチはこのように語る。

 「まっすぐで空振りが取れるようになった。入ってきたころは、まっすぐのスピードは出ていてもバットに当てられていて、バッターからしても“嫌なまっすぐ”ではなかった。それが、まっすぐで勝負できるようになったら、変化球ももっと生きるようになった。まっすぐがよくなったおかげで、すべてがよくなったって感じ。コントロールはもともと悪くなかったんで、ほんとまっすぐですよね」。

 ストレートの質の向上が、成長の秘訣だと強調する。

 では、どのようにしてよくなったのか。

 「いろいろな要因はあるけど、やはり“開き”かな。もともとめくれるのが早くて、合わせにいくような感じだったけど、そこをちょっとずつ我慢して我慢して、しっかり縦に使えるようにというのを意識していった。そこがよくなったのが一番かなと思います」。

 打者にとって嫌ではなかったストレートが、嫌がられるようになっていたのだ。

 「バッターからしても、伸びてくるような強いまっすぐが投げられるようになりましたね」。

 描いてくれた成長曲線に、指導者としても笑みがこぼれる。

投内連係とブルペン
投内連係とブルペン

 1軍の登板は、テレビで見守った。

 「最初に中継ぎで出たときは『緊張してるなぁ』と思ったけど、2度目に先発したときはもう堂々と投げてたんでね。メンタル的にも頼もしいなと思って。高卒1年目であんなに堂々と投げられるなんてね」。

 勝ちがつくよう祈りながら見ていたという。来季は自身のもとから完全に巣立っていくことを願っている。

軽快にアメリカンノックを受ける
軽快にアメリカンノックを受ける

■岡留英貴(2年目)

 次に挙げたのは岡留英貴投手だ。「危機感をもって、しっかりやっていた」と語る。というのも、今春のキャンプでの一件があったからだ。

 2年目で初の1軍キャンプスタートとなったが、2月18日の練習試合で制球が定まらず10球で降板し、翌日にはファームキャンプに移動した。

 「もともとメンタルの強い選手なんで、あんなふうになるとは思ってなかったんですけどね。あんなにもコントロールを乱したりはないやろうと思っていたのがああなったので、本人が一番戸惑っていた。ちょっとの間、試合から外せたんで、しっかり立て直しができた。その後はずっとよかったんでね」。

 ファームで好投を続け、常に1軍への“推薦1番手”だった。ようやく6月23日に1軍初登録されると、7月4日にいよいよ1軍デビューを果たし、1回を1安打、無失点で終えた。

 その後、なかなか登板機会に恵まれず抹消と登録を繰り返しながらも、1軍登板では7試合連続無失点と安定感を見せ、通算8試合の登板で防御率1.29という結果を残した。

 「ちゃんと抑えられてよかったなと安心しました。まぁ、ファームであれだけ投げられるんで、上に行っても普通に投げれば通用するだろうとは思ってましたけど」。

 結果が伴い、送り出した江草コーチとしてもひと安心だった。

 日本シリーズでは第2戦に登板して2/3回で3失点したが、今後につながる大きな経験値が得られた。

相手チームの選手が足をつったため、水とミネラルを持ってブルペンから飛び出し駆けつけた岡留英貴と岩田将貴
相手チームの選手が足をつったため、水とミネラルを持ってブルペンから飛び出し駆けつけた岡留英貴と岩田将貴

■鈴木勇斗(2年目)

 もうひとり、鈴木勇斗投手の名前を口にする。

 「去年は1年間、苦しんでたんでね、今年なんとか独り立ちできたかな。ファームでしっかり投げられるようにって、ずっとやってきた。四球も出しますけど、それまでのような明らかなボール球というのは減ってきたんでね。ちょっとずつ、ちょっとずつよくなってきた。焦らずに続けて、来年は1軍に呼ばれるチャンスがきたらなと思っています」。

 来年は勝負をかけてほしいと背中を押す。

 四球は出しても、その内容は変わってきたという。

 「1球1球、ピッチングになってきた。1年目はただ投げているだけで、気づいたらボールになって、あとはもう真ん中に投げるしかないという感じだったのが、ピッチングの組み立てができるようになった。スライダーでカウントを取って、じゃあここでまっすぐを投げてということができるようになったので、本当に成長したなと思います」。

 目尻を下げ、うれしそうに語る。ウエスタン・リーグでの登板も昨年の13試合(25.2回)から21試合(75.2回)と大幅に増やし、防御率も8.06から3.69と格段に良化した。

鈴木勇斗
鈴木勇斗

 1年目の春季キャンプのシート打撃登板で、連続四球を出して涙した。そこから試行錯誤したのだが、昨年はその試行錯誤が“過ぎた”ようで、取り組むことがコロコロ変わっていたという。

 「1週間やってみて『これダメだ』って、次の週にはまた違うことをやりだして、新しく『これ、やってみたいです』っていう繰り返しだった」。

 一刻も早く成果を出したいと焦る気持ちが、そうさせていたのだろう。しかし今年は一転、どっしりと腰を据えた。

 「フォームを安定させて、いい球をストライクゾーンに投げられる練習をずっとしてきた。キャッチボールのあと、個別でブルペンで立ち投げみたいなことをやりながら、ちょっとずと修正していった。1年間通してしっかりと取り組めた。毎日ね」。

 これだということをやり続けられたのが大きかったのだとうなずく。

 「ストライクが入らない原因は人それぞれ違う。彼の場合はフォームの横ぶりがひどかったんで、どんどん腕が出てこなくなっていた。だから、とんでもない死球を当てることもあった。それをちょっとずつ縦ぶりにしてっていうのを繰り返しやってきた」。

 フォームを意識するところから始め、しっかりと固めていった。足がかりを掴んだ今年を経て、来年に期待をしている。

鈴木勇斗
鈴木勇斗

■昭和生まれでよかった(笑)

 ファームから1軍のリーグ優勝、日本一を見届けた江草コーチ。自身は2005年、ブルペンの一角として優勝を経験している。当時は勝利の方程式「JFKジェフ・ウィリアムス藤川球児久保田智之)」に対して「SHE桟原将司橋本健太郎江草仁貴)」と呼ばれ、劣勢から逆転に転じる流れを作って、いくつもの勝利に貢献した。

 そのけれんみのない小気味いいピッチングは、見ているファンの気分をスカッとさせた。

 「当時も岡田監督だったね。でも、あのころより今のみんなはレベルが高いなと思って。今の投手陣だったら、(自分は)絶対メンバーに入れないなと思う。すごいよ、みんな。昭和生まれでよかったぁ(笑)」。

 そう謙遜するが、その働きぶりは数字が物語っている。2005年の51試合から始まり、2009年には62試合に登板し、この5年間で年平均50試合以上に投げている。防御率も2007年の1.95を筆頭に5年間の平均が2.73と、本当に頼りになる左腕だった。

外国人投手にもしっかりと意図を伝える
外国人投手にもしっかりと意図を伝える

■1軍で通用する投手に

 それだけに、若虎たちには大きく飛躍してほしいと願う。

 「みんな、ちょっとずつでもよくなってくれたらね。でも、やっぱりファームでいくら投げられても、1軍で投げられないと意味がない。1軍で通用するためにやらなきゃいけない。1軍で活躍できる選手をもっと育てていきたい」。

 築かれた投手王国を崩すことのないよう、次代のタイガースを支えてくれる投手をひとりでも多く育て上げていく。

森木大智(中)と伊藤稜(右)に指示を出す
森木大智(中)と伊藤稜(右)に指示を出す

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江草仁貴ファーム投手コーチ
江草仁貴ファーム投手コーチ

(撮影はすべて筆者)

フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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