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「二足のわらじ」を履く男―江草仁貴氏(阪神〜西武〜広島)【前編―コーチ業】

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
部員たちと談笑する江草仁貴コーチ(撮影:筆者)

■2005年の阪神タイガース優勝に貢献

ピッチング指導(写真提供:江草仁貴氏)
ピッチング指導(写真提供:江草仁貴氏)

 「もっと前に体重乗せて!」「こうなってるよ。こうだよ」。

 身振り手振りを交えながら、熱心に指導するのは江草仁貴さん阪神タイガース西武ライオンズ広島東洋カープで活躍した左腕だ。

 特にタイガース時代はJFKジェフ・ウィリアムス藤川球児久保田智之)とともにSHE桟原将司橋本健太郎江草仁貴)の名称で2005年の優勝に多大な貢献をするなど、先発としても中継ぎとしてもフル回転した。テンポよく小気味のいいピッチングは、見ていて爽快だった。

お手本を見せる(撮影:筆者)
お手本を見せる(撮影:筆者)

 2011年にライオンズへ、2012年にカープへそれぞれトレード移籍し、2017年限りでユニフォームを脱ぎ、今年から大阪電気通信大学(阪神大学野球連盟 二部東リーグ)の野球部で投手コーチとして指導にあたっている。

 ただ、江草さんの肩書きはこれだけではない。自身で会社経営もしているのだ。つまり社長業とコーチの「二足のわらじ」を履く日々を送っているのだ。そんな江草さんの現在を伺った。

 まず前編は“江草仁貴コーチ”を紹介する。

■家族の近くで…

厳しい練習中も笑顔が多い(撮影:筆者)
厳しい練習中も笑顔が多い(撮影:筆者)

 話を聞いたのは2日後に秋季リーグの初戦を控えた、台風一過の大阪電気通信大学の野球部グラウンド。台風の爪痕はかなり激しく、部員たちはまずグランドの後片付けから始めなければならなかった。

 そうした部員たちに指示を送る江草コーチの目は生き生きと輝いていた。そこには「少しでもこの子たちの財産になるように」との思いがある。ノックを打つときも、ピッチングの指導をするときも、その目には部員たちへの愛情が満ちている。

 そもそもは元タイガースの三東洋さんのつながりから依頼された話だ。大学側が今年、女子バスケットボール部とともに野球部を強化クラブに指定し、指導者を求めていた。そこで現監督から数珠繋ぎで江草さんのところにたどり着いたのだ。

試合前(写真提供:江草仁貴氏)
試合前(写真提供:江草仁貴氏)

 他にも指導者としてのオファーがあったという江草さんは、最初はこの話にそこまで乗り気ではなかったそうだ。しかし今年2月に第2子が誕生したことで、状況が一変する。完全な単身赴任だと奥さんの負担が大きくなりすぎると考えたのだ。ちなみに奥さんはバレーボール・元全日本代表選手の竹下佳江さんだ。現在はヴィクトリーナ姫路の監督を務めている。つまり関西圏の学校というのは大きな魅力だった。

 「家族の近くにいてあげたいというのがあったし、それになにより『一緒に子どもたちに夢を与えよう!』っていう監督の熱意に打たれたんで」と、投手コーチを引き受けることにした。

■厳しく楽しい練習方法

ノックを受ける部員たち(撮影:筆者)
ノックを受ける部員たち(撮影:筆者)

 4月から指導を始めたが、最初は思いのほか苦労した。「無断欠席ですね。『アイツは?』『帰りました』とか、雨降ったら『帰りまーす』とかね。そういうところから厳しくしていこうと、まず無断欠席と遅刻はなくそうと言った」。

 そして、これまで個人で行っていたウォーミングアップを変えた。「全体できっちり整列して走るところからやるようにした。個人でやると、しゃべってばっかなんでね。そもそもアップのやり方すらわかってなかったし」。

練習風景(写真提供:江草仁貴氏)
練習風景(写真提供:江草仁貴氏)

 そこで知り合いのトレーニングコーチを呼び、アップのやり方を一から教えた。担当はピッチャーではあるが、アップなど全体でやるものには指導の目を光らせている。また、監督がいない時間帯もチーム全体を見ている。

 ただ、これまで厳しい練習をしてこなかった部員たちだ。「ほんと練習しない。なにより練習してくれ、と」。江草コーチも苦笑しつつ、なんとか練習させる方法を考える。

ジャンケンが強すぎる江草コーチ(撮影:筆者)
ジャンケンが強すぎる江草コーチ(撮影:筆者)

 「ちょっとでも楽しくやらせようと。一番しんどい走るメニューでは、いろいろ考えている。たとえば階段を走るときに“ポイント制”にしている。僕とのジャンケンに勝ったら1ポイント、負けたらマイナス1ポイントというふうに。ストップウォッチで計ったタイムが偶数か奇数かあらかじめ予想して、当たったら1ポイントとか。ポイントっていうのは、そこで走るのを免除ってこと。マイナスだともう1本追加。ほんとうにきつい練習をした経験がないから、とにかくしんどいと思う。それを少しでも楽しくやらそうとしている」。

江草コーチに勝つにはかなりの修行が必要?(撮影:筆者)
江草コーチに勝つにはかなりの修行が必要?(撮影:筆者)

 この日も江草コーチは約500メートルの坂道の頂点で待ち構え、下から走ってきた部員とジャンケン。江草コーチに勝てば終了。負けるとまた下まで降りてもう1本走って上がる。ジャンケンに勝てなければ何本も走らねばならない。

 ところが江草コーチのジャンケンの強さは尋常でなく、部員は次々に負け、何本も走るはめになる。これがなかなかのトレーニング量になっていた。ランニングはきついが、部員たちはこのゲーム感覚の練習にどこか楽しみながら取り組んでいる。

 そしてこれには江草コーチならではの、もうひとつの狙いがある。「ジャンケンから駆け引きを学んでもらおうとしている」という。相手の表情を見ながら、出す手の傾向を読みながら…たががジャンケン、されどジャンケン。常に勝負してきた江草コーチらしい発想だ。

部員への愛情があふれる(撮影:筆者)
部員への愛情があふれる(撮影:筆者)

 中にはついてこれずに辞めてしまった部員もいるが、だんだんとハードな練習が定着してきた。「ホワイトボードの部員の名前を見たら、欠席が少なくなってきた」と江草コーチも手応えを感じはじめているという。

 「みんな、もともと野球が好きだし、おもしろさも知っている。でも練習して成果が得られるという成功体験がなかった。これだけ頑張ったらこれだけできるというのを、これからも教えていきたい」。

 自身がいくつもの成功体験を重ねてきたからこそ伝えられるのだ。

■社会に出たときのことも考えて

身振り手振りで(撮影:筆者)
身振り手振りで(撮影:筆者)
厳しくチェック(写真提供:江草仁貴氏)
厳しくチェック(写真提供:江草仁貴氏)

 約20人の投手陣についても「意識が変わって取り組んでくれている」と目を細める。ここでも“江草流”のやり方を導入している。

 「ノートを書かせるようにしている。球数も含めて。自分がやってきたことをあとで振り返られるようにと、これだけやってきたんだという自信を持ってもらうために」。

 自身の記録だけではない。質問事項などもそこに書いて江草コーチに見せるのだ。

 「直接聞きにくいことを書いて、って言ってる。周りに人がいると聞けなかったりもするしね。真面目にするのは恥ずかしいという風潮がある。ヘラヘラしてごまかして、ちゃんと取り組んで失敗するのは恥ずかしいと思っている。いや、そうじゃないんだよ、と。一生懸命にやって失敗することは決して恥ずかしいことじゃないと伝えている」。

ステキなバッティンググローブ、これは…?(撮影:筆者)
ステキなバッティンググローブ、これは…?(撮影:筆者)

 個人のノートでありながら、江草コーチとの“交換日記”にもなっているのだ。そこには江草コーチのこんな思いがある。

 「この野球部がゴールじゃない。ここから社会に出ないといけないわけだから。最初は単にチームを強くすること、技術をレベルアップすること(が自分の仕事)だと考えていたけど、いざ入ってみると大学生はまだまだ子ども。野球だけを教えるんじゃないなと気づいて、社会に出てからのことも考えて指導するようになった」。

 人としての真摯な生き方を、野球を通して教えているのだ。「だんだんと『一生懸命やる』というのをわかりだしている」と、部員たちの変化も感じられるようになってきた。

部員たちからのお誕生日プレゼントを嬉しそうに装着する(撮影:筆者)
部員たちからのお誕生日プレゼントを嬉しそうに装着する(撮影:筆者)

 今は「この子たちにもっとやってやりたい。もっともっと教えてあげたいって思う。せっかく野球をやってきて、必要とされているからには」と心の底からやりがいを感じているという。

 そういった熱意は部員たちにもしっかりと伝わっている。9月3日の江草コーチのお誕生日には、サプライズでケーキとバッティング用の手袋をプレゼントしてくれた。親身になって考えてくれているコーチと部員の心の距離は、急速に縮まっている。

■勝つ喜びを味わわせてあげたい

勝つ喜びを味わわせたい(写真提供:江草仁貴氏)
勝つ喜びを味わわせたい(写真提供:江草仁貴氏)

 ただ「とにかく弱いんで…」と嘆くように、二部東リーグで1位になったのは一度(2015年・春)、直近の成績は2季連続で6位だ。

 「いきなり強くはならないけど、大学側にも申し訳ないしね。子どもたちにも勝つ喜びを味わわせてあげたい。練習やるだけムダじゃん、なんて思わせないようにね」。

 先の台風や雨の影響などで、阪神大学野球連盟の秋季リーグは開幕が延期になり、大阪電気通信大学も9月14日に初戦を迎える。指導者としての江草コーチの奮闘は、これからも続いていく。

 後編は「もう一足のわらじ」、社長としての江草仁貴氏をお伝えする

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桧山進次郎氏の今

フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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