すでに7月2日に米英ではHuluおよび一部劇場にて公開、コアな音楽ファンを中心に熱い支持を集め始めている。「待ってました!」「寝る時間を削ってでも観ろ」といった声などを、僕は確認した。BBCの映画評では、1日付で早くも5つ星を与えられている。センセーションの幕がいま上がった、と言うべきか。ソウルの夏、「革命の記憶」を再発見する夏の始まりを告げる、華やかなるファンファーレが鳴り響こうとしている——。

(C) 2021 20th Century Studios
(C) 2021 20th Century Studios

60年代末のソウル・グレイツ、「幻の」パフォーマンスが満載!

 本作、『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』(21年・米)は、「黒いウッドストック」との異名も持つ幻の音楽文化フェスの全貌をとらえた記録映画だ。もしあなたがソウル音楽ファンを自認する人だったら。いや「広義のポップ音楽ファン」だったならば。あるいは大衆文化の動向に、つねに注意や敬意を払っている人だったなら――この映画を、決して見逃してはならない。これほどまでに「歴史的」という修辞が似合う一作は、そうそうない。しかも「秘宝」と呼ぶべき、一期一会の「ソウル音楽の宝石」が、もう数えきれないほどジャラジャラなのだから!

 たとえばニーナ・シモンのパフォーマンス。さすが、すごい「押し出し」だ。若く、そしてまだ「中途半端時代」の只中にいたスティーヴィー・ワンダーも、とてもいい。「マイ・シェリー・アモール」期、つまり「スーパースティション」期以前の、青年スティーヴィーの苛立ちが転写されたかのような暴れ太鼓(ドラム・ソロ!)は必見。もちろんスライ&ザ・ファミリー・ストーンは、すさまじい人気。彼らは「あっち」にも出演した、まさにライジング・スター状態だったから、会場内の人口密度が大変なことに。公園中、もう、人で人で人で……といった名シーンの数々が、50年超の眠りから呼びさまされて、いま、あなたの眼前に広がろうとしているのだ。

ド迫力のニーナ・シモン (C) 2021 20th Century Studios
ド迫力のニーナ・シモン (C) 2021 20th Century Studios

 本作は、1969年の暑い夏、ニューヨーク市はハーレム区にて開催された一大イベント〈ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル〉の模様をとらえたもの。しかし「69年の夏」というと、一般的なポップ音楽ファンのほぼ全員が、まず最初に思い出すのは〈ウッドストック・フェスティヴァル〉のほうだろう。大規模ロック・フェス先駆けのひとつとなったイベントだ。ジミ・ヘンドリックスらと並び、スライ&ザ・ファミリー・ストーンも登場した同フェスは、同年8月15日から18日の朝までニューヨーク州の郊外で開催。40万人を動員し、ロック音楽のみならず、カウンターカルチャーの興隆を人類史に刻み込んだ出来事として、その名を大きく歴史書の上に残している。

 そしてあたかも、まるでウッドストックの「裏番組」のように開催されていたのが、「こっち」のフェス、〈ハーレム・カルチュラル・フェスティヴァル〉だった。69年6月29日から8月24日まで、途中、独立記念日(7月4日)がからむところを抜いた「毎日曜日」に計6回、同地区の公園マウント・モリス・パーク(現在のマーカス・ガーヴェイ・パーク)にて開催された。テーマは、アフリカン・アメリカンの音楽と文化を称揚しつつ「ブラック・プライド」運動に寄与すること。ニューヨーク市当局の後援も得て、大規模に、華々しく、おこなわれた。ソウル、R&B、ゴスペル、ジャズ、ラテン音楽などの名うてのアーティストが集結。観客をなんとのべ「30万人」も動員して、大成功をおさめた。

のどかでもあるステージ全景 (C) 2021 20th Century Studios
のどかでもあるステージ全景 (C) 2021 20th Century Studios

監督クエストラヴ、一世一代の大仕事

 ところが……この出来事は、広い世間からは、ほとんど忘れ去られてしまう。イベント自体は「45時間分」も撮影されていたのだが、その映像フッテージの大半は一度も公開されることなく、地下室に眠り続けていたという。それを「発掘」し、一本の映画としてまとめ上げたのが、アミール・"クエストラヴ"・トンプソン。5度のグラミー賞に輝く実力派アーティストにして、数多くの音楽プロデュース、本年度アカデミー賞授賞式の音楽監督も担当した才人であり、ご存じ「バンド・サウンドでヒップホップをやる」チームの最大成功例として名高い、ザ・ルーツのドラマーにして中心人物のひとりが彼だ。そんなクエストラヴの、映画監督としての初作品となったのが本作。フェスの関係者へのインタヴューも交えながら、その全貌と「歴史的意義」を掘り下げていく。とても「初」とは思えない手腕の冴えっぷりは、オープニング上映された本年度のサンダンス映画祭で、ドキュメンタリー部門審査員大賞と観客賞を得たことで証明された。

 見どころは、いろいろある。なにしろ、顔ぶれが豪華絢爛。B.B.キング(若い!)、フィフス・ディメンション(の健闘は、泣かせる)、ステイプル・シンガーズ、ハービー・マン、テンプテーションズ脱退後のデヴィッド・ラフィン、モンゴ・サンタマリア、マックス・ローチ、ヒュー・マセケラ……そして、グラディス・ナイト&ザ・ピップスが、マーヴィン・ゲイの歌唱で有名な「あの曲」をやる。日本では「悲しいうわさ」の邦題で知られる「I Heard It Through the Grapevine」。これのザ・ピップス・ヴァージョンがいかにすぐれていたのか、ほとんど初めて、僕は目の当たりにできたと感じた。

B.B.キング(若い!) (C) 2021 20th Century Studios
B.B.キング(若い!) (C) 2021 20th Century Studios

フィフス・ディメンション、渾身のパフォーマンスの理由は…… (C) 2021 20th Century Studios
フィフス・ディメンション、渾身のパフォーマンスの理由は…… (C) 2021 20th Century Studios

弾けるグラディス・ナイト&ザ・ピップス (C) 2021 20th Century Studios
弾けるグラディス・ナイト&ザ・ピップス (C) 2021 20th Century Studios

 時代は「ブラック・パワー」の入り口だった。だからステージ上だけじゃなく、観客のファッションもじつに面白い。アフロセントリックなスタイルが「最新」なれど、一方でミッド60sっぽい、シャーク・スキンのスーツにハット姿もある。ブラック・ファッション好きなら、どれほど多数のソースをこの一作のなかから発見できるか。

とにかくRight On! どこまでも、見渡すかぎり、あらゆるファッションが最高! (C) 2021 20th Century Studios
とにかくRight On! どこまでも、見渡すかぎり、あらゆるファッションが最高! (C) 2021 20th Century Studios

これほどのものが「封印」されていた

 と、そんな見せ場のなかで最大のものは、やはりゴスペルのパート。あのメイヴィス・ステイプルが「あこがれの」マヘリア・ジャクソンと共演する。若きジェシー・ジャクソン師とともに、歌い、祈りを捧げる――もちろん、会場中が一体となって。そしてたぶん、この磁場からハーレム一帯に、さらには全米の各地へと「祈り」の波動が広がっていくかのような――圧倒的な「魂の地力」が湧き上がってくる様は、圧巻のひとことだ。

メイヴィス・ステイプルとマヘリア・ジャクソンの熱唱 (C) 2021 20th Century Studios
メイヴィス・ステイプルとマヘリア・ジャクソンの熱唱 (C) 2021 20th Century Studios

 なぜならば、このフェスは「キング牧師が暗殺された」翌年の夏に敢行されたものだったからだ。挿入映像なども使用しつつ、クエストラヴは「この時代」の現実を観客に伝えようとする。JFK暗殺。ロバート・ケネディ暗殺。終わらぬヴェトナム戦争。都市の荒廃。そして、なかでも、68年4月4日のマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺が、いかに「許しがたい」悪逆非道であったか――それに怒った、黒人を主体とする群衆が、全米のいたるところで暴動を繰り広げた――そんな状態から「目と鼻の先」でしかなかった69年の夏に、しかし暴力ではなく「文化の力で」かくあるべき和解への道筋を市民自らが模索するための一里塚として企図された、と理解すべきイベントが、このフェスだった。そして、事実その後のブラック・パワー運動や黒人市民の意識向上に大きく寄与したことが、フェスを実体験した人々の証言によって裏書きされていく。

 そして、だからこそフィルムのほとんどが「お蔵入り」したのだろう。「黒人にしか関係のない」フェスだと見做されたのかもしれない。映画として公開しても「ウッドストックみたいには」儲からないと判断された、のかもしれない。ファッショナブルで先端的な「白人中心」のロック・フェスではなく、なにやら「政治的自己主張」が目立つ幅が狭いもの、でしかない、とか……本当のところは、わからない。わかるのは「これが歴史の闇に埋もれていたなんて、とてつもなくおかしい!」ということだ。

 だから逆に言うと、クエストラヴも、彼に賞を与えた人々も、よく自覚していたはずだ。ブラック・ライヴズ・マター運動が全世界を震撼させた「いま現在」こそが、これらフッテージが、いや「あの夏の記憶が」最も正当な評価を得られる時期に違いない、ということを。なぜならば、いま現在もなお、世界は不条理なまでの抑圧と分断と差別に満ち満ちているから。しかし「いくら消し去ろうとしても」真実の、魂の鼓動の記録は、決してそのまま忘れられはしないのだ、という事実の証明として、本作の存在はあるのだから。

革命とは、決してTVで中継放送されないものだから

 僕が思う、当フェス最大のユニーク・ポイントとは、「地元密着型だった」というところ。当時の観客の証言で「家から歩いて行った」との声が、いくつも紹介される。何ブロックも歩いて行った、とか。あるいは証言者が当時子どもだったりしたら「親には黙って」ちょっと行ってきた、とか……まるでそんな、大規模すぎるブロック・パーティーみたいな「フェス」が、ほぼ毎日曜日、家のすぐ近所であった、ということ。そんな夏が、本当に存在したのだ、ということ――こうした事実に、大きく勇気づけられる人は少なくないはずだ。

 ところで、副題の「あるいは、革命がテレビ放映されなかった時」とは、スポークン・ワードの聖人、ソウルおよびジャズ詩人の伝説的存在、ギル・スコット・ヘロンのナンバー「革命はテレビ放送されない(Revolution Will Not Be Televised)」(70年)からの引用だ。本作のティーザー予告編内でも印象深く使用されているこの曲は、聴き手に対して「実際に革命に参加せよ」と呼びかけるものだ。家にいたまま、安穏としていちゃいけない。なぜならば「革命はテレビ放送されない」からだ――と、幾度も幾度も繰り返される。

 本作におさめられたフェスは、69年のあの夏にハーレムの人々を集めたコミュニティのお祭りは、たしかに「革命的だった」のかもしれない。その長きお蔵入りが、逆説的にそのことを示唆している、のかもしれない。しかしそのことを本当に「証明」し得るのは、この映画を観たひとりひとりの「これからの」行動に違いないと僕は考える。革命とは、一日にして成らぬものだからこそ。

 日本では8月27日(金)より、ウォルト・ディズニー・ジャパン配給にて劇場公開。