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日本で最近起きた、あの性暴力事件とそっくり!見ごたえ韓国サスペンス「車輪」を【ネタバレ解説】!

渥美志保映画ライター

ちまたでは韓国ドラマ『ザ・グローリー ~輝ける復讐~』が大ヒットしていますが、その作品にとどまらず、韓国ドラマは見ごたえのあるサスペンスがたくさんあります。今回ご紹介するのは昨年末に配信が始まったサスペンス『車輪』です。なぜこの作品を取り上げるかと言えば、「この顔合わせで面白くないはずがない!」というサスペンスの鉄板のキャストだから。もうひとつは、その内容が、つい最近日本で起きた「ある性暴力事件」とそっくりだからです。ということで、何がどうそっくりなのか、後半はネタバレで解説してゆきたいと思います。スポイラー出しますので、ネタバレしたくない方は、それ以降はドラマを見終わった後にお読みください。ポッドキャストも配信していますので、ぜひこちらもご利用ください。

次々と明るみに出るのは「4つの性暴力事件」

まずはざっくりと、物語を。

ドラマは国会議員であるナム・ジュンドとその妻キム・ヘジュの息子が、謎の死を遂げるところから始まります。問題はその持ち物から薬物が見つかったこと。さらに「息子の子供を妊娠している」という少女スビンが現れます。息子を失った悲しみの中で「もし本当なら、助けたい」と考えたヘジュは、スビンをしばらく家に置くことに。

一方、スキャンダルによって窮地に陥ったジュンドは、自身の選挙区でリベンジポルノによって自殺した少女のことを思い出し、これで大衆の注目をそらそうと考えます。謝罪のために出演したテレビ番組で、「この場を借りて」と、少女を自殺に追い込んだ青年が野放しであることと、「デジタル性犯罪の関連法案」の法制化をぶち上げるんですね。

「少女の不幸を利用した」と胸を痛めるジュンドを、ヘジュは「でも正しいことをした」と慰めます。ところが形勢逆転もつかの間、今度は加害者側の青年が「殺人者ナム・ジュンド」とメモを残し自殺。再び窮地に追い込まれてしまいます。

「リベンジポルノ」ってもしかしたら皆さんご存知ないかもしれないんですが、一般的に男性が女性の性的な写真や動画を手に入れ「ネット上にばらまく」と脅迫するもの。日本でも多くの被害が出ているデジタル性犯罪です。

このドラマにはこのリベンジポルノの事件を含む「4つの性暴力事件」が告発されるのですが、そのうちの3つで、加害者が何らかの理由で死んでしまい、周囲は被害者にその責任を追及しはじめます。実はそのうちのひとつが、ヒジュが高校時代に経験した性暴行事件です。事件直後に彼女が通報したことで加害者が自殺しており、それが地元有力者の息子だったために、故郷を負われています。夫ジュンドはこのことをまだ知りません。

「このコンビなら間違いない!」韓国サスペンスの鉄板キャスト

妻ヘジュ演じるのは、視聴率女優として知られるキム・ヒョンジュ。ミステリアスな美女、冷酷なキャリアウーマン、世間知らずの奥様と、どんな役も自在に演じる人です。彼女は複雑な「含み」のある表情がすごくうまく、サスペンスにぴったりの女優です。Netflixでは、巨大なカルト教団に対抗する元弁護士のレジスタンスを演じた『地獄が呼んでいる』がすごいんですが、Amazonプライムで配信している『ウォッチャー 不正捜査官の真実』も、韓国の大俳優ハン・ソッキュを相手に全然負けてない緊張感で、物語を引っ張っていきます。

夫ジュンド役は、悪役をやっても独特の色気が漂う個性派パク・ヒスン。Netflixでは、自分が殺した親友の娘を愛し、暗殺者に育てるギャングのボスを演じた『マイネーム:偽りと復讐』が有名だと思いますが、私がイチオシしたいのは『模範家族』という作品。ひょんなことからヤバい大金を手に入れてしまった普通の男が、ギャングの構想に巻き込まれながらサバイバルしてゆくお話で、男から金をとり返さなきゃいけないのに、なぜかこの男にとどめを刺せないというギャングを演じています。いつも矛盾する二つの顔を持つような役が多いんですね。それもちょっとロマンティックにと言うか、破滅の美学みたいなものを漂わせながら。

『車輪』を見始めたとき、私は「なんでこの役をパク・ヒスンが?」って思ったんですね。というのも、ドラマの前半は「妻をこよなく愛する清廉潔白な政治家が、様々な妨害を乗り越え、世間からの心無い攻撃に傷付きながらも、社会的弱者のためにまい進する、政治ヒーローもの!」みたいな感じだからです。7話のラストなんて、妻を守るジュンドに100万人の女性が「かっこいい~~!!」となると思うんですが、この人のヒーローぶりはここが頂点で、この後は徐々に、徐々に変わってきます。パク・ヒスンの本領発揮です。

原題『トロリー(路面電車)』が意味するものは?

にしても『車輪』って「なんやねんそのタイトル」って言いたくなる、身も蓋もないタイトルですよねえ。原題は「トロリー」で、そのまま訳せば「路面電車」なんですけど、なんで「車輪」なの?ってNetflixに聞きたいところです。ドラマの真ん中にある大きなテーマは「トロリー(路面電車)のジレンマ」と言われるものです。これはハーバード大学教授のマイケル・サンデルの著書『これからの正義の話をしよう』に出てくるもので、ドラマの第三話の冒頭にも登場します。

あなたはブレーキの壊れた路面電車の運転手で、疾走するレールの先に5人の人がいます。このままでは彼らが死ぬのは避けられませんが、途中に分岐した引き込み線が。路面電車がそこに行けば5人は助かります。でもその先で作業している、本来無関係だった作業員が1人死ぬことに。

McGeddon, via Wikimedia Commons,https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Trolley_problem.pn,
McGeddon, via Wikimedia Commons,https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Trolley_problem.pn,

実はサンデルの本では、もうひとつ設定があります。今度はあなたは橋の上からトロリーの暴走を見ています。待避線はなくこのままでは5人が死ぬという状況で、ふと隣を見ると大柄の人がいます。自分は小柄なので線路に飛び降りてもトロリーは止まらないだろうけど、この人ならを止められぞうです。じゃあ5人を助けるために、この人を突き落とすのが正しいんでしょうか?最初のパターンで「一人を犠牲にして5人を救うべき」と答えた人も、いやいやいや、それ無理筋ですからってなりますよね。

じゃあさらにもうひとつ。5人のうちの一人が、社会的にすごく大切な人だったら?もしくは、例えば自分の身内なら?逆に、待避線の作業員とか、突き落とす大柄な人とかが、身内だったらどうでしょう?

「デジタル性暴力関連法案」を自分のスキャンダル隠しに利用したジュンド、そしてそれを「でも正しいことをした」と慰めたヘジュ。これ以降、様々な局面で多くの人が「大きな目的のためには、小さな犠牲はつきもの」という言葉を繰り返してゆきます。でも、目的は手段を正当化するんでしょうか。そしてその手段は、本当に目的のためなのでしょうか。

※ここから先は激しく【ネタバレ】していますので、まだドラマを見ていない人、ネタバレしたくない人は、ぜひドラマをご覧になってからお聞きください。

ドラマの後半では、数年前に起こった【4番目の性暴力事件】が明るみに出てきます。被害者はヘジュの家に同居し、彼女が頼りにする家族同然の女性ヨジン。そして加害者はなんと、ヘジュの夫、ジュンドです。

先ほど話した「ジュンド、かっこいい~」の7話から、小さな違和感が徐々に積み重なってゆき、視聴者はヘジュとともに「もしかしてジュンドは、思っているような人ではないのでは」と思い始めるわけですが、その極めつけとして最終的にジュンドのヨジンに対する性加害が明るみに出てくるんですね。

かつてヨジンは夫の無理心中で娘を殺されているのですが、この処罰が軽すぎると行政に不服申し立てしています。これを手伝ったのが元弁護士の政治家ジュンドで、一人ぼっちの彼女を気の毒に思ったヘジュは、自分の妊娠期を支えてもらう形で同居を始めます。ヨジンは生活の基盤も、まだ諦められない法律による無理心中の厳罰化も、ジュンドに頼らざるを得ない状況です。そんな中、ジュンドからヨジンへの性加害が行われたわけです。

この一連の流れは、日本でつい先ごろ起きた、多くの性暴力事件の被害者の代理人としてマスコミにも知られた弁護士が、依頼人に性暴力を働いていたという事件にそっくりです。表では「人権派」「リベラル」「弱者のための」みたいな看板で知られる人が、その裏では…という性暴力事件は、実はすごく多いんですね。数年前には、人権派として知られたジャーナリストが性加害で告発されていますし、映画業界で告発された監督も性暴力被害者の映画を撮っている人でした。

客観的に見ると明らかに矛盾しているんですが、加害者には自覚がなく、「認知のゆがみ」によって、自分を正当化するための理屈をいくらでも作ってしまいます。被害者が告発しても、周囲は完全に矛盾する「人権派」と「性加害」が同じ人間のものと思えず、告発をにわかに信じることができません。

さらにこのドラマの巧妙なところは、4つのうちの3つの事件で、決定的瞬間を描いていないところなんですね。たとえば被害者が明確に加害されている場面や、被害者と加害者に明確な同意の上で関係する場面があれば、視聴者はそれを「事実」と認識したうえで、誰の側に立つかを決められます。でも描かれないと、自殺未遂を図ったヨジンの「レイプされた」という言葉にも、涙ながらにヨジンに頭を下げるジュンドの姿にも、どちらが本当なのかという確信が持てません。視聴者が「何を根拠に、どう信じるべきか」を試される、ものすごいリトマス試験紙になってるんですね。

唯一、ヘジュの事件のみで決定的瞬間が描かれているのは、彼女がこのドラマの主役であることを意味します。彼女は「被害者、傍観者、加害者の近親者、被害者の親友」という4つの立場で関わることになります。立場が変われば言うことが変わるのは人間だから当然なんですが、ただ一点だけ、決してブレないところがあるんですね。それがこのドラマが考える「正義」につながってゆきます。

ドラマを選ぶときは、つい「見たことのある俳優さん」を選びがちですが、ぜひ知らない俳優さんの作品にもトライしていただけたらなと思います。韓国ドラマにはほんとに良質な、見ごたえのあるサスペンスが多く、このジャンルにこそ韓国が誇る実力派俳優が出ているので、是非トライしていただけたらなと思います。

『車輪』Netflixnite配信中

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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