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人生は「長い旅」。「脱力人生」を楽しむ久保康友の次の行き先はドイツに決定

阿佐智ベースボールジャーナリスト
今年7月、ロングインタビューに応じてくれた久保康友

久保にとっての独立リーグという場所

 メキシコでのシーズンを過ごした後、久保康友の名は野球界から消えてしまった。そして今年、突如として、関西独立リーグ・兵庫ブレイバーズのメンバーとして名を連ねた。

 周囲からは突然と映る「現役復帰」だが、久保にとっては「世界漫遊」の続きでしかない。

「2020年もメキシコでプレーするつもりだったんですけど、コロナでメキシカンリーグが中止になったんですよ。それで、そろそろ落ち着いてきたから、ちょっとやろうかと思ったんですが、2年半なにもやってなかったんで。まずは独立リーグでと思って」

 兵庫球団には自らオファーをかけたと言う。球団側は、NPB97勝の大物の申し入れに戸惑いつつも喜んでこれを受け入れた。

 とは言っても、「引退後、人生を楽しむためだけにプロ生活を送ってきた」と言う久保は、日々の生活の基本は家族優先で、「ひまだったら」独立リーグに参加している。

「普段は子供の野球の相手をしてます。旅行は、学校があるので、家族を連れていくのは基本、夏休みです。メキシコにもアメリカにも連れていきましたよ」

 NPBを経験した選手で独立リーグに身を投ずる者の多くは、NPBでの自分の経験を若い選手に伝えたいという志をもってプレーを続けるが、久保にはそういうつもりもない。

「若い選手に何か教えてやろうなんていう意識はないですね。もちろん、選手たちが聞いてきたら僕の話はしますよ。今、かかわってる子たちには、少しでもよくしてあげたいなとは思いますから。彼らがNPB目指して頑張ってるのも知ってますし。自分のできる範囲で、そうなればいいかなと一緒にやってはいます。僕自身は、もう自分がプロ野球選手とは思っていません。でも、彼らはNPBを目指して今、ここで頑張っています。同じ独立リーグというフィールドですけれども、僕と彼らとは思考が全然違います。だから彼らが、自分自身を『プロ』って考えるなら、そう言ってあげてもいいと思うんです。僕の場合は…、ちょっと違うでしょう。その気のないやつはもうプロじゃないと思うんですよ。実際、野球に時間を割く気もないし。そんな志がないのに、ここの選手と僕を一緒にしちゃ駄目でしょう。人によって、プロの線引きも違っていいと思います。彼らにしてみれば、たとえ給料がなくても、実際に言葉にして『俺はプロだ』って思ってやっていかないと、心も折れると思うんで。嘘でもいいから『NPBに行きます』って言葉にしていいんです。言ったからには何か行動を起こさんとあかんと思うから」

「生涯現役」とは真逆の人生観

 とは言え、久保にとっての独立リーグは、「引退」後の世界漫遊という壮大な「遊び」の途中に立ち寄った「寄り道先」に過ぎない。彼の人生観は「生涯現役」を是とする日本にあって異端であるとも言える。

「そういう人は仕事が楽しいからでしょう。本当に仕事が楽しいのか、働いている自分に酔っているだけなのか、それは知らんけど(笑)。とにかく本人が納得してやっているならそれでいいでしょう」

 久保は「生涯現役」に対して否定も肯定もしない。

 一般人のほとんどは、2000万円とも言われている老後資金を貯めるため、日々下げたくない頭を下げながら世の荒波にもまれている。そういう毎日を数十年も送っているうちに、仕事以外にすることがなくなってしまう人も出てきてしまう。

「そうですよね。定年になったら何をしていいか分からないっていう人もいるっていうじゃないですか。かわいそうな人生ですよね。それじゃあ、何のために働いていたのか分からない」

 しかし、早々にリタイアし趣味で過ごす毎日も飽きてくるのではないか。限られた時間の中で楽しむからこそ趣味は趣味たりえるのではないか。その質問を久保にぶつけると、「我が意を得たり」とばかりに返事が返ってきた。

「そう。ええもんばっかり食うとっても、絶対に飽きますよ。刺激が絶対に必要なんです。僕のようになると、非日常が日常になるんで。メキシコでも通訳に言われました。『久保さん、野球しながらじゃなくて、本気で世界を旅して回ったら3カ月で飽きますよ』って」

 だから、趣味である「世界遺産巡り」にも本気を出さないのだと久保は言う。

「野球をしながら、もうちょっと巡りたいなっていう気持ちを残しながらやると、永遠に続けられるでしょう」

 そういう意味では久保には「引退」はない。衰えていく肉体に合わせてプレーを続けながら世界漫遊を続けていくつもりらしい。

「順番を決めているんですよ。行く場所の。自分のパフォーマンスのレベルに合わせて、世界中のリーグを巡ろうと計画しています。例えば、ドミニカやベネズエラのリーグなんか、NPBに近いレベルじゃないと行けないわけじゃないですか。それじゃ通用しないかもしれない。歳いって50歳ぐらいになってからそこでプレーしたいなと思っても、絶対できない。だから、ドミニカやベネズエラでやるなら今しかないんです。メキシコもそうでした。通訳からコロンビアのリーグについて聞いたんで、今、コロンビア狙ってます(笑)。ヨーロッパなんかはその後でもできると思いますから。歳いったらアフリカに行こうとも考えているんです。今のチーム(兵庫球団)にはウガンダ人の選手がいるんですが、そういう国もなかなか面白いなと、ちらっと頭にはよぎっています。

 でも野球を普及させたいとかはないです。そんなことよりも、結果的に携わって、そういう現実が分かったから、その国の子らにとっていい環境になればいいかなと思っていますよ。でも、それを中心に人生送るのかといったら別問題です。自分のやりたいことが一番で、その結果、行った先の野球に好影響を与えたらいいというスタンスです。アフリカに野球普及させるって言っても、結局それも(普及させる側が)自分に酔っているだけじゃないですか?だからそれは自分たちのやりたい野球ですよ。アフリカの人がプレーしたいのはそういう野球じゃないでしょう。彼らは彼らの考え方があるわけやから、そもそも日本の野球を持っていったら駄目ですよ。現地の人に合わせて新しい野球をつくればいいんじゃないですか。その子らが楽しく普及していけるような、みんながやりたくなるような野球をつくっていかんと、日本の野球は楽しいですよって持っていったところで誰が楽しいんですか。僕はそんなつもりはないです。野球を普及させるというのが仕事になってしまいますから。僕は今、趣味で人生を楽しんでいるんです」

 だから指導者の道というのにも全く興味がない。

「まあ引退した後、就職するよりお金もらえるでしょうけど、給料以外魅力がないんじゃないですか。コーチとかで野球界に残っている人は、基本的に皆さんちゃんとした方ですけど、処世術にたけた人ですよね。僕からしたら、そういう人なんやろうなってくらいですよ。あんまりこんなこと言っちゃいけないけど、現役時代、監督、コーチなんか必要ないって思ってました。邪魔だけはせんとってくれって感じ。試合中も余計なことをせんかったらいいんですよ。頼ろうと思っても頼りにならなかったし、質問してもろくな答え返ってこない。(指導者としての)引き出しのない人もいて、この人ら何でコーチやってんのって思ってました。メンバーなんかも別にファンが決めてもいいと僕は思っています。新庄さんがそうしたらしいですね。そういうところに風穴開けることができるのは新庄さんだけですね。ファンなんて単純に勝つことしか考えてないでしょう。誰が好きとか嫌いとかじゃないでしょう。だからしがらみなんかじゃなくて、勝てるメンバーを選ぶでしょう。戦術も、野球好きな人って毎日見てますから、ここはバントやなとか、絶対盗塁やなって分かるでしょう。

 監督になりたい人は監督になるための勉強をするでしょうし、僕も野球界を変えたいと思っているなら、そのために野球界に残っていると思います。でも僕はそういうのには興味ないんです。確かに野球界が変わったらいいんちゃうかなとは思いますよ。変わったら、独立リーグでやってる子ら、やりやすくなるのになと思います。そういう気持ちもあって今ここでプレーしているんですけど、それもあくまで自分が人生を楽しんでる中での話です。結局、野球界が変わったところで、今の僕には関係ない。きれいごとを言うつもりないですね」

異文化さえも楽しむ姿勢

 そういう姿勢で臨んでいるせいか、日本とは雲泥の差の海外での待遇や、万事ルーズな外国人の気質も気にならないと久保は言う。

「メキシコ時代もストレスなんかなかったですよ。そもそもルーズな人が集まっている国じゃないですか。約束なんか守らない。それが面白い。給料だって払わない(笑)。僕は最終的に払ってもらいましたけど。何年ももらってない選手もいましたよ。黙ってたら、球団は、払わなかったらラッキーくらいにしか思っていなかったから。それも楽しむのが外国じゃないですか。そもそも野球をしに行っているわけではなく、外国を楽しみに行っているんで。暮らしてみて、そこの文化ってどんなんかなって。だから僕からしたら、『日本とは違うわ』って、それだけ。

 だから、日本の野球はこんなんやとか、広めたいとか、基本的に自分発信はないです。よく、自分の経験を本にしたらとかも言われるんですけど、それも興味ない。別に誰かに伝えたいというのもないですから。人それぞれ感性が違うじゃないですか。僕と同じ人生を歩んでない人に僕の経験を伝えても響かないじゃないですか。自分の経験を話してくれって言われれば、それくらいはしますけど。でも、感覚的なことは、多分分かんないでしょう」

 久保の影響があるのかどうかは定かではないが、近年、メキシコ球界に挑戦する日本人選手が増えている。彼らに対して何かアドバイスはあるかと聞いたが、それもないと彼らしい答えが返ってきた。

「行きたいんやったらやればとしか思いませんね。ただ、どういう意図でメキシコへ行くのかなとは思いますが。NPBに戻るつもりなら、メキシカンリーグには行かない方がいいでしょうね。基本的に、日本のスカウト行かないですもん。怖いから(笑)。本当にNPBに戻りたいなら、日本の独立リーグかアメリカでやるべきやと思います。だいたい、メキシコでの数字は参考にならないですよ。打高投低と言えばそうですけど、グラウンドもめちゃくちゃですし。いいピッチャーはすぐにMLBが取っていくし。ただ、バッターは日本で全然やれるやんと思うようなやつはごろごろいますよ。バッターのレベルは相当高いですよ」

関西から北海道、そしてドイツへ

 野球をプレーしながらの世界漫遊というのが当面の久保の生き方だ。グラブ片手に世界を巡るバックパッカーとでもいうべきだろうか。だから日本の独立リーグはあくまで腰掛けに過ぎない。実際、久保はこのインタビューの後、シーズン途中に、かつて「カニ族」と呼ばれた国内バックパッカーの聖地、北海道の独立リーグに移籍した。もはやNPBには全く興味はないようだ。

「日本(NPB)でプレーするメリットなんて、給料がいい以外なにもない。日本の野球はおもろないでしょう。だってしがらみだらけじゃないですか。でも、球団に所属、組織に所属するっていうのは、そもそもそういうことなんですけどね。だから、僕はフリーター。所属したくないんです。決まった期間、仕事を一緒にするというのは全然構わないんです。でも、そこに所属して、その傘下で働くというのがダメなんですよね」

 しかし、元々彼は社会人野球出身だ。プロ入り前はサラリーマンでもあった。

「それは、その時です。今、こういう生き方もあるんやというのを分かった上で、サラリーマン生活をしたいかと聞かれれば、絶対選ばないです。そりゃ、社会人時代は全くストレスは感じてませんでしたよ。なにせパナソニック(当時は松下電器)ですから。65歳定年まで大丈夫やと思っていました」

 彼と話していると、目の前の相手が、野球選手であることを忘れてしまう。どこか外国の安宿にたむろしているバックパッカーの姿と重ね合わせてしまう。彼にとって、体育会気質がいまだ残る日本の野球界は決して居心地のいい場所ではなかったはずだ。

「まあ、確かに違いますね、僕と彼らとは。高校の同級生はいまだに甲子園に出た時のテレホンカードとかを名刺代わりに配っていますね。『甲子園』で営業の数字取れるって。それもそいつがいいと思ったているなら、いいんじゃないですか。僕はそんな人生絶対歩みたくないですけど。プロに入ってからも、野球選手とは会話にならなかったですね。彼らは野球の話もあんまりしないです。女性、車、酒(笑)。ここで終わってるんですよ。その話の繰り返しの何が面白いのか僕には分からないし。だからそういうタイプの人とはしゃべらなかったですね。勉強にならないし、刺激もないし。もちろん野球については表面上の会話はしますよ。でも、野球以外の会話は絶対しない。現役時代からの付き合いのある人もいますが、それはみんな野球界の外側の話ができる人です」

 自分の能力を最大限に伸ばし、チャンスをつかみひと財産築いたら、さっさとリタイアして残りの人生を楽しむ。日本人がなかなかできない余生の楽しみ方を久保は今実践している。彼にとって人生とは壮大な旅なのだろう。

「いい選手はどんどんいいチームに移っていくというのが外国です。アメリカもメキシコもそうでした。日本みたいにずっと同じ場所にいるというのは、海外のイメージでは、できの悪いやつ。海外のほうが合理的やし、僕の性に合っています。日本では野球でも、一般社会でもなかなかそうはいかないですけどね。よくサラリーマンでも愚痴をこぼしますが、でも本当は大人なら自分の人生、自分で選べるわけでしょう。子どもは養ってもらってるから、ノーを言えない。だって、自分で生活してないわけですから。でも大人は自分で生活してんねんから、いやなら辞めればいいじゃないですか。結局、損得勘定でやってるだけの話。じゃ、そこは文句を言ったら駄目でしょう。給料がいいところで働きたいなら、自分でスキルを身に付ければいいだけの話で、自分の能力がないのを人のせいにしちゃ駄目でしょう。勉強して他の場所で生きていけるようにすればいいだけの話ですよ。世の中、神様は自分だけに不利益を与えているわけじゃない、みんな一緒ですからね」

 インタビューの最後に、次の「行き先」を尋ねたが、その時はまだ決めていないとのことだった。しかし、先述の通り、彼は北海道へ旅立ち、さらにクリスマスイヴには、来シーズンのプレー先をドイツに決めた旨発表した。

 久保康友の世界漫遊はまだ終わらない。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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