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メキシカンリーグ「第2のシーズン」、プレーオフ始まる

阿佐智ベースボールジャーナリスト

 今シーズン、多数の日本人選手が挑戦した18球団を擁するラテンアメリカ最大のプロ野球リーグ、メキシカンリーグ(スペイン語名、リガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル、以下LMB)でプレーオフが始まった。全球団の半数以上が進出するこのリーグのポストシーズンは、「もうひとつのシーズン」と捉えられ、レギュラーシーズン以上に重視される。8月初旬から約1ヶ月、この国の夏のプロ野球は最後に盛り上がりを見せる。

メキシコの野球事情

 侍ジャパンの強化試合や東京五輪などで日本のファンにもおなじみになった感のあるメキシコ野球だが、当地の野球事情は日本とは少々異なる。まず第一に野球は決してメジャースポーツではないということ、それにプロ野球が、夏の全国リーグと野球の盛んな太平洋岸で行われる冬のリーグの「二本立て」であることだ。

 首都メキシコシティの中心街にスポーツ店の並ぶ一角がある。その多くの店に並んでいるのは、「国技」であるサッカー、それにバスケットボール用品だ。また、格闘技の用具の多さには「ルチャ(プロレス)」の国であることを改めて感じさせられる。店員に聞くと、メキシコのスポーツ人気は、サッカーとプロレスを筆頭に、ボクシング、バスケットボールが続き、野球はそれらにかなり引き離された五番手くらいの存在らしい。実際、野球用品が置かれているのは、登山用品なども置かれたかなり品揃えのいい店に限られる。

メキシコ製のグラブ
メキシコ製のグラブ

 それでも、国内に用品メーカーも存在し、そういう店では国内産のグラブも販売されている。ただし、プロ野球の現場でそれらを見ることはなかった。

 メキシコのプロ野球の裾野は広い。夏のLMBと冬のリガ・メヒカーナ・デル・パシフィコ(LMP)が「二大リーグ」だが、LMB傘下のマイナーリーグや独立系のプロ、セミプロリーグも季節を問わず、各地で行われている。レベル的には、野球が最も盛んな太平洋岸地域で開催され、アメリカでプレーする選手も参加し、球団数も少ないLMPの方が全国リーグであるLMBより高く、人気もある。

メキシカンリーグの独特なフォーマット

 日本では毎年、とくにリーグ優勝チームが独走したようなシーズンにおいては、ポストシーズンのあり方について喧々諤々の議論が巻き起こるが、ラテンアメリカ諸国の野球シーンは総じて「ポストシーズン重視」である。

 球団数、試合数においてラテンアメリカ最大のLMBもその例にもれない。今シーズンはコロナ禍もあり、球団ごとのレギュラーシーズンの試合数は90となっているが、コロナ以前は、120試合を前後期2つに分け、南北各地区の各期上位チームを中心にポストシーズン進出チームが決まっていた。進出チームの決定方法は頻繁に変わり、勝率重視の年もあれば、各地区、各期の順位に応じて与えられるポイントの上位チームが進出するという年もあった。ともかくもレギュラーシーズンはポストシーズンに向けての「予選」でしかなく、したがってレギュラーシーズンでの「優勝」はこの国にはない。「優勝」の語は、地区ごとのポストシーズンを勝ち抜いたチームにようやく冠せられる。そして各地区のチャンピオンが雌雄を決する「セリエ・デル・レイ(キング・シリーズ)」で、その年のリーグ総合優勝チームが決まる。

 前後期シーズンが採用されている例年は、レギュラーシーズンが各々2ヶ月であるのに対し、ポストシーズンは実にひと月にわたって行われる。そのような事情から、メキシコの野球ファンは、ポストシーズンを「短期決戦」ではなく前後期に続く「第3のシーズン」と捉えていた。

 単一シーズンとなった今年は、南北各地区の勝率上位6チームずつがポストシーズンに進出。第1ステージでは、より上位の球団に優位になるように1位対6位、2位対5位、3位対4位という組み合わせで対戦が行われる。第2ステージには各々の勝者と3カードの敗者のうち一番成績の良かったチームが駒を進め、地区優勝決定シリーズへの権利を争う。そして地区優勝決定後、「セリエ・デル・レイ」は9月初めに行われる。優勝チームにとっては、最大28試合にわたる実に長い戦いは、まさに「ポスト・テンポラーダ(シーズン)」と呼ぶにふさわしい。

日本の独立リーグやロッテでもプレーした元メジャーリーガー、フランシスコ・ペゲーロもアセレロスの一員だ
日本の独立リーグやロッテでもプレーした元メジャーリーガー、フランシスコ・ペゲーロもアセレロスの一員だ

熱狂の第一戦

 プレーオフ第一ステージは、北地区が1日早く、8月9日に開始された。各球団の資金力に大きな差があり、シーズン途中にはポストシーズン突破を狙う上位チームによる下位チームからの選手の引き抜きが起こるLMBでは、レギュラーシーズンの順位が離れたチーム同士の対戦では「下剋上」は起こりにくい。したがってこのステージは、「3位対4位」が一番見応えのあるカードとなる。今シーズン北地区3位はモンクローバ・アセレロス、4位はリーグ優勝10回を誇る名門モンテレイ・スルタネスである。レギュラーシーズンでは5.5ゲーム差の着いた両者だが、両チームとも元メジャーリーガーのスラッガーを複数抱えている。空中戦になれば試合はどう転ぶかわからない。

2016年のナショナルリーグ本塁打王に輝いたクリス・カーターもメキシカンリーグでプレーしている。
2016年のナショナルリーグ本塁打王に輝いたクリス・カーターもメキシカンリーグでプレーしている。

 第1、2戦の行われるモンクローバはラテンアメリカを代表する製鉄の町である。高層建築物の全く見当たらないセントロ(市街中心部)からは全くうかがえないが、メキシコでもっとも貧困率の低い豊かな町らしい。町の端に2つある巨大な製鉄所が目立つくらいで、メキシコの大都市には珍しいくらい見どころのないところだ。

 そういう意味では、この町の最大の見どころはセントロから3キロのところに位置している野球場かもしれない。このサッカーの国にあって、この町に限っては、町の経済を支える製鉄会社がスポンサーを務める野球チームの人気が他を圧倒している。チーム名「アセレロス」は「鉄人」とでも訳せばいいだろうか。

モンクローバ・スタジアムから望む製鉄工場はこの町の象徴だ
モンクローバ・スタジアムから望む製鉄工場はこの町の象徴だ

 ベースボールキャップをかぶって入った町の博物館では、「もちろん今夜の試合は行くんだろ?チケットは大丈夫か」と声をかけられた。その言葉どおり、この夜の試合は、8500人収容のスタジアムは満員となった。

 レギュラーシーズン最終盤の試合は、戦力を引き抜かれスカスカになった下位チームとポストシーズンを見据え若手起用に切り替えた上位チームとの対戦となり、大味なゲームになることが多かったが、さすがにポストシーズンは違う。この夜の試合も、序盤は息詰まる投手戦となった。

先制のホームランを放ったラミロ・ペーニャ。昨年はオリンピックで来日した。
先制のホームランを放ったラミロ・ペーニャ。昨年はオリンピックで来日した。

 均衡を破ったのは、昨年の五輪にも出場したスルタネスのベテラン、ラミロ・ペーニャ(元広島)の一発だった。右翼フェンス上に高く掲げられた広告の中段に打球が突き刺さったのを見届け、ゆっくりとダイヤモンドを一周するペーニャに地元ファンから容赦ないブーイングが投げかけられる。そんなことを全く気にすることなくスルタネスベンチは大騒ぎだ。一旦火がつくと止まらないのがメキシコのチームの特徴だ。ペーニャのソロホームランの後、スルタネス打線はさらに1点を奪い、5回に2点を先制した。

 アセレロスも、その裏、ソロホームランで反撃するが、スルタネスは続く6回表のソイロ・アルモンテ(元中日)のソロホーマーとそれに続く計3点で突き放した。

6回にホームランを放ったアルモンテ
6回にホームランを放ったアルモンテ

 それでもアセレロスは、8回にソロホームランで追いすがったが、結局試合はポストシーズン常連のスルタネスが初戦をとった。

 それにしてもプレーオフの熱気はすごい。普段大入りなどほとんどないモンクローバーのスタジアムは満員の観衆を飲み込み、ファンは地元チームがヒットを打つたび、アウトを取るたびそのスタンドを揺らす。

 こうしてメキシカンリーグのクライマックスは9月まで続く。

満員の観衆で埋まったモンクローバ・スタジアム
満員の観衆で埋まったモンクローバ・スタジアム

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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