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「日本球界引退」のバレンティンはどこへ行くのか?そして将来の殿堂入りはあるのか?

阿佐智ベースボールジャーナリスト
2009-10年シーズン、ドミニカのエスコヒードでプレーしていたバレンティン

稀代のスラッガーに訪れた別れの時

 昨日、各メディアより昨シーズンまで福岡ソフトバンクホークスでプレーしていたウラディミール・バレンティンが、「日本球界引退」を発表した旨報じられた。東京ヤクルトスワローズ時代は、故障でシーズンを棒に振った2015年以外の8シーズンで30本塁打以上を記録するなど、日本球界屈指のスラッガーだったバレンティンもソフトバンクではその実力を発揮することはできず、昨シーズン出場22試合で4本塁打に終わると、契約を解除されていた。当初は、他球団への移籍をSNSなどでアピールしていたが、37歳という年齢もあり、手を挙げる球団はなく、今回の「引退宣言」に至ったようである。

 カリブ海に浮かぶオランダ領の島・キュラソー出身のバレンティンは、16歳でシアトル・マリナーズと契約。マイナー時代の2004年には、19歳でアテネオリンピックの代表メンバーに選出されている。2007年のシーズン終盤、いわゆる「セプテンバー・コールアップ」で初のメジャー昇格を果たし、2009年シーズン途中にはシンシナティ・レッズに移籍するが、長打力はあるものの、粗さの目立つそのバッティングスタイルはメジャーではなかなか評価されなかった。2010年に一度もメジャー昇格を果たせずシーズンを終えると、ヤクルトと契約し、日本に活躍の場を求めた。

 その後についてはいまさら詳しく述べる必要もないだろう。来日1年目から3年連続ホームラン王。2013年には、「アンタッチャブル・レコード」とされていた王貞治のもつシーズン本塁打記録55を大幅に上回る60本塁打を放った。また、国際大会においても、2013年、17年のWBC、2015年のプレミア12に出場するなど、主砲としてオランダナショナルチームを牽引してきた。しかし、年齢からくる、とくに守備面での衰えは隠せず、ソフトバンクへの移籍後は、かつての輝きはすっかり失せていた。

2017年のWBC準決勝で先制ホームランを放ったバレンティン
2017年のWBC準決勝で先制ホームランを放ったバレンティン写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

プレー続行の場として候補に挙げられるメキシコ

 「引退」とは報じられたが、そこには「日本球界」という枕詞がついている。つまり、日本以外の国・地域でのプレーの可能性をバレンティン自身が模索しているということだろう。

 とは言え、日本で10年以上もプレーしていたベテランをいまさらMLB球団がマイナー契約をもって迎え入れるとは考えられない。過去には、ボストン・レッドソックスで一世を風靡したマニー・ラミレスが台湾でのプレーの後、テキサス・レンジャーズが迎え入れ、3Aでプレーさせたことはあるが、メジャーでの実績・知名度が十分でマイナーでの集客が期待できるラミレスの事例を、そのままメジャー時代エレベーター選手だったバレンティンに期待することはできないだろう。また、独立リーグでのプレーを彼が望むとは思えない。

 そう考えると、一番の候補に挙がってくるのはメキシカンリーグではないだろうか。彼は「オランダ人」とは言え、生まれはカリブ海。文化的にはラテン系の土地柄だと言ってよい。マイナー時代には、キュラソーからほど近いベネズエラのウィンターリーグでプレーしているし、2009年オフにはレギュラーシーズンをベネズエラで過ごした後、ポストシーズンからはドミニカにプレーの場を移している。

韓国や台湾といったアジアのリーグでのプレーもありえなくはないが、日本球界、つまりNPBからの引退を表明した彼が、再び生まれとは違う文化圏でプレーすることは考えにくい。すでに日本で巨万の富を築いた彼にとって、報酬は二の次で、気持ちよく現役最後のプレーを行うことが最優先ではないだろうか。そう考えると、同じラテンアメリカのメキシコでプレーすることが彼にとっては最適だと思われる。実際、メキシコはラテン系メジャーリーガーたちが第一線を退いた後、余生を過ごす場としてよく使われる場所である。昨シーズンも、メジャー2050安打のエイドリアン・ゴンザレスが3年ぶりに現役復帰して、グアダラハラ・マリアッチスでプレーしている。

メキシカンリーグは世界にもまれに見る打高投低リーグで、4割打者も珍しくなく、高地を本拠とする球団が多く、ボールも飛びやすい。昨シーズンはコロナ禍もあって例年の半分ほどの試合数しかなかったが、今シーズンは90試合を行う予定だ。ちなみにメキシコのシーズン本塁打記録は54。これはレギュラーシーズンが130試合制だった時代に打ち立てられたものだが、個人的には、バレンティンなら日本同様、更新するのではないかと期待してしまう。

将来的な「殿堂入り」は成るのか

 先日、野球殿堂入りの表彰者が発表されたが、そこに候補者であった三冠王2度の元阪神タイガースのランディ・バース氏の名がなかったことが物議を醸した。バース氏の場合、6シーズンというNPBでの在籍期間の短さがネックになると思われるが、バース氏に先立って外国人選手初の三冠王に輝いたNPB在籍10シーズンで1413安打のブーマー・ウェルズ氏(元阪急)、NPB在籍11シーズンで1579安打で生涯打率1位のレロン・リー氏(元ロッテ)、NPB在籍13シーズンで1792安打、外国人助っ人としてただひとり400本塁打を記録している(464本塁打)タフィー・ローズ(元近鉄など)ら日本で長らくプレーしていた往年の名選手も殿堂入りを果たしていない。

 NPB在籍11シーズンで通算1001安打で301本塁打。おまけにシーズン最多本塁打記録を60まで伸ばしたバレンティンは当然、表彰の候補者としてその名が挙がってくるだろう。候補の対象となるのは引退後5年を経過した後だという。日本球界からの「引退」を表明したとは言え、どこかで現役を続ければ、対象となる時期も変わってくるだろうが、彼が日本球界に遺した足跡は殿堂入りに値する偉大なものであることには間違いない。

 彼が最も輝いていた舞台である神宮球場は、10年後に建て替えられるようである。メキシコなのか、他のアジアの国なのか、あるいはラテンアメリカのウィンターリーグなのか、バレンティンが今シーズンどこでプレーするのかはわからないが、そう遠くない将来、まだ神宮球場がある間に日本野球史上に残るスラッガーが殿堂入り表彰者として古巣に戻ってくることを切に願う。

(カバー写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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