東京オリンピック開幕まで38日。コロナ禍が収まりを見せない中、このまま開催を強行していいのかという議論が様々なところで巻き起こっているが、スケジュールがある以上、アスリートたちは本番に向けて粛々と準備を進めている。

複雑な建国の歴史ゆえの野球界における大躍進

 WBC(ワールドベースボールクラシック)2017年大会に突如として国際舞台に出現し、旋風を巻き起こしたイスラエル。それまで野球の国際大会でその名を聞いたことのないこの国が前年の予選を突破し、本戦においても、韓国、台湾というアジアの強豪に加え「ヨーロッパの雄」・オランダと同グループに入ったソウルでの1次ラウンドで3戦全勝し、世界をあっと驚かせた。東京での第2次ラウンドでは、初戦のキューバ戦でまたもや金星。結局、その後はオランダにリベンジを許し、最終の日本戦にも善戦はしながらも敗れ、「ユダヤ旋風」は太平洋を渡ることはなかったが、世界中の野球ファンに強烈な印象を与えた。

2017年WBCの第1次ラウンドを全勝で勝ち抜けたイスラエル代表(写真提供WBSC)
2017年WBCの第1次ラウンドを全勝で勝ち抜けたイスラエル代表(写真提供WBSC)

 そして、東京オリンピックに際しても、開催国日本を除けば5枠という狭き門にもかかわらず、いち早く予選を勝ち抜き、出場に一番乗りを挙げた。

 イスラエルの野球人口は5000人ほどと言われている。サッカーやバスケットボールが圧倒的な人気を誇る「野球不毛の地」と言っていいこの国が、世界の強豪が集うオリンピックの舞台に立つことができるのは、その複雑な建国の歴史ゆえのことである。

 遠く紀元1世紀にローマ帝国によって故地を追われたユダヤの民は、行きついた先のヨーロッパで迫害の歴史を歩むことになった。近代を迎えるに際して、彼らの多くは新大陸・アメリカに渡り、その中から巨万の富を築き、政治的経済的影響力を持つ者も現れた。そして、20世紀に入ると、自身のルーツの地を中東・パレスチナとし、そここそが「約束の地」、エレツ・イスラエルであるとシオンの丘のある聖地・エルサレムを目指し、ユダヤ民族の国を建てようというシオニズム運動が起こった。アメリカのユダヤ財閥の後押しもあり、第2次世界大戦後にユダヤ人の民族国家、イスラエルが建国されるが、そのことは同時にそこに長年住んできたアラブ人の生活を脅かすことにもなり、両者の争いはいまだ止むことがなく続いている。

 現在、世界中に散らばるユダヤ人人口は1500万人とも言われている。この内、600万人ほどがイスラエルに居住しているが、アメリカにはこれに次ぐ480万人が住んでいる。イスラエル国外のユダヤ人は本人の希望によりイスラエル国籍を容易に取得することができるのだが、このことが「第2アメリカ代表」とも揶揄されることもある野球イスラエル代表の強さの要因となっている。

イスラエル最初の野球場と言われているゲゼル・フィールド(筆者撮影)
イスラエル最初の野球場と言われているゲゼル・フィールド(筆者撮影)

「野球空白地」、ヨーロッパ・アフリカで他を圧倒する強さ

 建国の事情からくる地政学上の事情から、イスラエルは地理的にはアジアに属しながら、スポーツシーンにおいては、周辺の「仇敵」・アラブ諸国との対戦を避けるため、ヨーロッパの一員として大会に参加する。野球人気の低いこの地域には、東京オリンピックに際して、アフリカと合わせて1枠が与えられていた。ヨーロッパの野球シーンは、ナショナルチームレベルにおいては、オランダとイタリアが二強を形成しているが、野球の盛んなカリブ領のキュラソー擁するオランダもメジャーリーガーの参加がなければ、元メジャーリーガーを含めたマイナーリーガーを集めたイスラエルと戦力的に大差はない。蓋を開けてみれば、イスラエルは欧州選手権を制し、アフリカ予選を勝ち抜いてきたこの地域の「一強」・南アフリカ共和国を加えた欧州・アフリカ最終予選においても他国を圧倒し、いちはやく東京行きの切符を手にしたのだ。

 ちなみにイスラエルが団体競技でオリンピックに参加するのは、1976年のモントリオール(カナダ)大会にサッカーで出場して以来実に45年ぶりのことであるという。いまだ「単一民族」国家の言説が一部でまかりとおり、アイデンティティの多様性に対する理解の薄い日本においては、「ユダヤのベールをまとったアメリカ人チーム」に見えるかもしれないが、1965年のワールドシリーズ第1戦において、その日がユダヤの祭日「ヨム・キプル」と重なったという理由で、アメリカの「ナショナル・パスタイム」最大のイベントでの登板を拒否したロサンゼルス・ドジャースのエース、ユダヤ系アメリカ人のサンディー・コーファックスに象徴されるように、苦難の歴史を背負ってきたユダヤ人の祖国「エレツ・イスラエル」に対するアイデンティティは強固なものである。ダビデの星(イスラエル国旗に描かれた青縁の星型)の下に集まった「チーム・ユダヤ」は、領土という地平を超えたアイデンティティを共有し、オリンピックの舞台に立つ。

着実に準備を進める「チーム・ユダヤ」

アリゾナ州スコッツデールでの第1次キャンプの様子
アリゾナ州スコッツデールでの第1次キャンプの様子

 アメリカが大陸予選を制して東京への切符を手にし、来月にはオランダ、ドミニカ、ベネズエラが最後の椅子を賭けて最終予選を戦おうとしている中、イスラエルはすでにTOKYO2020に向けて動き出している。5月にアリゾナ州スコッツデールで1次キャンプを実施し、その上で、オリンピック出場を決めた欧州・アフリカ予選のメンバー24人全員を含む44名からなる拡大ロースターを発表した。このキャンプは、プロ経験者を中心としたアメリカ在住のメンバーが主として参加。ここで戦力を見極めた上で、拡大ロースターに名を連ねたイスラエル在住の「国内組」を7月初頭にニューヨーク州周辺で実施予定の2次キャンプに適宜招集する。最終的には、これらのメンバーに、チームの柱となるべき現在米国内のプロリーグでプレー中の「現役プロ」を加え、キャンプを行った後、7月11日のニューヨーク・メッツのHI-A級マイナーチーム、ブルックリン・サイクロンズの本拠、マイモデニスパークでの対ニューヨーク市消防局野球部とのオープン戦を皮切りに計9試合のオープン戦に臨む。このオープン戦の対戦相手には、独立プロチーム、ニューヨーク・ボールダーズ(7月12日,ニューヨーク州ボモナ)、メジャーリーグのレジェンド、カル・リプケン主催の大学リーグの選抜チームも含まれており、このオープン戦で戦力を見極めた後、24名の最終ロースターを絞っていく。

2019年の予選大会のメンバーにも名を連ねたエリック・ブロドコウィッツ(米独立・アイダホフォールズ)もロースター入りの有力候補だ。
2019年の予選大会のメンバーにも名を連ねたエリック・ブロドコウィッツ(米独立・アイダホフォールズ)もロースター入りの有力候補だ。

 現在のところ、拡大ロースターには前回WBCで最優秀投手に輝いたジョシュ・ゼイド(元アストロズ)ら9人のメジャー経験者を含む27人のプロ経験者が含まれており、このうち14人が現在もプロ選手としてプレーしている。その中には、前回WBCのメンバーで、今シーズン、ボルチモア・オリオールズでプレーしている(現在は3Aノーフォーク・タイズ所属)ディーン・クレマーの名もある。「国内組」のほとんどは国内リーグでプレーしている選手で、この内4人が国防軍に属している。

 現状でのオリンピック開催を巡っては、現在に至るまで様々な議論が巻き起こっているが、出場権を得たアスリートたちは、今はただ準備するのみの状況である。「チーム・ユダヤ」もメダル獲得を目指して爪を研いでいる。

(文中の写真はことわりのない限りすべてイスラエル野球協会提供)