Yahoo!ニュース

愛媛の独立リーグ球団で同世代の選手を指導する「山陰のジャイアン」

阿佐智ベースボールジャーナリスト
愛媛マンダリンパイレーツの白根尚貴コーチ(愛媛マンダリンパイレーツ提供)

「ワールド・トライアウト」に現れた「山陰のジャイアン」

昨年オフ、神宮球場で国内外問わずプロ野球を志望する選手を集めた「ワールド・トライアウト」が実施された。参加者を2チームに分け、試合形式で行われたこの「ショーケース(見本市)」では、無名の選手が大半を占める参加者より、「監督」として参加したかつてのスター選手、清原和博の方が目立っていたが、日本のプロ野球、NPBの経験者も4人参加していた。その中には、かつてその巨体から「山陰のジャイアン」の異名をとった白根尚貴の姿もあった。

島根の強豪、開星高校から2011年のドラフト4位で福岡ソフトバンクから指名を受けたものの、入団当初から故障続きで思うような活躍はできなかった。2015年シーズン後には、球団からの翌年の育成契約の申し出を断り、12球団合同トライアウトに再起をかけ、横浜DeNAに移籍した。ここで晴れて一軍の舞台を踏んだものの、結局、在籍3年でわずか15試合の出場に留まり、2018年シーズンを最後に、NPBから去ることになった。

その彼が、独立リーグに指導者として飛び込んだことは知っていたが、1年の時を経て、トライアウトに参加したのを聞いて驚いた。2019年シーズン、彼は四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツの野手コーチとしてフィールドに立っていたが、選手としての登録はなく、実戦の場には一度も登場していない。人知れず「現役復帰」を目指して体を鍛えていたのだろうか。

自分の中では、すでに「引退」。指導者としての道へ

「スカウト業務ですよ」

と昨年のトライアウトについて白根は笑い飛ばした。長梅雨の中、なんとか試合を勝利で終えることができたせいか、白根の口調は軽かった。

「別に僕が現役を模索していたわけではなくて、主催者から、ぜひ来てください。よかったらホームラン競争にも参加してくださいって声をかけられたんで行ったら、その場のノリで試合にも参加することになったんです。僕も試合に出るなんて思ってませんでした。もう行き当たりばったりで、練習もなんもしてないのに出場するはめになったんです。だから、もう別にNPBに戻るとかではないです」

 主催者グループのひとりが、元アイランドリーグの関係者だったことから、半ば「義理」で赴いたトライアウトで、思いがけず自らプレーすることになったらしい。そして、実際、ぶっつけ本番でもヒットを放った。それでも、NPBへの復帰は今のところないという。

「まあ、現役引退って発表したわけでもないですが(笑)。あのレベルで打てても仕方ないですよ。現実に、今独立リーグでプレーしろって言われたら、うちのチーム(愛媛マンダリンパイレーツ)の選手よりはできると思います。アイランドリーグは今年から兼任コーチもありになっているんで、やってもいいかなとも思いましたけど、そのふんぎりはついていないですね。一旦現役を退いて今年2年目に入っているんで。いきなり復帰ってわけにもいかないでしょう。

 NPBに再挑戦ということになれば、感覚を戻す意味でも、数か月は必要かなと思います。体を作り直すのはプレーしながらでもできるでしょうし、独立リーグレベルで3割打てると思いますが、曲がりなりにもひとつ上のレベル(NPB)でやっていたんで、そのパフォーマンスを求めるのであれば、即現役復帰というわけにはいかないです」

 もう現役には未練はないと白根は言う。四国に来たのは、指導者としてのスタートを切るためだったと。それでも、あくまで独立リーグのレベルで、後進を育てるためのプレーなら、フィールドで再びプレーする可能性はなくはないらしい。

「昨年愛媛に来た時点で、『現役』は頭にありませんでした。ただ、実際自分が見本を見せた方が早いんで。スタメンで試合に出るとかではなく、代打で1打席立つとか、一緒に練習するという感じで選手たちと一緒にグラウンドに立つ方がいいかもしれないと思うこともあります。指導メインで選手を育てる一環として選手登録するのならこの先現役復帰もゼロではないですね。今のところそういうアクションは起こしていないですけど。やっぱり、選手をやりたくないのかって言われれば、プレーしてみたいという気持ちはあります。動けるうちが華だし、そういう期間は決して長くないんで。河原監督(元巨人・西武・中日、47歳)や、小田コーチ(元巨人・中日、43歳)の年齢になると、体で見本を見せようと思っても、それは難しいと思います。そう考えると、僕はまだ27歳なんで、動きながら見せるっていうのは、今だけの特権なのかなとも思います

でも、もう上(NPB)に戻るつもりがないなら、やってもどうかと…。そのあたりは自分の中でもごちゃごちゃしている部分はあります」

若きコーチとして

白根がコーチを務める愛媛マンダリンパイレーツには、NPB、独立リーグ、台湾リーグの7球団を渡り歩き、38歳になった今もなおマウンドに立ち続ける独立リーグ界のレジェンド、正田樹投手がいる。自分よりひと回りも上のベテランの姿に白根の野球の虫が疼くことはないのだろうか。

「正田さんみたいにできる限りはやっていこうというのもありだと思うんですよね。僕は野手なんでなおさらですね。投手ほど早くは衰えがこないんで」

 白根は現在27歳。この年齢からプロ入りする人もいる。それでも、彼にはもうNPBに戻るつもりはない。

「一旦退いたからには、NPBに戻ることは考えていません。スタッフとか他のかたちなら戻ることはあると思いますが。NPB選手としては区切りはついてます。自分が上に上がる、自分のための野球は現時点では終わっています」

 DeNAから自由契約を言い渡されたとき、自分が指導者になることは想像できなかった。

「NPBで実績のない僕が指導者になんかなれるわけはないと思っていました。独立リーグっていうのも頭に全くなかったです。クビになった直後は、もう何も頭にありませんでした。現役を続けた方がいいのか、あるいは、いくつかお話をいただいていたんで、別の職に就いて、それから将来のことを考えた方がいいのか、いろいろ考えていたんです。その中で、同郷の元NPBの先輩からご自分がいた独立リーグのチームに欠員が出ているので、どうだってお話をいただいたんです」

野球に携われると聞いて、白根は二つ返事でその話を受けた。25歳という若すぎるコーチがここに誕生した。

25歳と言えば、選手としてもまだまだ「若手」と言っていいだろう。監督の河原やもうひとりのコーチの小田との年齢差はふた回りほど。それでも、白根は、年齢差は気にしていないと言う。

「年上の首脳陣と接するのはなんの苦にもなりませんよ。ぶつかるときはぶつかりますし。実際、選手たちとの年齢差の方が近いですけど、監督と選手の歳が離れている分、僕が橋渡し役という意識です。監督の言葉とかも、同年代の選手に伝わるように言い換えて伝えたりしていますよ。僕も経験があるからわかりますが、選手なんていうのは、コーチのことが好きってことはあまりないんで(笑)。選手からコーチにアドバイスを求めるっていうのはなかなかできないでしょう。だから、コミュニケーションを僕の方から取るようにして、壁を取っ払って教えるようにしてます」

 とは言うものの、自分から手取り足取り教えるということはしない。「来るものは拒まず」という方針をあらかじめ伝え、教えを請いにきた選手にアドバイスをおくるようにしている。自らコミュニケーションをはかり、学びたいこと、知りたいことを指導者に伝える「学ぶ姿勢」を若い選手たちにつけてほしいという思いからだ。

「選手自身が、現状を把握しないといけない、何が足りないかをわからないといけないと思います。その上で、それを自分でしっかり考えてアプローチしていければいいんじゃないかなと思います」

同年代の独立リーガーとの関係

 とは言え、選手の多くは白根と同年代である。同い年の選手もいるし、ベテラン投手の正田樹(元日本ハムなど)は、ひと回り年上だ。その点に関しても、やりにくさは感じないと白根は言う。

「正田さんはピッチャーなんで僕がとやかく言うことはないですし。同級生の選手も、野球のキャリアだとか、積んできたものを考えれば、間違いなく自分の方が上だということは言えるんで。ひとたびグラウンドに入った時点で、そこはもう指導者と選手という立場はわきまえます。もちろん彼らには厳しく接します。グラウンドの内外で接し方は変えるようにしています。選手たちはそこまで意識できないとは思いますけど」

 しかし、グラウンドを出れば、そこは同級生、同年代。選手たちと食事に出かけることも珍しくはないようだ。

「プライベートで何人かを食事に連れていったりするだけですけどね。そこでは、もう単なる先輩後輩という感じです」

それでも職業病とでもいうべきか、誰を誘うか考える際に、コーチという意識が頭をもたげてくる。

「調子落として落ち込んでいる選手などがいたら、引っ張って行きますね。そういうことは、NPBでもよくありましたから。さすがに監督と選手が食事に行くっていうのは聞いたことないですけど、打撃コーチと打者とかはありましたよ。マンダリンパイレーツでは、河原監督が投手陣を連れて行ったり、小田さんもしているみたいです。なんだか逆に、僕たち指導者が、選手に気を使っているような感じですね(笑)。もちろん、一緒に食事に行ったからって、起用法に影響するわけではないですよ。誰は連れて行って、誰かは連れていかないなんてこともないですから。フィールドに出れば、そういうのは関係ないですね」

指導者として、その先に

 白根の出身校、開星高校と言えば、今年現場復帰した名物監督・野々村直通の名が浮かぶ。名将の背中を見て育った白根の視線の先には、高校野球の指導者はあるのだろうか。彼の答えはイエスだった。

「それもありますね。実際、そういう話もないこともないんですよ。でも、資格(学生野球資格回復研修)の方はまだ取っていませんけど。あれも更新ものなんで、3年だったかな、一定期間経てば、更新しないといけないんで、話がないのに取っても、費用がもったいないんで。だから正式に『来年からお願いします』って決まってから、取りにいった方がいいかなって。現状、指導者としてやらせていただいているんですけど、いずれにせよ、現役がいつか終わるおわるのと同じように、指導者生活もいつか必ず終わります。それでも、今後の人生に、野球だけは切り離せないなとは実感しています。だからどんな形であれ、野球界に携わっていきたいなとは思います」

 白根尚貴、27歳。彼の人生の第2ステージはまだ始まったばかりだ。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

阿佐智の最近の記事