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それでも前を向いて進む。コロナ禍の中での四国アイランドリーグplusの現状

阿佐智ベースボールジャーナリスト
雨模様の中、愛媛対香川の公式戦が行われた新居浜市民球場

新型コロナに記録的な長梅雨。独立リーグに吹く逆風

 7月26日、愛媛県新居浜市営球場。20段足らずのバックネット裏スタンドの最上部まで登ると、石油コンビナートが手の届きそうなところに望める。四国アイランドリーグplusに所属する「県民球団」愛媛マンダリンパイレーツは、この日、香川オリーブガイナーズを迎えて公式戦を行うことになっていた。

新居浜市民球場
新居浜市民球場

 この日の天気予報は、曇り時々雨。しかし、朝から雨雲が瀬戸内地方を覆っていた。ここ数日続いているこの梅雨空が去れば、ようやく例年になく長かった梅雨が明けるらしいが、集客が期待できる週末の雨は小規模プロ野球球団にとって、これほど痛いことはない。それでも、試合2時間前に私が球場に着いた時には雨は止んでいた。

「今日は危ないですね。スタンドから見えるはずの石鎚山が見えませんから」

本業で多忙な毎日を送りながら、県内で実施されるマンダリンパイレーツの試合には必ず足を運ぶ薬師神代表
本業で多忙な毎日を送りながら、県内で実施されるマンダリンパイレーツの試合には必ず足を運ぶ薬師神代表

 球団代表の薬師神績(やくしじんいさお)は、恨めしそうにバックスクリーンの先にひろがる灰色を眺めた。数週間前、リーグ内の別チームからついにコロナ患者が出たこともあり、現場は厳戒態勢となっていた。我々取材陣と観客のスタンドへの導線は分けられ、記者席にはスタンド最上段が指定されていた。このリーグでは通常、スタンド下の部屋をパーテーションで仕切り、貴賓席と記者席としてあてがうことが多いのだが、もしものことがあってはならないと、メディア関係者と選手・スタッフ、招待客との接触は極力避けるよう配慮がなされている。それでも薬師神は、自ら私をスタンド上の記者席に案内するとしばし話の相手をしてくれた。

「両軍の選手にもお互い接触しないよう伝えています。とにかく試合をせねばなりませんから」

球場入り口には入場までの手順が示されていた
球場入り口には入場までの手順が示されていた

 とにかくこの球団のコロナ対策は徹底している。来場者に検温と消毒を徹底するのはもちろん、スタンドでのマスク着用を義務付けた。マスクなしでやってきたファンに対しては、紙マスクを用意している。場内ではフードの販売も行っていない。

感染リスク軽減のためにゴミは持ち帰ることになっている
感染リスク軽減のためにゴミは持ち帰ることになっている

 ゴミ箱もあえて設置せず、観客が持ち込んだ飲食料から出たゴミは持ち帰ってもらうことにしている。

来場したファンはチケット購入前に検温をすることになっている
来場したファンはチケット購入前に検温をすることになっている

 

 過去に財政危機に陥った際、県内自治体からの出資を仰ぎ、「県民球団」として再出発した愛媛球団は、毎年離島や山間部を含む県内各地で試合をしている。しかし、今シーズンは開幕にあたって規模の小さな球場での試合開催を断念した。

「両軍のトイレや着替える場所が一緒というような場合は、ソーシャルディスタンスの確保が難しいですからね。うちは県民球団ということで、県内各自治体に後援会があって、チケットを配布しています。だから県内くまなく試合を開催するのは我々の責務なんですが、状況が状況なので、キャンセルとなった各地の皆さんにはご理解いただきました。その分は、オフに野球教室などで埋め合わせしたいと思っています」

 薬師神は、苦渋の決断だったことを明かしてくれた。

 独立リーグの試合運営には、ボランティアの存在が欠かせないが、これも通常は経験豊富な「本拠」松山の常連スタッフが「地方試合」に出向いていたが、移動を極力避けようということで、この試合も地元後援会に依頼したという。

 地域に支えられている独立リーグ球団の姿がそこにはあった。

スポンサー収入が柱のビジネスモデル

独立リーグでは外野スタンドにスポンサー企業の横断幕を備え付けるのが常である
独立リーグでは外野スタンドにスポンサー企業の横断幕を備え付けるのが常である

 現在、日本の独立リーグは収入の多くを地元企業を中心とするスポンサーに頼っている。逆に言えば、チケットや物販などの本来的な意味での興行収入が占める割合は少ないため、コロナショックによる打撃は、NPBやJリーグなどのメジャープロスポーツに比べれば小さいと言える。しかし、シーズン前にスポンサーを集め、それを元手に半年間、選手・スタッフに給料を支払いながら、資金をショートさせないよう、試合興行でチケット・物販収入を得るというビジネスモデルを描いている独立リーグとしては、収入の根幹をなすスポンサー収入を得るには、リーグ戦は何としても行わねばならない。

 アイランドリーグは、選手・関係者の感染に最大限の配慮をしながら、開幕のタイミングを待った。現状1試合あたりの観客が数百人という独立リーグには「密」などは考えにくく、NPBに先んじての開幕も考えられたが、そこは、地域の公共財を自任している小規模プロ野球リーグということで、アイランドリーグ、ルートインBCリーグともに、NPBに歩調を合わせるかたちでNPBの翌日、6月20日に開幕を迎えることになった。総試合数は大幅に落ちることはなかったが、ダブルヘッダーが多く組まれるため、興行回数は減ってしまう。

 独立リーグのスポンサーシップは、主にユニフォームに縫い込まれる企業名の入ったワッペンと試合開催時にフェンスに掲げられる横断幕から成り立っているが、興行回数が減るということは、これらがメディアを通じて表に出る機会も減るということだ。当然、スポンサーからのクレームも予想されるが、薬師神は、

「そもそも皆さん、地域貢献という意味合いで(スポンサー料)を出して下さっていますから」

と、その点については、さほど心配はしていないとする。それでも、

「今ネット中継をしているのですが、イニングの間はなるべくスポンサーの横断幕を移すようにしています」

と、球団維持に貢献してくれているスポンサーへの最大限の配慮はしていることを強調した。

雨ニモ負ケズ、コロナニモ負ケズ

4連休の最終日だったが、あいにくの悪天候のため客の入りは決してよくなかった
4連休の最終日だったが、あいにくの悪天候のため客の入りは決してよくなかった

 試合前にもうひと雨きたが、試合はグラウンド整備のため少々遅れながらも無事開始された。新居浜市民球場は、内野ネット裏スタンドに屋根がついているため、雨天でも濡れることなく観戦できるが、あいにくの曇天に試合開始時には50人ほどの観客しかいなかった。最終的な公式発表は108人ということだったが、4連休の最終日としては寂しい入りだった。NPBですら、現在の上限の5000人を埋めることがなかなかできていない中、独立リーグの観客動員は例年になく苦戦している。

「ここのところは、200人は入ればいい方です。経費の方は、ソーシャルディスタンスを促すラミネート表示を作ったりでかさばっているんですけど」

 薬師神は自嘲気味に語る。試合をすれば経費だけがかさんでいく現状ではあるが、試合をせねば、収入の根幹であるスポンサー収入は入らない。コロナが生んだこのジレンマに長梅雨が重くのしかかっていた。

それでもフィールドで演じられる精いっぱいのプレー

フィールドでは懸命なプレーが繰り広げられた
フィールドでは懸命なプレーが繰り広げられた

 試合開始後もスタンドから石鎚山が見えることがなかった。ベテランらしい円熟の投球を魅せる愛媛・正田(元日本ハムなど)と切れのいい速球で打者を牛耳る香川・林(広島経済大)の両先発のピッチングで試合は締まったものになったが、4回には雨足が強くなり40分ほど試合は中断した。長い中断後も両先発はマウンドを降りず、5回まで両軍無得点だったが、6回にようやく試合が動いた。ヒット3本を集めて香川が2点を入れ、7イニング制の試合を決めたかに見えたが、その裏に愛媛はホームランを含む4安打で3点を返し逆転した。7回にリリーフをつぎ込みゼロに抑えた愛媛は久々の勝利の美酒に酔っていた。

 試合後、5連敗から脱した愛媛・河原監督(元巨人など)に話を聞いた。キャンプ終盤になってからのコロナによる活動制限だったが、チームは浮足立つことなく冷静な反応を示していたという。

コロナを前にチームは冷静な対応をしていたという河原・愛媛監督
コロナを前にチームは冷静な対応をしていたという河原・愛媛監督

「状況はどこの球団も同じですから不安というのはなかったです。緊急事態宣言の発令中は、全体そろっての練習はしませんでした。グループ分けして時間も別々にトレーニングしていました。世の中の人々が自粛している中、我々だけが普通に活動するわけにはいかないですから。でも、活動自粛前もキャンプをしていましたし、自粛明けから開幕までも結構時間がありましたから、レギュラーを選別するのに苦労したというのもなかったです。これからダブルヘッダーが増えますけど、それも皆同じ条件ですし、僕も、このリーグにきてこれまで経験していますので。それに9イニングではなく、7イニングをふたつですから。ピッチャーのやりくりは大変になってくるでしょうけど…。野手に関しては、人数がそんなにいませんので、あまり替えることはできないとは思いますが」

 試合後、みごとな勝利にもかかわらず、愛媛ナインは独立リーグ恒例の「見送り」をしなかった。せっかくのファンと選手との交流の場なのだが、コロナを前にファンと選手も「ディスタンス」を保たねばならない。

 代わりに薬師神代表がこの状況下でも球場に足を運んでくれたファンを出口で見送り感謝の気持ちを伝えていた。

選手に代わりファンを見送る薬師神と球団スタッフ
選手に代わりファンを見送る薬師神と球団スタッフ

 その姿を見て、私は思った。またこの球場に来よう。バックスクリーンの向こうに石鎚山が見える晴れた日に。その時にはきっとスタンドはたくさんのファンで埋まっているだろう。独立リーガーたちが懸命にフィールドで演じているプレーは、そのファンたちを十分に喜ばせるに違いない。その時を今は信じるのみだ。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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