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「やりがい搾取」の場なのか「原石が花開く場所」なのか?仕掛け人が語るアメリカ独立リーグ(後編)

阿佐智ベースボールジャーナリスト
自らアメリカ独立リーグで3シーズンプレーした松坂賢氏(筆者撮影)

「シーズン期間3か月以内」、「有料トライアウトに有料キャンプ」、「低報酬または無報酬」。これが「プロ野球」だと言われてもほとんどの人は違和感を感じるだろう。しかし、アペンディックス(付録)リーグとも呼ばれるアメリカ独立リーグの下位リーグの実態はこのようなものである。ある意味、独立リーグという若者の「夢追求」の装置を駆動させているこのようなリーグを運営する目的は何なのか。自身も元独立リーガーで現在、アメリカ独立リーグの国際スカウトをしている人物の半生を前回は追ったが(「やりがい搾取」の場なのか「原石が花開く場所」なのか?仕掛け人が語るアメリカ独立リーグ(前編), https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20190910-00141685/)、今回は、その人物のアペンディックスリーグにかける思いについて紹介していく。

 一昨年夏、アメリカでの4年目のシーズンに臨むべく松坂は就労ビザを申請した。いつまでもアペンディックスリーグでのプレーを続けるなら必要なかったが、さらにワンステップ上の独立リーグやMLB球団との契約にはどうしても必要だったからだ。しかし、渡米までにそれが取得不可能とわかると、ユニフォームを脱ぐ覚悟を決めた。26歳という年齢を考えると、「その上」が見えてこなかったからだ。それでもせっかく航空券も用意していたからと、それまで世話になったエンパイアリーグCEOと副社長のゴンザレス兄弟のもとに引退の報告には行った。1シーズンだけのプレーだったが、松坂は兄弟の野球にかける情熱に心酔していた。

兄弟は、もったいない、どうして続けないのかと言ったが、松坂は自分の次の夢を彼らにぶつけた。

「MLBで働きたいから紹介してくれ」

 ともにマイナーリーグでプレーした経験をもち、MLBともコネクションがあるというCEO兄弟にプロスポーツのマネジメントをやってみたいという希望を告げると、ふたりからまずはこのエンパイアリーグで修業を積めと説かれた。

「1シーズンはここで勉強しろ。MLBだと今入っても、ピラミッド底辺でウロウロするだけだぞ」

2017年シーズン、松坂はフロントスタッフとしてエンパイアリーグに戻ってきた。フィールドにも監督として復帰した。そして、このリーグのビジネスモデルを肌で理解した松坂は、シーズンが終わると、日本に帰国し、国際スカウトとして選手集めを任されることになった。アペンディックスリーグにとって、スカウティングはビジネスの根幹であり、日本人である彼がリーグに雇われたのも、そのゆえのことであろう。

 

いわゆるアペンディックスリーグであるエンパイアリーグは、通常のプロ野球のように、ファンから木戸銭を取り、テレビ放映権や物販で経営を成り立たせるというモデルでは運営不可能である。そのことはアメリカ独立リーグ30年の歴史の中で、幾多のリーグが破産し、消滅していったことが示している。

エンパイアリーグを運営するゴンザレス兄弟は、このリーグの他に、野球事業を手掛けている。こちらは子ども向けのアカデミー、日本でいう「野球塾」で、富裕層になると子弟の野球のコーチングに10万、20万円は平気で出すというお国柄、それなりの売り上げをあげているらしい。

そこであげた収益を元に、2015年1シーズン限りで消滅したノースカントリーリーグを受け継ぐかたちで設立したのがエンパイアリーグである。

前身リーグ同様、既存の独立リーグですくいとれなかった選手を育てる「独立リーグのファーム」的存在であることを自覚した新リーグは、その収益の柱にスポンサーをもってきた。日本ではなかなか想像がつかないが、北米では、地元企業などが、少年野球リーグのスポンサーを務めるなど、企業の若者支援の考えが強い。そういう土壌に目を付けたリーグは、「プロ野球選手」というあくなき夢へ進もうとする若者への支援としてのスポンサーシップを前面に押し出したのだ。

それに加えて、収益の大きな部分を占めるのが、選手からのトライアウト参加費だ。トライアウトとは入団テストのことである。アペンディックスリーグのほとんどは、シーズン前のトレーニング、一般にいうキャンプをトライアウトと位置づけている。確かにメジャーリーグでも、スプリングトレーニングでは、すでにそのシーズンのメジャー契約を済ませた選手に加え、残ったわずかな枠に滑りこむためインバイティーと呼ばれる招待選手が参加する。その招待選手の大多数は開幕までに振り落とされ、マイナーに行くか、あるいはリリースされるのであるが、この場合、日当は出ないが、宿泊、食事は球団から提供される。アペンディックスリーグは、この本来経費のかかるリクルート活動をビジネスにしようとしているのだ。

エンパイアリーグは日本でもトライアウトを行っているが、これも有料である。人数的には20数名しか受験者はいないので、これで収益をあげるという考えはリーグ当局にもないだろうが、現実には経費はこの参加料で十分に賄うことができたという。これまで記事にしてきた2人の日本人選手がプレーした2018年シーズンに向けてのトライアウトの場合、最終的に4人が合格した。松坂は、実力よりもアメリカで1シーズン通してプレーできるかを基準にしてこの4人を選んだと言うが、選手サイドの話だと実際の合格者はもっといたらしい。しかし、その多くは条件を聞いて渡米をやめたという。

この話を聞いて、昨今日本で問題になっている在宅ワークを巡るトラブルが頭に浮かんだ。パソコンを使った在宅ワークの募集をかけ、仕事を得る条件だと、応募者にパソコンを購入させたり、パソコン教室に通わせたりした挙句、いざ仕事となるとろくに仕事が回ってこないというようなことは昨今頻繁に耳にする。

この夏世間を騒がせた芸人の世界もアペンディックスリーグに似ているのかもしれない。多額の費用のかかる芸能学校を修了することを条件に、卒業後「芸人」としてマネジメント契約を結び、多額のマネジメント料を取られた上、仕事もなかなか回ってこず、アルバイトをしながら活動を続ける若者の姿は、トライアウトリーグやアペンディックスリーグ、野球後進国のリーグを転々とする選手たちの姿と重なる部分は多い。年単位など、ある程度の期間の収支を見れば、「芸人」なり「プロ野球選手」として得る収入とそれになるために費やす支出の収支は完全に赤字なのだが、その赤字は、彼らが「夢」の舞台に立つ一瞬の高揚感で贖っている。そういう彼らの姿を、メディアはしばしば人生の打算なしであくなき夢に向かって突き進む若者、として好意的に伝えるが、逆に言えば、いつまでも夢を追い続ける場があるために、本来なら地に足のついた職に就き、一般社会で居場所を見つけるべき年齢になっても、「芸人」や「プロ野球選手」という虚構を追い続けることになる。

 このような話になると、アペンディックスリーグの関係者の多くは途端に表情を曇らせる。しかし、松坂はそのような批判的な声もあることを承知の上で、エンパイアリーグに携わっていると胸を張る。

「要は、チャンスを金で買うということです。そもそも、彼らにはプレーする機会がないわけですから。今のエンパイアリーグは、純粋な育成リーグです。現時点で経営がうまくいっているわけではないです。それは、みんな分かっていると思うんです。

このリーグの一番の売りは、選手を上のリーグに上げることです。2018年で言うと、アトランティックリーグ(アメリカ独立リーグ最高峰と言われ、元メジャーリーガーも多数在籍)に、6、7人、カンナムリーグ(四大リーグのひとつ。元広島・メッツのティモ・ペレスが過去に在籍)に4人、フロンティアリーグ(四大リーグのひとつ。年齢制限を設け、若手選手育成に特化)に2人を送り込んでいます。

そういう結果と自分の現状を見てどう判断するか、それは、その人次第でしょう。こちらから絶対に行こう、と誘っているわけではないです。トライアウトをやって、合格です、と言ったときに、そういう話はしています。あなたは合格したので、行く権利があります。自分で考えて、自分で答えを出してください、ということは、たとえ本人が行く気満々でも、必ず告げます。それが自分の責任だと信じているので」

松坂は、あくまでエンパイアリーグはチャンスを与えている、それに挑戦するか、しないかは本人が決めることだと力説する。埋もれた才能を掘り起こす場は、どんどん設けていくというのが、このリーグの方針であると。

エンパイアリーグに集うのは、日米のトップリーグのドラフトにかからず、独立リーグのスカウティングの場であるオフシーズンのトライアウトリーグにおいてもチャンスをつかめなかった者たちである。当然、プレーレベルもそれなりで、決して観客を魅了するようなプレーは期待できない。そのため観客動員はプロリーグのそれではない。

松坂は、このリーグの客入りに関して、10数名という日も確かにあるが、週末ともなれば100~200人を動員することもあると言う。チケット収入ではとてもリーグを運営できないだろう。だからこそ、このリーグはスポンサー収入を柱とする。独立リーグの中には、すでに引退して数年が経った名のある元メジャーリーガーを担ぎ出してきて、客寄せをするリーグもあるが、エンパイアリーグは、育成という目的に反するそのような方策を採るつもりはないという。

このリーグの試合数は1チーム当たり30試合ほど。アメリカ以外からの選手のノービザ入国可能期間のことも考慮にいれた数字なのだろうが、運営費を考えると、これが限界なのだろう。所属6球団のうち、プエルトリコに本拠を置く1球団のみは個別のオーナーがいるが、残り5チームはリーグが養っている。この5チームにかかる経費は1シーズンで数千万円単位だと言う。それを考えると、無給の選手がいることもある意味仕方がないのだというのが松坂の考えだ。

「たとえ無給であっても、ホテル代や移動費などを考えると、やっぱり月10万円ぐらいはかかるんです。そういうことを踏まえて、給料というのがあります。育成主体のリーグですから、お前は下手だからもう辞めろ、というのはないんですけど、ロースターの枠もあるんで、プロリーグとしてリリース(解雇)も当然あります。それを理解している選手は少ないですがね」

 エンパイアリーグに限ったことではないが、アペンディックスリーグの多くでは、アメリカのプロリーグで慣習化している「ミールマネー」という食事手当も原則出していない。食事の提供もない。選手によっては、それらをもらっているという者もいるので、時折提供もあるのかもしれないが、基本的には、宿泊、移動など選手が最低限プレーできる環境に関する経費以上のものはリーグは負担しないようだ。1人当たりの選手にかかる経費が約10万円、シーズン前のキャンプの参加料がこれとほぼ同額ということは、選手は1シーズンにかかる経費を自分で支払っていることになる。キャンプには、開幕ロースター以上の人数が集まり、多くが振り落とされるから、その振り落とされた選手の参加費分がリーグの収益となり、その一部が選手に還元されているのだろう。

 もちろんリーグ当局も現状を良しとしているわけではない。集客が課題であることは自覚している。松坂が、「とにかくメンタルがタフ」という経営者兄弟は、とにかく若者にチャンスを与えるこのリーグを持続的に成長させていくべく、「公式戦のパッケージ販売」にも乗り出している。アメリカのトライアウトリーグの代理業務も行っている日本のスポーツマネジメント会社と提携の上、リーグ公式戦の出場を保証したパッケージツアーを販売しているのだ。リーグ公式戦を「短期トライアウト」と位置づけ、アメリカプロリーグでのプレーを希望する選手を「ショーケースプレーヤー」として出場機会を保証した上で帯同させるのだ。1週間コースと2週間コースがあり、調べてみると、代金は約27万円と40万円ということだった。経費との差額はリーグと代理店で折半する。シーズン途中の一時期だけ参加するショーケースプレーヤーがいようがいまいがリーグは動いて行くし、選手の宿舎は相部屋のドミトリーなので、経費は実質ほとんどかかっていないだろう。

 これだけ見れば、やはり「やりがい搾取」の構造が浮かび上がってくるように思うのだが、松坂は、これもプロリーグのありかたのひとつ、問題はないと言い切る。実際、このような制度は独立リーグの世界では珍しくない。

もうふた昔ほど前、日本人タレントが独立リーグに挑戦し、公式戦出場を果たすというドキュメンタリー番組がいくつか放送されたが、それらも結局のところテレビ局が出場枠を買い取ったものであることは間違いない。現在でも、四大リーグでさえ、ロースター枠を販売しているという噂を聞く。その実態はともかく、たとえそれが独立リーグであっても、「アメリカプロリーグ」でのプレー経験は、エージェント業やコーチ業に転身する際の「箔」になる。とりわけその実情をわかっていない日本人相手のビジネスにはこういう経歴は圧倒的な武器になる。

 しかし、松坂はそういう現実も含んだ上で、これも若い選手たちにプレーの場を与えるための方策のひとつなのだと主張する。

「こういう話を聞いたら、お金を稼ぎたいんだろうというのもあるんだろうと思われるでしょうが、我々がこういうことをする背景には、プロチームに所属していなくてもいい選手が、すごくたくさんいるということがあるんです。それは単に野球人口の数じゃなくて、夢をあきらめない人口が圧倒的に多いです。アメリカには。

 ビジネスのためなら、選手の頭数をそろえるために、誰でも獲るということをするでしょうが、我々はそんなことはしていないです。今年(2018年)から我々は4チームから6チームに増やしたんですが、それでも、スプリングトレーニングの中で、獲りたいけど枠の関係で獲れない選手がいるんです。ホームラン王になった選手は、最初スプリングトレーニングで落ちた選手です。けれども、合格者の中にはミスチョイスもあるんで、後で呼ぶから、ちゃんとトレーニングをしておけよって言って、開幕して2、3週間後ぐらいで呼んできて、その彼が終わってみればホームランキングになりました。そういうケースがこっちではあるんです」

 さらに、そういう埋もれた才能は日本により多いのだと松坂は付け加える。昨今、日本野球界の指導方法のあり方に関して様々な批判が起こっているが、松坂もまた同様の思いを抱いている。

「僕の中にも、日本は大丈夫か、という思いが強いです。日本の指導のやり方が駄目だというわけではないんです。駄目なのは、指導法そのものというより、新しいことを取り入れないことだと思うんです。指導者が勉強しないですね。技術指導もそうですが、教育方法という点で、日本では指導中に否定的な言葉がすぐ出ますよね。そういうささいなことから疑問がわいています。僕だってそう、最初アメリカに行くって言ったとき、親は大丈夫かと心配してましたね。そして、大学のコーチは、多分ばかにしていました。あいつじゃ無理でしょうと。でも、今となっては、向こうからいろんなことを聞いてくるぐらいです」

 その意味で、日本の指導法が合わなかった選手の中に埋もれている才能も多いだろうと松坂は感じているという。日本人のスカウティングをエンパイアリーグが行うのもそのゆえらしい。

「今年(2018年)、トライアウトを経てエンパイアリーグに挑戦した日本人選手が4人いましたが、そのうちひとりはNPB(プロ野球)の育成選手でした。でも、僕は高校時代にベンチ入りもできなかった井神君により可能性を感じているんです。彼ほどの素材なら契約さえ取れれば2Aまでは行けると思います。そういう彼のような才能を発掘するためにエンパイアリーグはあるんです」

 松坂は、今、日本で会社を立ち上げている。野球指導から、講演、通訳、スカウトをメインにした、いわゆるエージェント会社だ。エンパイアリーグの国際スカウトも兼任しながら日本で埋もれた才能を発掘していくという。一般には知られていないが、アメリカで独立リーグが誕生、つまり日本人選手にとって「プロ」への門戸が広がって約四半世紀、アメリカでプレーした経験をもつ元選手による「野球業」が、今、林立している。日本でプレー継続を模索している若者の数は決して増えているわけではないだろう。この手の事業は、食い合いに陥っているのではないかとも思えるのだが、松坂は、前向きだ。

「食い合い?そうかもしれないですけれども、必然的に、良いほうに行くと思います。日本の野球界にも微力ながら、問題提起をしながら、自分が実践していって、それがちょっとずつ広がっていったらという思いはあります」

 今年も、何人かの日本人の若者が見果てぬ夢を追いかけて、ひと夏を過ごした。その中のひとりは、旧知の選手だった。日米の独立リーグを何度も往復した彼は、29歳。この夏、ようやくMLBの「個人トライアウト」にたどりついたらしい。

  

 野茂英雄が、日米球界のタブーを破り太平洋を渡って早24年。日本のプロ野球、NPBを経ずしてメジャーリーグの舞台にたどり着いたのは、マック鈴木と多田野数人、それに田澤純一の3人しかいない。それでも、無名の選手が海を渡る波が絶えることはない。

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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