「僕はこんなに元気です」。独立リーガーメキシコ冬野球放浪記

メキシコの冬季独立リーグ、ベラクルスウィンターリーグに参戦した井野口祐介

 プロ野球の表彰式も終わり、いわゆるストーブリーグの季節となった。野球好きとしては、この時期は、一杯やりながら、今年目にしたプロ野球シーンを振り返るしかないのだが、たまに「よくよく考えれば、今年は毎月野球観てたな」という年がある。オフシーズンがあるんだからそんなことはないだろうと思われるかもしれないが、「冬野球」、つまりウィンターリーグに足を運んだ年は、とどのつまり、年中、毎月球場のスタンドにいたことになる。今年はそんな年になりそうだ。

ウィンターリーグは、とりわけ中南米に多い。とくにメキシコには、メジャーリーガーも参加するメキシカン・パシフィック・リーグから、夏のプロリーグ、メキシカンリーグの選手にとってのアルバイト先として機能しているプロアマ混成リーグなど大小さまざまなリーグが広い国土の各地で展開されている。大西洋岸のベラクルス州周辺で行われているベラクルス・リーグもそんなリーグのひとつだ。試合は週末の3連戦のみ。これを10月末から12月の初めまで繰り返し、20試合ほどのレギュラーシーズンを過ごし、年内にはプレーオフを行う。チャンピオンチームは年が明けた1月末の国際シリーズ、ラテンアメリカンシリーズで、コロンビア、パナマなどのリーグチャンピオンと雌雄を決する。球場は、かつてメキシカンリーグが使っていた立派なものを使うこともあれば、草野球場に毛の生えた程度のものもある。プレーヤーが「なんか変だな」と思ってよく見れば、フィールド全体が傾いていたんなんてことは珍しくもない。そんな田舎リーグに、10月のU23ワールドカップで若き侍ジャパンを破って「世界一」に輝いたメキシコ代表チームのメンバーがプレーしにやってくるのも、この国の野球の不思議なところだ。

日本では考えられないような球場でもメキシコプロ野球は行われる
日本では考えられないような球場でもメキシコプロ野球は行われる

メキシコに殴り込みをかけた独立リーグのレジェンド

 そんなリーグにこの冬の稼ぎの場を求めたスラッガーがいる。井野口祐介。中央球界では無名の存在だが、独立リーグの世界ではもはやレジェンドと言っていい。彼は、創設以来ルートインBCリーグでプレーし、積み重ねた安打は769本、ホームラン114本、打点は531にのぼる。2012、13年にはアメリカの独立リーグでもプレーし、「プロ通算」の安打数は966を数える。今年の彼のBCリーグでの成績は打率.324、23ホーマー、84打点。このリーグのレギュラーシーズンの試合数は、いわゆるプロ野球、NPBの半分だ。この数字がいかにすさまじいかがわかる。彼以上のスラッガーを今年のBCリーグで探すとなると、カラバイヨ(元オリックス)、ボウカー(元巨人)など、NPBでも活躍した外国人選手くらいしか見当たらない。

 しかし、彼がドラフトにかかることは今年もなかった。これからもないだろうことは本人も自覚している。33歳という年齢は、伸びしろを重視するNPBの需要に応えるものではないことは本人が一番わかっている。

「アメリカに行ったくらいからもう難しいなというのは分かっていました。だったらもうやりたいようにやろうと思って」

 アメリカでは、2A相当と言われるアメリカン・アソシエーションという独立リーグでレギュラー外野手として2シーズンを過ごした。日本では量産していたホームランは2シーズンで4本しか打てなかった。自らに足りないものを自覚した井野口の体は、見る見るうちに大きくなった。帰国後、古巣の群馬ダイヤモンドペガサスに戻ってきた時、彼に再会したら、その腕はそれこそ丸太棒のように太くなっていた。

 井野口は今、独立リーガーとして女房子供を養っている。オフは、バイトという生活スタイルは、アメリカのマイナーリーガーと同じだ。彼は、アメリカで実際プレーし、中南米から群馬にやってくる出稼ぎ助っ人たちとともに過ごす中で、独立リーガーとはひとつの職業であることを自覚するようになった。

「向こうだと、野球やって月10万円位のギャラもらって、そこから家族に仕送りするやつもいるんですよ。そういうの見ると、独立リーグでも、やっぱり野球が仕事なんだなって」

デビュー戦でいきなりヒットを放った
デビュー戦でいきなりヒットを放った

オフの稼ぎ場としてのウィンターリーグ

 アメリカのマイナーリーガーや日本の独立リーガーのオフは過酷だ。慣れない仕事に四苦八苦する上、なんと言ってもトレーニングがままならない。井野口も例年女房子供を養うためユニフォームを作業服に着替える。

「有名人ってわけじゃないんですけど、図体がでかいんで、すぐにばれるんですよ。こっちも『兄ちゃん、なんかやってんの?』って聞かれると、独立リーグで野球してますって答えますし」

 職場の仲間は、そこで初めて独立リーガーの過酷さを知るのだ。食うためには働かねばならないが、トレーニングを怠ると、次のシーズンに響く。

 そんな彼らにとって、「冬野球」は、格好の職場だ。野球修行をしながら稼ぐこともできる。井野口もそう考え、昨年は、チームメイトのつてを頼ってニカラグアに半ばアポなしで乗り込んだが、すでに外国人選手枠が埋まっており、ユニフォームに袖は通したものの、ロースターに穴が開く前に財布が空になり、失意の帰国となった。

メキシカンリーガーという新たな目標

数百人しか入らない小さなスタンドだが、野球好きのメキシカンで満員になる
数百人しか入らない小さなスタンドだが、野球好きのメキシカンで満員になる

 「誰かいい選手いたら紹介してくれよ」

 昨年、ベラクルスリーグを取材したとき、リーグの事実上のGMも兼務している元マイナーリーガーの選手に言われた言葉を思い出したのは、秋口のことだった。メキシコの田舎町の小金持ちの事業家が手弁当で開催しているプロリーグの悩みは、スカウティングだ。野球好きの彼らは、地域への利益還元のつもりで野球アカデミーを主宰し、トップリーグのメキシカンリーグ、さらにはメジャーリーグへと夢を膨らます少年や若者を育成しているが、彼らが初めてプロ経験を積むのが、この「冬野球」だ。とは言え、彼らの技量はプロとしてまだまだ拙く、地元出身のメキシカンリーガーや、元マイナーリーガーをかき集めても、観客を喜ばす布陣を整えるのはなかなかむつかしい。そこで、ドミニカやキューバから「助っ人」をかき集めるのだが、専業のスカウトなど雇えるはずもなく、メキシコ人選手のつてを頼って集めているのが現状だ。そういう状況を見、件のGMからの話も思い出したこともあり、井野口に声をかけてみたのだ。

 話はとんとん拍子に進み、井野口は海を渡ることになった。ギャラは日本の半分くらいだが、渡航費は向こう持ち(実はこれはけっこう珍しい破格の待遇である)、滞在費も住むところは用意してくれるというので、井野口も「単身赴任」を決意した。プロである以上、手元になにも残らない状態では、行くつもりはなかったが、井野口の独立リーガーとしての実績を向こうも買ってくれた。成績次第では、ボーナスをつけてくれると言うし、成績次第では、プレーオフ、その後の国際シリーズ、ラテンアメリカンシリーズにも出場できる。そうなれば、ギャラも追加されるし、なんと言っても、様々なところへのアピールとなる。

「アメリカやっているとき、正直、メジャーなんかは無理だなって思いましたね。マイナーでダメだったやつらが、ガンガン打ってましたから。でも、あそこで頑張れば、メキシカンリーグくらいならなんとかなるんじゃないかなって。アメリカの独立リーグの方が、日本より、世界的にも認知度が高いので」

 あの時は、かなわなかった夢が、今、手の届くところに来ていることを井野口は実感している。田舎リーグとは言え、主力選手の多くは、夏はメキシカンリーグでプレーしているし、コーチや監督はメジャーや、メキシカンリーグのスカウトの役割も兼ねている。ここで大暴れすれば、メキシカンリーグでのプレーも夢ではない。

「まあ、嫁さんは好きにしていいとは言ってくれるんですが、家庭を持った以上は最低限の責任っていうのもありますから。そこは折り合いつけないとね」

 と井野口は言うが、メキシカンリーグは、れっきとしたメキシコのトップリーグだ。お声がかかれば、断る理由はない。

 ベラクルスリーグにやってきて早1か月。BCリーグで使うレベルのそれなりの球場でプレーしたかと思えば、公園の草野球場みたいなグランドでプレーすることもある。背番号が登録と違うと、試合中に審判にフィールドから引きずり降ろされたこともあった。入ったチームが、弱小チームで、何試合やっても勝てないとなると、そこでコーチをしている世話人でもあるGMが、「もっと強いチームに行こうぜ」と、先週からは別のチームのユニフォームに着替えて、いきなり古巣と対決するなど、なんでもありのメキシコ野球にとまどいながらも、それなりに楽しめるようにもなってきた。メキシコ人投手のくせ球にも徐々に慣れ、ついに待望のホームランも飛び出した。ここまで、打率.310、1ホーマーと本領を発揮し始めている。

 とは言え、まだまだなのは本人が一番わかっている。帰りの航空券はまだもらっていない。GMとは、ホームラン王を取ったら帰りのチケットをもらう約束をしているそうだ。日本で帰りを待つ女房子供のためにも、井野口はこれからホームランを量産しなければならない。

先週からはロッホスというチームに移籍となった
先週からはロッホスというチームに移籍となった

(写真は全て井野口祐介選手提供)