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「誤審」をそのままにしていいのか?「神戸の悪夢」を今一度考える

阿佐智ベースボールジャーナリスト
シーズン中、毎試合正確なジャッジを求められるNPBの審判団(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 昨夜、6月22日、交流戦が終わり、リーグ戦が再開された初戦に起こった「誤審」。

 野球ファンならもうご存知かと思うが、ほっともっとフィールド神戸で行われたオリックス対福岡ソフトバンク戦、延長となった10回表のソフトバンク・中村晃の右翼ポール際への大飛球が、最初はファールと判定されたものの、ソフトバンク・工藤監督からのリクエストを受けての審判団による検証の結果、ホームランとなったのだ。この「ホームラン」のおかげで、ソフトバンクはこの試合をものにしたが、球場にいた選手、ファンは誰もがこの判定に納得せず、試合後、オリックス・福良監督が審判団に詰め寄ると、こともあろうか、審判団が誤審を認めてしまったのだ。しかし、これにより現在のところ、判定が再度覆ることはなく、その結果、ポストシーズン進出圏内の3位争いにおいて、「勝った」ソフトバンクが単独3位となり、さらに言えば、「勝者」となったソフトバンクサイドにさえ、自軍に益をもたらした件の判定に首をかしげる雰囲気があったというから始末が悪い。

 この判定が、「一発目」であったのなら、人間のすること、ある意味仕方がないかもしれない。プロ野球の歴史を紐解くと、「誤審」による「疑惑のホームラン」は多々あった。1990年のセ・リーグ開幕戦では、ヤクルト・内藤尚行投手から巨人・篠塚和典が放ったライトへの「大ファール」がホームランと判定されたことがあったし、1978年の日本シリーズでは、ヤクルト・大杉勝男が放ったレフトへの大飛球のホームラン判定を巡って阪急・上田利治監督が猛抗議を行ったことは「伝説」と化している。また、逆のパターンとして、2006年の第1回WBCにおいて、日米戦での西岡剛のタッチアップで「疑惑の判定」をしたデービッドソン審判が、アメリカ対メキシコ戦でもメキシコ・バレンズエラの放ったポール直撃の「ホームラン」を「二塁打」と判定している。しかし、これらの判定が行われたときには、ビデオ検証の制度がなく、審判の判定はある種絶対的なものであり、これを前提にしないとゲームが進行しないという現実があった。

 しかし、観客でさえ、動画を撮影し、全世界に向けて発信できる時代、いくら審判が「自分の目は正しい」と言い張っても、「誤審」の証拠はいくらでも残るようになった。メジャーが2014年に「チャレンジ」制度を導入すると、日本球界もそれにならって「リクエスト」制度を導入した。今回の誤審を試合後に審判団が素直に認めたことについて、評価する向きもあるが、これは、比較的鮮明な映像が残されている中、ごまかしなど通じないことがわかっているので認めたに過ぎないだろう。

 この「リクエスト」だが、私も現場で何度か見たことがある。面白いもので、球場のビジョンに、当該プレーが流れると、スタンドの両側から拍手が起こるのだ。それほど、微妙な判定ということなのだが、人間というものは、なんでも自分のいいように解釈するようで、スタンドのファンは、映像を見て自軍に有利な結論を勝手に導いては喜んでいるのだ。スタンドの観衆が、すべて同意の上、判定が覆るということはほとんどない。これまでの印象では、ビデオ検証でも甲乙つけることが難しい場合は、元の判定を採用していたように思う。私はそれでいいと思う。迷ったときは最初の審判の判断を優先する。そうでないと審判がいる必要がない。

 この日私は現場にはおらず、テレビのニュースで映像を見た。ネットでは「ホームラン」派もいれば「ファール」派もいるようだが、私の目にはファールに見えた。どうやら現場のほとんどは「ファール」派のようだ。実際、審判団が誤審を認めているのだから、ファールだったのだろう。この件について、現在は常打ち球場でなくなっている、ほっともっとフィールド神戸の映像設備の不備に言及する意見もあるが、そもそも、この制度を導入したのはNPBであり、本来ならば、NPBがビデオ判定の設備を自前で整えねばならないはずだ。実際メジャーでは大金を投じてその設備を整えている。そして、ビデオ判定を行うのは、全ての試合を統括するオペレーションセンターにいる別の審判だ。この第3者の目を通してビデオ判定がなされ、判断がつかない場合は、最初のジャッジが適用される。それと比べて、既存の放送設備に頼った日本のシステムは貧弱としか言いようがない。貧弱なシステムからはお粗末な判定が生まれるのもまた必然である。

 この明らかな「誤審」、それも試合を決定づけるミスジャッジを放置しておいていいのだろうか。答えが「否」であることは明白だろう。「誤審」を防ぐべく採用されたシステムによって起こった誤審によって、勝敗が左右されてはならない。

 今回のリクエストについて、「勝者」となったソフトバンクのコーチは、「ダメ元でやった」と、この制度の根幹を揺るがすような発言を行っている。試合を一旦止めて、つまり観衆を待たせてまで行うビデオ判定を「ダメ元」で行おうとするソフトバンクの姿勢には、疑問を呈せざるを得ない。あらゆる制度というものは、まずは良心やフェアプレーを前提としないと、形骸化していく。今回のミスジャッジが、そのまま放置されれば、今後も、ファン無視とも言える「ダメ元」のリクエストは増えていくだろう。

 起こってしまったことは仕方がない。しかし、この制度を、人間の限界をカバーするものとして良き方向に導くためには、今回の重大なミスについて、修正を行うべきだと私は思う。

 9回時点での打ち切り扱いし、引き分けとするか、当該プレーをファールとし、試合をサスペンデッド扱いとして、続きを後日行うというのが妥当、かつ公正だと思うがいかがだろうか。

 最悪のシナリオは、この1勝がソフトバンクの順位に大きな影響を与え、その結果、この「ダメ元」リクエストが、「チームを救ったスーパーリクエスト」などとメディアで語られることだ。そうなれば、ファンがスポーツに期待する公正さなどは一瞬にして消え去ってしまう。

 そうなる前に、NPBならびにコミッショナーには、この問題に関して「大岡裁き」をしてもらいたいものである。 

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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