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イスラエルがイラン大統領のシリア訪問に合わせて、アレッポ国際空港一帯をミサイルでまたしても爆撃

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2023年5月3日

シリア国防省は5月1日深夜に声明を出し、同日23時35分頃、イスラエル軍がアレッポ県南東方面からアレッポ国際空港やアレッポ市一帯の複数地点を狙って多数の発射、この攻撃で兵士1人が死亡、民間人2人を含む7人が負傷、若干の物的損害が生じ、アレッポ国際空港が利用不能になったと発表した(追記:空港は5月10日に再開された)。

英国を拠点とする反体制組織のシリア人権監視団によると、イスラエル軍はアレッポ国際空港に併設されているナイラブ航空基地、サフィーラ市近郊の防空工場機構一帯などに対してミサイルで爆撃を加え、「イランの民兵」の外国人メンバー3人、シリア軍士官4人が死亡し、アレッポ国際空港が一時利用不能となった。

イスラエル軍によるシリアへの爆撃(ミサイル攻撃)や砲撃といった侵犯行為は、今年に入ってから14回目、2月6日のトルコ・シリア地震発生以降で12回目。

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「イスラエル軍が占領下のゴラン高原からクナイトラ県のハドル村西にあるカルス・ナフル地区(カルス・ナフル丘)を砲撃」(「シリア・アラブ顛末記:最新シリア情勢」2023年4月24日付)

イスラエル軍戦闘機がレバノン北部方面からヒムス市一帯の複数ヵ所を狙ってミサイル多数を発射し、民間人3人が負傷し、民生用のガソリンスタンドが発火し、多数のトレーラーや貨物トラックが炎上(「シリア・アラブ顛末記:最新シリア情勢」2023年4月29日付)

イスラエルによるシリアへの侵犯行為は、いずれも「イランの民兵」を狙ったものだと報じられることが多い。イスラエルの政府や軍は、シリアに対する爆撃や砲撃を行ったと公式に発表することは稀だが、イランの脅威に対処することを常に強調している。

「イランの民兵」とは、紛争下のシリアで、同国軍やロシア軍と共闘する民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。そのネーミングは、イランの存在をことさら誇張することで、シリアに対する侵犯行為を正当化することができる実に都合の良い言葉である。

今回の爆撃も、標的として「イランの民兵」の存在が指摘されている。だが、イランのエブラーヒーム・ライースィー大統領のシリアへの公式訪問に合わせて敢行されたそのタイミングは、シリアとイランのさらなる接近への警戒感を如術に示していた。

ライースィー大統領は5月3日、2日間の滞在日程でシリアを公式訪問した。イランの大統領がシリアを訪問するのは、2011年にシリアに「アラブの春」が波及して以降では今回が初めて。外務、道路都市建設、国防、石油、通信、経済金融大臣らを引き連れてダマスカス国際空港に降り立つライースィー大統領の様子を大々的に伝えるシリアとイランの報道姿勢は、2月以降が空港や港湾施設といった民政施設を執拗に標的し続けるイスラエルに対する挑発行為とでも言えるものだった。

ライースィー大統領は、訪問初日にアサド大統領と会談するとともに、シリア・イラン両国の包括的長期戦略協力計画覚書に調印した。

SANA、2023年5月3日
SANA、2023年5月3日

また、同行した閣僚らはシリア側の閣僚と、農業、石油、運輸、自由貿易地区、通信などにかかる以下8つの文書に調印した。

  1. 農業分野の協力にかかる覚書:ムハンマド・ハッサーン・カトナームハンマド・イフサーン・カトナー農業・農業改革大臣とホセイン・エミール・アブドゥッラフヤーン外務大臣が調印。
  2. 鉄道分野協力会合議事録:ズハイル・ムスタファー・ハズィーム運輸大臣とメフラダード・バズルパーシュ道路都市建設大臣が調印。
  3. 海事証明書の相互承認にかかる覚書:ハズィーム運輸大臣とバズルパーシュ道路都市建設大臣が調印。
  4. 民間航空会合議事録:ハズィーム運輸大臣とバズルパーシュ道路都市建設大臣が調印。
  5. 自由貿易地区分野にかかる覚書:ムハンマド・サーミル・アブドゥッラフマーン・ハリール経済対外通商大臣とエフサーン・ハンドーズィー経済金融大臣が調印。
  6. 石油分野の協力にかかる覚書:フィラース・ハサン・カッドゥール石油鉱物資源大臣とジャヴァード・オージー石油大臣が調印。
  7. シリア国民石油センターとイラン石油工学国際研究所の覚書:カッドゥール石油鉱物資源大臣とオージー石油大臣が調印。
  8. 通信・情報技術分野の協力にかかる覚書:イヤード・ムハンマド・ハティーブ通信技術大臣とイーサー・ザーレア=ブール通信大臣が調印。

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イランのライースィー大統領が閣僚らとともにシリアを訪問、アサド大統領と会談、包括的長期戦略協力計画覚書に調印(「シリア・アラブ顛末記」2023年5月3日付)

このうち、鉄道、海運、民間航空、自由貿易地区にかかる覚書や議事録は、イランがシリア国内で活動する「イランの民兵」に武器、装備、兵站物資などを供与しているとの主張を繰り返すイスラエルの不快感を煽るものだったに違いない。

アサド大統領は、包括的長期戦略協力計画覚書の調印式後の共同記者会見で次のように述べた。

今日は多くの問題が議論された。筆頭に挙げられたのが、諸国の安定を打ち砕き、分断させようとする植民地主義勢力の試みだった。それは古くからの植民地主義政策だが、今も続いている。これに対抗するもっとも効果的な手段は、我々の地域における多くの国々の間での関係改善に示されている現下の好機を利用することだ。これは、この地域の国々や国民が共に勝利する、あるいは敗北するのかという公理のもと、数十年にわたる緊張関係を経て生じたものだ。

この文脈のなかで、我々はイランとサウジアラビアの関係発展に歓迎の意を表した。それは、この地域の国々の「耐性」に大きな良い影響を与えるだろう。こうした「耐性」は、血と死無くしては生きるづけることができない異常なシオニスト政体に対抗するうえで我々が今日もっとも必要としているものだ。

2月6日に発生したトルコ・シリア地震、そしてイランとサウジアラビアの対立関係解消、そしてロシア(そしてイラン)が仲介するシリアとトルコの国防大臣会合や外務次官会合によって、シリアが中東地域において復権を遂げるなか、イスラエルは、多極的な世界をめざすロシアや中国への対応に苦慮している米国など西側諸国と同じように、センリャクテキナ合従連衡を強めようする中東諸国のなかで困難な対応を迫られている。シリアやパレスチナに対する徒労とも言える攻撃は、イスラエルが事態に対処するために有効な政治的な手立てを持っていないことを示しているかのようでもある。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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