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ウクライナの戦況が膠着するなか、シリアで各国が軍事行動を再開、沈黙を守る米国

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア人権監視団、2022年4月9日

ウクライナでの戦闘が膠着状態に入り、ロシア軍が同国東部の制圧に注力し、欧米諸国による追加制裁に手詰まり感が見え始めるなか、シリアで再び緊張が高まっている。

2月24日にロシアがウクライナに対する「特別軍事作戦」を開始して以降、ロシアはシリア中部での砂漠地帯でのイスラーム国の拠点に対する爆撃や、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャーム解放機構)が軍事・治安権限を握る北西部(イドリブ県)に対する爆撃を継続する一方で、トルコ、イスラエル、米国、そしてイラン(あるいは「イランの民兵」)は軍事行動を控えてきた。だが、ここに来て、これらの国による軍事的挑発が目立つようになっている。

筆者作成
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口火を切るトルコ

口火を切ったのは、トルコだ。

トルコは3月下旬になると、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局と、同自治局の武装部隊で人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が支配・展開する地域に対して砲撃を活発化させた。4月に入ると、トルコ軍は無人航空機(ドローン)による攻撃を再開、1日にはハサカ県カフターニーヤ市近郊で走行中の車を攻撃、乗っていた北・東シリア自治局自衛部隊の隊員1人を殺害した。死亡した隊員は、若者らによる任務遂行を鼓舞する「詩人」で、ラッカ県タブカ市から、アッシリア教徒のアキト新年祭(4月1日)に参加するため、カフターニーヤ市方面に向かう途中だった。

また、4月3日には、ハサカ県タッル・タムル町の変電所一帯を砲撃し、送電線を破壊、被害状況を確認するため、ロシア軍の護衛を伴って変電所に向かっていたシリア民主軍所属のスィルヤーニー軍事評議会総司令部のメンバー乗った車をドローンで攻撃、このメンバーとロシア語通訳が負傷した。

さらに、4月6日には、ハサカ県アブー・ラースィーン(ザルカーン)町近郊のアサディーヤ村をドローンで攻撃し、女性1人を含む住民3人が負傷した。

対抗するロシア

トルコによるドローン攻撃は、「分離主義テロリスト」であるPYDを全面支援する米国と、トルコとの停戦合意(2018年10月)に基づき、トルコと共に国境警備にあたる一方で、国境地帯やアレッポ市とイラクとを結ぶハサカ県ヤアルビーヤ国境通行所を結ぶM4高速道路沿線に展開するシリア軍を支援するロシアに対する威嚇行為でもあった。

これに対して、米国は沈黙を続けたが、ロシアは対抗措置に出た。

4月8日、ロシア軍戦闘機1機がトルコが占領するアレッポ県北部上空に飛来し、石油精製設備があるタルヒーン村一帯に向けて地対地ミサイル1発を発射したのだ。

「イランの民兵」の動き

こうしたなか、「イランの民兵」も米国に対する挑発を再開した。

4月6日深夜から7日未明にかけて、ダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸にあるウマル油田に米国が違法に設置している基地(グリーン・ヴィレッジ)に向けて「イランの民兵」のロケット弾で攻撃をしかけたのだ。

「イランの民兵」は、シーア派宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘した外国人(非シリア人)民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などがこれに含まれる。

英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、「グリーン・ヴィレッジ」に発射されたロケット弾は5発で、うち2発が爆発、残り3発は不発弾だった。米主導の有志連合はこの攻撃に関して、米軍兵士4人が軽傷を負ったと発表した。

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シリア軍も前代未聞の攻撃を敢行

シリア軍も米軍に対して前代未聞とも言える挑発に出た。

4月9日、シリア人権監視団によると、米国が違法に駐留するタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)に対して、シリア軍が120mm迫撃砲で攻撃を加えたのである。

複数の情報筋によると、砲撃は55キロ地帯周辺のシリア政府支配地から行われたが、死傷者などはなかったという。

55キロ地帯には、米軍(そして英・仏軍)が違法に設置した基地が二つあるとともに、対ヨルダン国境の緩衝地帯にはルクバーン・キャンプもある。

2015年3月に米軍によって占領されたタンフ国境通行所一帯地域を奪還すべく、シリア軍は2017年に「イランの民兵」とともに進攻を試みていたが、米軍の反撃によってこれを阻まれていた。55キロ地帯への攻撃はそれ以来だった。

…そしてイスラエルも

シリア軍が55キロ地帯への約5年ぶりの攻撃を行うのに先立ち、イスラエルも動いた。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、イスラエル軍戦闘機が4月9日午前6時45分、レバノン北部上空からシリア国内の中部地区内の複数カ所に対してミサイル攻撃を行った。

シリア軍防空部隊はこれを迎撃、複数のミサイルを撃破、攻撃による死傷者はなかったが、若干の物的被害が発生した。

シリア人権監視団、2022年4月9日
シリア人権監視団、2022年4月9日

シリア人権監視団によると、ミサイル攻撃では、ハマー県西部のザーウィー村にある軍備管理学校、科学研究センター(防衛工場)、スワイダ村の軍事拠点1カ所、ミスヤーフ市に近い軍事拠点2カ所の計5カ所が狙われた。

攻撃を受けたのは、イラン・イスラーム革命防衛隊、レバノンのヒズブッラーが展開し、ミサイル、ドローンの開発が行われていたとされる地域だという。

動かない米国

シリア内戦に干渉を続ける主要な諸外国がシリアでの軍事行動を再開させるなか、唯一動いていないのが米国だ。

米国は、2015年末以来、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うとして、シリアのいかなる政治主体の承諾も得ずに、有志連合を始動してシリア領内各所に部隊を展開させ、各所に違法に基地を設置している。2019年以降は「テロとの戦い」に加えて、油田防衛を名目に駐留を継続、シリアで産出される石油や穀物をイラクに持ち出している。

筆者作成。
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SANAによると、4月9日にも、シリア国内で盗奪した石油を積んだトレーラー約60輌からなる車列が、米軍装甲車の護衛を受けて、国境に違法に設置されているワリード国境通行所を経由してイラクへと出港した。

米国が、ロシア、トルコ、「イランの民兵」、そしてイスラエルと同じようにシリアで軍事行動を再開すれば、こうした国際法上の違法の行為が注目されかねない。

そのことは、ウクライナでのロシア軍の軍事行動を国際法違反と指弾する米国にとっては不都合であることは言うまでもない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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