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シリア・ロシア両軍によるイドリブ攻撃が続くなか、アレッポ県にも戦闘が飛び火:「アフリーン虐殺」の悲劇

青山弘之東京外国語大学 教授
Syria TV、2021年6月6日

シリア北西部での戦闘が収まらない。

同地では6月6日に、「決戦」作戦司令室がシリア政府の支配下にあるイドリブ県ルワイハ村を砲撃し、ロシア軍兵士が死亡して以降、シリア軍の砲撃とロシア軍が反体制派の支配地域(いわゆる「解放区」)への爆撃を激化、「決戦」作戦司令室とそれを支援するトルコ軍による応戦が続いている。

「決戦」作戦司令室とは、「解放区」の軍事・治安権限を握るシリアのアル=カーイダのシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)、トルコの全面支援を受ける国民解放戦線(シリア国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)などからなる武装連合体。

6月10日には、シリア軍とロシア軍の攻撃で、シャーム解放機構軍事部門の公式報道官アブー・ハーリド・シャーミーを含む戦闘員9人と住民4人が死亡していた(詳細は「ロシア・シリア両軍がシリア北西部イドリブ県に対する爆撃・砲撃を激化:市民を狙った無差別攻撃か?」を参照)。

シリア軍とロシア軍の攻撃で住民2人死亡

6月11日に一旦は小康状態に入っていた戦闘は、6月12日に再び激しさを増した。

シリア軍は「決戦」作戦司令室の支配下にあるザーウィヤ山地方のバイニーン村近郊の灌木地帯で「決戦」作戦司令室と交戦する一方、マアッルザーフ町にあるトルコ軍拠点の外壁に対して攻撃を加えた。また、カフルラーター村を砲撃し、民間の車輌が砲弾の直撃を受けて、乗っていた男性1人が死亡、3人が負傷した。

対する「決戦」作戦司令室は、シャーム解放機構が政府支配下のムアスラーン村にある親ロシア民兵(シリア軍第5軍団)の拠点を砲撃し、複数を負傷させるともに、カフルナブル市、マアッラト・ヌウマーン市およびその一帯、ハマー県ガーブ平原のジューリーン村、ナーウール・ジューリーン村、アイン・ハマーム村、アイン・スライムー村、バラカ村、バフサ村にも攻撃を加えた。

シリア軍と「決戦」作戦司令室の砲撃戦は、ラタキア県キンサッバー町一帯、カッバーナ村一帯でも発生した。

Baladi-News、2021年6月12日
Baladi-News、2021年6月12日

ロシア軍戦闘機は、これらの攻撃への対抗措置として、ザーウィヤ山地方東部のマンタフ村、サルジャ村、ルイワハ村、バイニーン村に対して爆撃を行った。これにより、マンタフ村で女性1人が死亡、1人が負傷、サルジャ村で7人が負傷した。

トルコ占領下のアフリーン市が砲撃を受ける

戦闘はアレッポ県北西部にも波及した。同地ではトルコが2017年3月以降、アフリーン市一帯地域(いわゆる「オリーブの枝」地域)を占領下に置く一方、その南東に位置する地域(アレッポ市北西部)は、シリア政府と、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局によって共同統治されている。

トルコ軍とその支援を受けるシリア国民軍は、アフリーン市一帯の占領を維持するため、タッル・リフアト市を中心とするシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治地域に対して間断なく砲撃を続け、クルド人民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍、そしてアフリーン解放軍団を名乗る武装グループも、その奪還を狙って攻撃を繰り返してきた。

小競り合いは6月12日も発生し、トルコ軍シリア国民軍がタッル・リフアト市近郊のアキーバ村、バイナ村、フライビカ村を砲撃した。

ANHA、2021年6月12日
ANHA、2021年6月12日

いつもであれば、こうした砲撃は大事に至ることはない。だが、12日の日暮れ直前、アフリーン市に何者かが迫撃砲弾多数を打ち込んだのだ。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、砲撃は政府支配下のヌッブル市、ザフラー町(いずれもシーア派住民が暮らす)一帯から市内の西オートストラード、トルコ軍特殊部隊が駐留するファイサル・カッドゥール学校、スィヤーサ通り、アフリーン病院、アフリーン市とマーラーティー村を結ぶ街道に砲弾多数が着弾、7人が死亡、14人が負傷した。

ANHA、2021年6月12日
ANHA、2021年6月12日

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団は、シリア軍がアレッポ市北東のズィヤーラ村とイッビーン村の拠点複数カ所から砲撃を行ったとしたうえで、女性5人、子供2人、男性医師1人を含む民間人14人、シリア国民軍の司令官1人を含む戦闘員4人の計18人が死亡、少なくとも23人が負傷したと発表、病院などを狙った攻撃を「虐殺」と形容した。

トルコが報復したのは…

だが、トルコが報復の相手として選んだのは、シリア軍ではなかった。トルコ軍とシリア国民軍は、攻撃がシリア民主軍によるものだと断じ、アキーバ村、バイナ村、フライビカ村に加えて、ズィヤーラ村、スムーカ村、ハルバル村、ワフシーヤ村、アルカミーヤ村、シャワーリガ村、マルアナーズ村、ダイル・ジャマール村、アウダ国内避難民(IDPs)キャンプ(ズィヤーラ村近郊)一帯を砲撃した。この砲撃により、アキーバ村で12歳の子供が負傷した。

ANHA、2021年6月12日
ANHA、2021年6月12日

シリア人権監視団によると、トルコ軍が打ったロケット弾、迫撃砲弾は180発以上に及んだ。

攻撃は「急進勢力」によるもの?

これに対して、シリア民主軍の広報センターのファルハード・シャーミー・センター長は報道声明を出し、一部メディアがシリア民主軍による攻撃だと伝えたことに関して、迫撃砲が発射された地域にシリア民主軍の部隊は駐留していなかったとして関与を否定、すべての報道機関に信頼できる報道を行うよう呼びかけた。

また、ラタキア県のフマイミーム航空基地に設置されているロシア当事者和解調整センターも報道声明を出し、「シリア政府軍はアレッポ県北部のアフリーン市の住宅街を砲撃していない。アフリーン市内ではなく、同市周辺から急進的な勢力によって砲撃が行われた」と発表した。

シリア民主軍、ロシア当事者和解調整センターの主張の真偽は定かではない。だが、双方の主張通り、シリア民主軍、シリア軍のいずれも攻撃に関与していなかった場合、「急進勢力」として考え得る勢力としては、ヌッブル市、ザフラー町を拠点とするいわゆる「シーア派民兵」、あるいはアフリーン解放軍団だろう。

前者はシリア軍を支援する「同盟部隊」前者はYPGやシリア民主軍のフロント組織であり、どちらが関与していたとしても、攻撃が、その背後にいるシリア政府、PYDの政治的・軍事的意図を反映していることは明白である。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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