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シリアでアル=カーイダどうしの戦闘が激化する中、トルコ軍は政府軍を砲撃、有志連合もドローン爆撃を実施

青山弘之東京外国語大学 教授
Syria Now News、2020年6月24日

アル=カーイダ系組織どうしの軋轢

シリア北西部のイドリブ県では、ロシアとトルコが3月5日の首脳会談で緊張緩和地帯(第1ゾーン)の停戦に合意してから100日以上が経過したが、ここに来て、アル=カーイダの系譜を汲む組織どうしの対立が激化している。

対立の争点は、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線の安全確保の是非をめぐるもの。

停戦合意では、ロシアとシリア政府側の要求を反映させるかたちで、M4高速道路の南北にそれぞれ幅6キロの「安全回廊」を設置すると定められており、これを履行するため、トルコは沿線に部隊を展開させるとともに、ロシア軍と合同パトロールを実施してきた。

アル=カーイダの系譜を汲む組織は、この動きにこぞって異議を唱えた。だが、トルコの支援を受ける国民解放戦線(国民軍)と共闘するシリアのアル=カーイダことシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が最近になって態度を軟化させ、M4高速道路沿線から撤退したことで、軋轢が生じるようになった。

新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構、アンサール・イスラーム集団、アンサール・ディーン戦線といった組織は、ジハード調整、アンサール戦士旅団とともに6月14日に「堅固に持せよ」作戦司令室を結成し糾合、ロシア、イラン、そしてシリア政府への徹底抗戦を呼びかけた(「反ロシア・トルコ化するシリアのアル=カーイダ系組織の司令官を米主導の有志連合ドローンがミサイルで殺害」を参照)。

シャーム解放機構による粛清

両者の対立は6月22日に表面化した。

シャーム解放機構の治安部隊は、イドリブ市郊外にある元幹部司令官のアブー・マーリク・タッリー(本名ジャマール・アイニーヤ)の自宅を包囲、アブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者の命令の下に同氏を逮捕したのである。

タッリーは、2014年3月のダマスカス郊外県マアルーラー市襲撃と聖タクラー教会修道女拉致の首謀者。4月7日にシャーム解放機構を離反し、新たな武装グループを結成、最近になって「堅固に持せよ」作戦司令室に参加していた。

al-Sharq al-Awsat、2020年6月22日
al-Sharq al-Awsat、2020年6月22日

逮捕に関して、シャーム解放機構の中央フォローアップ委員会は声明のなかで、組織を離反し、新たな組織の結成を再三にわたって試みることで、混乱を助長し、隊列を分断し、破壊行為を奨励したために逮捕に至ったと説明した。

粛清は続いた。

シャーム解放機構は6月23日、トルコ国境に近いイドリブ県のアティマ村で、支援活動家のアブー・フサーム・ビリーターニー(英国人)を逮捕した。

Baladi News、2020年6月24日
Baladi News、2020年6月24日

シリア北西部で学校や慈善協会を設立・指導するなど、積極的な支援活動を行ってきたビリーターニー氏の逮捕は、「堅固に持せよ」作戦司令室に参加する組織の一つジハード調整を率いるアブー・アブド・アシュダーを支援し、「堅固に持せよ」作戦司令室に参加したのが理由とされた。

なお、これに先立って、シャーム解放機構は6月18日にもイドリブ市近郊で元幹部の1人でウズベク人のアブー・サーリフ・ウーズビキー氏(本名スィロジディン・ムフタロフ)を、随行していた2人とともに逮捕していた。

ウーズビキー氏は、ウズベク人、タジク人、新疆ウィグル自治区出身者からなるタウヒード・ワ・ジハード大隊を結成・主導し、シャーム解放機構の傘下で活動を続けていた人物だが、最近になって離反し、フッラース・ディーン機構に参加していた。

Baladi News、2020年6月23日
Baladi News、2020年6月23日

「堅固に持せよ」作戦司令室がイドリブ市に迫る

タッリーの即時釈放が受け入れられない場合、報復も辞さないとの姿勢を示していた「堅固に持せよ」作戦司令室は行動に出た。

Eldorar、2020年6月24日
Eldorar、2020年6月24日

「堅固に持せよ」作戦司令室を主導する新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構は6月23日、イドリブ市西にあるシャーム解放機構の検問所(クーンサルーワ検問所)を襲撃し、これを制圧したのだ。

これに対して、シャーム解放機構もイドリブ市近郊にある「堅固に持せよ」作戦司令室の検問所を襲撃、激しい戦闘となった。

6月24日に入ると、シャーム解放機構は、イドリブ市の北西に位置するアラブ・サイード村および同村一帯に展開する「堅固に持せよ」作戦司令室に砲撃を加え、同地で激しい戦闘が発生した。

これにより、女性1人を含む4人が砲撃戦に巻き込まれて負傷した。また、アラブ・サイード村の住民数十人が避難を余儀なくされた。

戦闘激化を受け、シャーム解放機構は増援部隊を集結させ、イドリブ市西部からアラブ・サイード村いたる地域の街道を封鎖した。また、ルージュ平原の街道分岐路に展開し、アルマナーズ市やアラブ・サイード村に至る街道を封鎖した。

対するフッラース・ディーン機構は、M4高速道路沿線の拠点都市であるジスル・シュグール市北のヤアクービーヤ村に設置されているシャーム解放機構の検問所を襲撃した。

これを受け、シャーム解放機構はその北東に位置するダルクーシュ町に至る街道を封鎖した。

交戦しているのはアル=カーイダだけではない

アル=カーイダの系譜を汲む組織どうしの戦闘が激しさを増すなか、シリア軍とトルコ軍の緊張も増した。

トルコ軍は6月22日、シリア軍が「決戦」作戦司令室支配下のザーウィヤ山地方のフライフィル村、バーラ村、バイニーン村、ハルーバ村、カフル・ウワイド村、スフーフン村、ファッティーラ村を砲撃したとして、シリア政府支配下のサラーキブ市一帯を砲撃した。

これに対して、シリア軍は6月23日深夜から24日早朝にかけて、ザーウィヤ山地方のバイニーン村近郊の灌木地帯に進攻し、「決戦」作戦司令室と激しく交戦した。

数時間にわたる戦闘で、国民解放戦線の戦闘員4人とシリア軍兵士3人が死亡した。

シリア軍はまた、サーウィヤ山地方のカフル・ウワイド村、スフーフン村を砲撃したが、これに対して、トルコ軍も反撃、サラーキブ市南に展開するシリア軍の拠点複数カ所を砲撃した。

さらに有志連合も爆撃か?!

それだけではなかった。

6月24日夕刻、米主導の有志連合所属と思われる無人航空機(ドローン)が、イドリブ市東のビンニシュ市上空に飛来、同市の街道を走行中の軍用車輌をミサイル攻撃し、運転手1人が死亡した。

死亡した運転手の身元は不明だが、有志連合は、2019年10月にイスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者が潜伏していたとされるイドリブ県北部を爆撃、これを殺害するなど、しばしば介入しており、今回の爆撃もそうした軍事行動の一環をなしているものと推察される。

(付記)その後(6月25日)、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、この攻撃で「堅固に持せよ」作戦司令室の司令官1人に加えて、住民1人が死亡したと発表した。6月26日、29日に加筆。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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