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シリアでは新型コロナウィルス感染症対策が若干緩和されたが、支配勢力間の軋轢は続く

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2020年4月20日

政府は新型コロナウィルス感染症対策で若干の制限緩和

シリアのイマード・ハミース内閣は4月13日、新型コロナウィルス感染症対策の実施状況についての評価を行い、機械工、自動車の電気系統、農業機械とコンバインの整備・保守点検、鍛冶工、大工業、縫製工、農業生産および灌漑関連の製品の販売を、生産活動継続に必要な業種とみなし、混雑回避策や感染予防対策を講じたうえで、必要最低限での操業を認めることを決定した。

また16日に開催されたハミース内閣新型コロナウィルス対策チームの会合では、20日月曜日と21日火曜日の2日間に限り、全県住民の県外への移動を認めることを決定した。

移動許可は、各都市の入口に医療チームを待機させ、出入りする住民への検査を義務づけるかたちで実施された。

SANA、2020年4月20日
SANA、2020年4月20日

さらに18日の対策チームの会合では、ラマダーン月が始まる23日からの外出禁止時間を午後7時30分から翌午前6時までに変更することを決定した。

3月24日に発動された外出禁止令は、午後6時から翌午前6時までの外出を禁止していた。

またラマダーン月期間中も都市間、都市農村間、県外への移動を禁止することを確認した。

その一方で、内務省は15日、新型コロナウィルス感染症対策として行っている県外への移動禁止措置(3月31日発令)を5月2日まで延長することを決定した。

北・東シリア自治局も若干の制限緩和

クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導し、シリア北東部を実効支配する北・東シリア自治局も4月13日、支配地域内の農業従事者に対して、新型コロナウィルス感染症対策として実施している外出禁止令を条件付きで解除することを決定した。

これにより、農業従事者は、職場・農地に移動すること、その際に10人以下で移動することを認められた。

北・東シリア自治局はまた21日、3月23日に発出された外出禁止令の期間を5月1日まで延長すると発表する一方で、農業、製薬、食品販売、建築、両替部門において外出禁止令を一部解除することを決定した。

これにより、これらの部門の事業主は外出禁止時間中も営業が可能となった。

一方、北・東シリア自治局傘下のスィーマルカー国境通行所局(ハサカ県)は4月20日、新型コロナウィルス感染症対策を十分に講じたうえで、イラクとの国境を流れるチグリス川に設置されている通行所を再開したと発表した。

ANHA、2020年4月20日
ANHA、2020年4月20日

トルコはアル=カーイダ支配地と占領地で予防対策

トルコ内務省災害緊急事態対策庁(AFAD)のメフメット・ギュルオール総裁は4月13日、トルコ・アメリカ国家運営員会(TASC)のテレビ会合で、シリア北部での新型コロナウィルス感染症対策について、感染を防止するための緊急の措置を講じていると述べた。

ギュルオール総裁は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握するイドリブ県で感染者は確認されていないとしたうえで、「イドリブ県では移動規制がかけられている。これは良いことだ。しかし、我々は重点的に事態を追っている」と述べた。

一方、トルコのガジアンテップで活動する暫定内閣(シリア革命反体制勢力国民連立傘下組織)は4月17日、トルコの占領下にあるアレッポ県北部(「ユーフラテスの盾」地域および「オリーブの枝」地域)で、12歳~65歳の住民に対する外出禁止令を発出したと発表した。

感染者・死者数の推移

保健省の発表によると、13日から21日までの間に、新たに14人の新型コロナウィルス感染者が確認される一方、1人が死亡、1人が回復した。

感染者は14日に4人、15日に4人、17日に5人、19日に1人、21日に1人それぞれ確認され、19日に1人が死亡、21日に1人が回復した。

これにより、21日現在のシリア国内での感染者数は計42人、うち死亡したのは3人、回復したのは6人となった。

SANA、2020年4月21日
SANA、2020年4月21日

これに関して、ニザール・ヤーズジー保健大臣は21日の記者会見で、国内で確認されている新型コロナウィルス感染者全員が、現在ダマスカス県とダマスカス郊外県で隔離されており、それ以外の県で感染者は確認・隔離されていないことを明らかにした。

また、これまでに回復した6人については、感染防止対策チームが5日毎に検査を行うなどして、容態を監視していると付言した。

これに先立ち、保健省のアーティフ・タウィール感染症慢性疾患局長補は4月18日の会見で、2月5日から4月17日までの2ヶ月強で、PCR検査を行うために政府の施設で隔離された人の数が2,115人にのぼり、うち217人が今も施設にとどまって、検査結果を待っていることを明らかにした。

しかし、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は4月19日「信頼できる複数の医療筋」から得た情報として、シリア政府支配地域内での新型コロナウィルス感染者数が98人に達していると発表した。

うちラタキア県の感染者が37人、タルトゥース県が21人、アレッポ県、ダマスカス県、ハマー県、ヒムス県、ダルアー県が40人だという。

分断がもたらす軋轢続く

ハサカ県では、シリア人権監視団によると、北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)が14日、ハサカ市で新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐための隔離要請を拒否したシリア軍兵士1人を拘束、隔離施設に収容した。

隔離施設に収容されたこの兵士は、最近除隊し、ハサカ市に帰省したが、自治局当局による専用施設での14日間の隔離要請を拒否していた。

拘束後、初期検査を行った結果、微熱が確認されたため、家族5人とともに、14日晩にハサカ市郊外のラッド・シャクラー村に設置されている隔離施設に移送された。

一方、北・東シリア自治局の保健委員会(保健省に相当)は17日に声明を出し、世界保健機関(WHO)がシリア政府との共同統治下にあるハサカ県カーミシュリー市で新型コロナウィスル感染者1人が死亡したと発表したことを明らかにしたうえで、自治局支配地域で感染が拡大した場合の責任はWHOにあると非難した。

声明によると、死亡したのは53歳の男性。3月22日に発症してカーミシュリー市内の市立病院に入院、27日に市内の国立病院に転院し、29日にPCR検査を受けたが、感染が確認される前の4月2日に死亡したという。

声明では、WHOがこの事実を自治局に開示しなかったと指摘、支配地域内で感染が拡大した場合の責任はWHOにあると非難した。

なお、シリアの保健省は3月29日、30日、そして4月19日に感染者がそれぞれ1人ずつ死亡したと発表している。

トルコは感染者に北・東シリア自治局支配地域への移住を強要?

PYDに近いサイトのANHAは15日、複数の情報筋の話として、トルコの占領下にあるラッカ県タッル・アブヤド市近郊の占領地内で、トルコ軍が新型コロナウィルスに感染した5人に対して、金銭を支払う見返りとして、北・東シリア自治局支配地域に移動するよう強要していると伝えた。

同情報筋によると、5人はスルーク町で感染が確認されたという。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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