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平成のレシピは時短で始まり、時短で終わる。

阿古真理作家・生活史研究家
話題になった時短レシピ本は数多い。(筆者撮影)

 ここ数年、家事はリストラの時代に突入している。「解雇」という意味ではもちろんなく、「リストラクチャリング=再構築」という本来の意味である。共働き世帯が専業主婦世帯を上回って20年。家事を担う人がフルタイムで働くことが珍しくなくなっているのに、あるべき家事はいまだに専業主婦のやり方を前提にしている。現実に即したやり方に構築し直そう、という機運が高まっている。

 その波はレシピの世界にも押し寄せ、「簡単」「つくりおき」といったキーワードの人気が高い。平成が終わろうとする今、家庭料理は転換期を迎えているのかもしれない。そこで今回は、平成を総括する意味も含めて、時短料理トレンドを振り返ってみたい。

料理レシピ本大賞in Japanに表れた、つくりおきブーム

 昨年9月に発表された料理レシピ本大賞in Japanについては、すでに別記事「ていねいな料理」からの脱却?で解説しているが、前年のレシピ本のトレンドがつかめる受賞作には、大賞が『みそ汁はおかずです』(瀬尾幸子、学研プラス)など、簡単レシピやつくりおきレシピの本が目立った。もともと、家事のリストラが始まる2014年に開始した料理レシピ本大賞in Japanでは、時短料理のレシピ本はよく選ばれる傾向がある。第1回の料理部門の大賞受賞作は、『常備菜』(主婦と生活社、飛田和緒)だった。同書の受賞が、2010年代半ばのつくりおきレシピブームに火をつけたのかもしれない。

 その後の受賞作のラインナップも簡単に振り返ってみよう。2015年の料理部門大賞は瀬尾幸子の『ラクうまごはんのコツ』(新星出版社)で、お菓子部門の大賞も『作りおきスイーツ』(主婦の友社)。2016年は『つくおき』(nozomi、光文社)が料理部門の大賞を受賞。同年、『作りおきのラクうまおかず350』(平岡淳子、ナツメ社)、『夫もやせるおかず 作りおき』(柳澤英子、小学館)などが入賞している。

 くり返し大賞を受賞している瀬尾幸子は、2007年に出したヒット作『おつまみ横丁』(池田書店)以降、コンスタントに肩の力が抜けた地味で簡単に作れる料理の本を出す料理研究家だ。

 主婦が日頃からつくっているようなおかずを紹介するシリーズがウケる理由は、三つ考えられる。まず、働く女性が主流になり、家庭料理が主婦の奮闘ぶりをアピールする場でなくなったこと。二つ目は、初心者など料理経験が少ない人でも台所に立つ機会が増え、簡単な料理から知りたい人が多くなったこと。三つめは、外食や中食が当たり前になって、手が込んだ料理は外で食べるなど、使い分けする人が多いのではないかと考えられることだ。

時短トレンドの山は二回ある。

 平成の時短料理を定点観測するには、『きょうの料理』テキストを調べるのが早い。平成30年分のテキストを見ると、ブームの山は1990年代と2010年代にあることが分かる。2000年代も簡単さやスピードを謳う企画はあるものの、数が少なく存在感は弱い。この時期はスローフードブームだったこともあり、逆にゆっくり料理を楽しもう、といった企画が目立つ。

 つくりおきレシピは、2014年3月号のテキスト企画、「あれば便利なストック肉」(中川たま)や、2015年4月号「ストックしてらくらく朝食」(桑原櫻子、田中愛子)、2017年5月号のテキスト企画、「冷凍肉ストックで!毎日困らないおかず」(堤人美)などで紹介されている。

 1990年代の流行を振り返ってみると、10分、15分、といった調理時間を表示する企画などダイレクトにスピードを謳うものが多い。1991年5月号「平野レミ・小林カツ代のおすすめスピード料理」、1993年9月号のテキスト企画「帰宅後30分でできるおかず」(有元葉子)などがそれである。そして、1995年から「20分で晩ごはん」シリーズがスタートしている。料理研究家が一人で解説と料理を行い、実際に20分間の収録時間中に完成させるもので、小林カツ代が提案した。2005年まで続いたのち、何度も復活している人気企画である。

 1990年代には、時短という提案自体が目新しかったことが分かる。この頃は男女雇用機会均等法の施行に続いて、平成不況となり共働き家庭が増えた時代だった。

 その頃普及が広まっていた電子レンジ、スピードカッターなど、道具を使った時短企画も目立つ。1994年5月号の「電子レンジ・フードプロセッサーで料理上手」(栗原はるみ、柳沢由子)などである。

 道具一つでできるレシピは、コンスタントに紹介されている。最初は1994年10月号のテキスト企画「なべ一つフライパン一つでアイデア・メニュー」(枝元なほみ)だ。2004年3月号では「フライパンひとつで洋風おかず」(小林カツ代、上野万梨子)、2009年10月号「フライパンひとつで魚料理」(斉藤辰夫、上野万梨子)、2015年1月号のテキスト企画「フライパンで!手間なし蒸し料理」(小林まさみ)などがある。

 今やテレビ番組でサバの味噌煮をフライパンで料理する光景は珍しくなくなったが、昭和の時代は鍋と落しぶたを使っていた。サバの味噌煮のフライパンレシピを最初に紹介したのはおそらく小林カツ代で、1995年に出た『小林カツ代のフライパン1つあれば!』(雄鶏社)に掲載されている。その前年、小林は『料理の鉄人』(フジテレビ系)に出演し、フライパンで肉じゃがを作って鉄人の陳健一に勝ち、幅広い層に知られる存在になっていた。

小林カツ代という巨人

 平成は、火が通りやすい食材を使う、道具を見直す、プロセスを簡略化する、一つの鍋で同時に二つの料理を作るなど、時短の工夫がさまざまな料理家によって提案された時代である。瀬尾のほか、2002年に『TVチャンピオン』(テレビ東京系)でデビューした奥薗壽子、年間数十冊もレシピ本を出し、テレビCMにも出演する売れっ子の浜内千波も、簡単に作れるレシピを提案し続けている。『金曜日のスマたちへ』(TBS系)で2015年4月17日に取り上げられた平野レミも、時短料理が看板である。

 しかし、代表する一人を選ぶとしたら、小林カツ代をおいて他にないだろう。2005年8月にくも膜下出血で倒れた小林は、2014年1月に76歳で亡くなった。しかし、亡くなった後もレシピ本は売れ続けて、再編集した本が出る、語録が出版される、評伝まで出ると異例の人気ぶりを発揮している。料理研究家で死後も次々と本が出る人は他にいない。それは小林が稀有な料理研究家だったからだ。実は私も、小林カツ代を中心にした料理研究家史『小林カツ代と栗原はるみ』(新潮新書)を出している。

評伝や著書の復刊など、没後に小林カツ代の本が次々と出版されている。
評伝や著書の復刊など、没後に小林カツ代の本が次々と出版されている。

 小林が時短料理で注目されたきっかけは、1980年に時短の工夫を随所にちりばめた『小林カツ代のらくらくクッキング』(文化出版局)を出したことである。働く女性が増え始めた時代の追い風に乗り、初心者が失敗しないことを念頭に、今や当たり前になった数々の時短の工夫を数多く提案していった。

なぜ小林カツ代がウケたのか?

 小林が時代の寵児となった1980年代~1990年代は、男性の家庭進出はほとんど進んでおらず、仕事を持つ既婚女性たちは家事を全面的に背負って時間をやりくりしなければならなかった。2000年頃に爆発したデパ地下ブームは、都心で働く既婚女性たちが、自宅近くのスーパーは閉店時間に間に合わないから、とデパ地下で食材や総菜を買うようになっていたことがベースにある。

 しかもこの頃はまだ、手間がかかる料理が家庭で求められていた。小林のヒットレシピ、「わが道をゆくワンタン」は、ワンタンを手作りしてスープに入れるやり方が普通だったことを前提に生み出された。ロールキャベツやハンバーグ、餃子など、昭和に人気が出た家庭料理は、手間がかかるものが多い。そして献立は日替わりで、一汁三菜など品数も求められた。「働かせてもらっているからには、家事も手を抜かない」約束をさせられた女性たちは、時短料理を作ることで日々を乗り切ったのである

 料理が手間をかけるものになったのは、専業主婦が急速に増えて多数派になった高度成長期に、食卓革命が起こったことが大きい。食材の選択肢が豊富になり、家電が普及するなどキッチンが便利になった。そういう時代に育った男女が結婚した1990年代は、時短で手抜きしたと思われないようにするため、豪華な家庭料理が多かった。

 『小林カツ代のらくらくクッキング』に出てくる料理は、鶏を丸ごと揚げた「チキンドカントフライ」、魚をホワイトソースで煮た「白身魚のボンファム」、具材が何種類も入った「サラダニソワーズ」など、ごちそうが目立つ。レストランのように手間をかけたおいしい料理は食べたいが、少しでもラクに作りたい。そんなジレンマが見えるようだ。

 対して、手元にある瀬尾幸子の『一人ぶんから作れるラクうまごはん』(新星出版社)を観ると、「小松菜とちくわのゴマ和え」「鶏スープかけご飯」「牛肉と春菊の韓国風さっと煮」「レンジ肉じゃが」など、火の通りが早くすぐできそうな料理が並ぶ。

 平成は、バブル景気のピークに始まった。経済が右肩上がりで、家庭料理はどんどん高度になった後である。しかし、毎日ごちそうを食べる必然性はあるのか。豊かになった結果、当時は成人病と呼んだ生活習慣病にかかる人の増加も、社会問題になっていった。

 しかし共働きが当たり前になって長くなり、外食・中食の選択肢が増えたことで、家庭料理は、シンプルなものが求められるようになったのかもしれない。毎日がごちそうだった昭和は遠くなった。今、私たちは料理にハレとケを使い分ける技を身に着けたのである

作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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