本を「見る」だけで初心者も料理が作れる? 視覚化にこだわった簡単レシピ本が生まれた背景とは
料理レシピ本大賞で、簡単レシピの本が脚光を浴びたのは9月だった。
確かに今、書店の料理コーナーには、一連の受賞作はもちろん、『重ねて煮るだけ!おいしいおかず』(牛尾理恵、学研プラス)といった簡単レシピ本や、『料理のその手間、いりません』(柳澤英子、小学館)といったノウハウを綴ったエッセイ本などが並んでいる。
その中でひときわ目立つのが、10月に出た『並べて 包んで 焼くだけ レシピ』(上田淳子、主婦と生活社)だ。タイトルの通り、クッキングシートに素材と調味料を並べ、密封して加熱するだけで完成する料理のレシピ本。発売前からインターネットに流れた宣伝用プロセスの動画は、41万回も再生されている。
同書が画期的なのは、見開きの左側に型紙のごとく、素材の並べ方が原寸大でイラスト化されていることだ。読者は左ページのイラスト上にクッキングシートを敷き、イラストの形状に沿って素材を並べるだけでいい。さらに親切なことに、文章を読むのが苦手な人でも作り方がわかるし、「調味料の『少々』の量がわからない」、「並べろと言われても、どんなふうに置いたらいいかわからない」といった疑問も、一目で解決できてしまう。
加熱時間は3分~15分、と時短料理でもある。使うのは、オーブン、電子レンジ、フライパンのいずれか。鍋は使わないため、洗い物もほとんど出ない。クッキングシートが水分を逃がさず染みたりしないので、シートごと盛れば皿もほとんど汚さなくてすむ。しかも見た目がおしゃれ。開封した途端、おいしそうな香りが漂う楽しみもある。
画期的な本は、どうやってできたのか。著者の料理研究家、上田淳子さんと、担当編集者の小田真一さんに聞いた。
発想の源はフランス料理。
この本を企画した主婦と生活社の小田さんは、ふだんからアマゾンのフランス版サイトでレシピ本をチェックし、気になる本を取り寄せているという。「料理書の出版点数は、日本とフランスが双璧で多い。日本とは異なる文脈での本作りは非常に参考になるし、日本ではそれがオリジナリティになる。アマゾンで気軽に買える前は、洋書を扱う店で探していた」と小田さんは言う。
小田さんが担当した10万部の大ヒット作『魔法のケーキ』(荻田直子、主婦と生活社)も、フランスの流行から企画した。ちなみに、「魔法のケーキ」とは、一つの生地しか作っていないのに、焼き上がりのケーキは3層に分かれるという、まさに魔法のようなレシピで作られたスイーツである。
今回のレシピ本の企画は、今年の4月にフランスで型紙つきビジュアルレシピ本が出版されたことがもとになった。
「最近、なるべくレシピの文字を読みたくないという潮流がある。でも、全部プロセスカットで紹介するのも大変だし、わかりやすいとは限らない。『レシピを視覚化したい』と思っていたところで、このシリーズを見つけたんです。見ただけで材料も、作り方もわかる。これなら再現性が高くミスが少ない。楽しく作っていただけるのではないかと考え、クッキングシートの扱いに慣れていて、かつフランス料理にもくわしい上田先生にお願いしました」と話す。
上田さんは辻学園調理技術専門学校を卒業したのち、フランスやスイスのレストランで修業した経験があり、本格的なフランス料理の技術もある。今も年に一度はフランスを訪れるフランス通で、『フランス人は、3つの調理法で野菜を食べる。』(誠文堂新光社)などの著書も出している。
また、関西に住む母が倒れてしまった際に、料理がまったくできない父に東京から料理を届けるため、素材をクッキングシートに包んで冷凍し、クール宅急便で実家に送っていた。おかげで料理がまったくできない大正生まれの父が、包みを電子レンジで加熱するだけでちゃんとした食事ができた。ほかにも困っている人はいるのではないか、と『離れている家族に冷凍お届けご飯』(講談社)という本にまとめたことがあった。
紙に包んでオーブンで焼く料理は、フランスで長い伝統がある。「ちょうちょ(フランス語でパピヨン)型に包むことと紙を使うことを掛けて『パピヨット』と呼びます。ハトロン紙→アルミホイル→くっつかないオーブンペーパー、と包むものは変わってきています。レストランのメニューや、来客が多いけど個別に料理を出したいおもてなしの際に使われる調理法です」と上田さん。ご自身の経験とフランスの伝統、そして今レシピ本に求められている要素が組み合わさって今回の1冊が生まれたと言える。
フランスでも日本と同様、働く女性が増えて料理に割く時間は減っている。しかし、「日本ほど完全に出来上がった料理はあまり売られていないんです。コンビニもない、お惣菜もそんなにない、デパ地下文化もない。しかも市場の総菜屋は夜7時半には閉まる。スーパーや冷凍食品専門店のピカールなどで買うしかないですが、その種類も限られている。加えて、フランス人は冷たいものを食べることを嫌うので、自分で加熱調理することがどうしても必要なんです」と話す。
10歳~80歳まで、誰でも簡単に作れる
今回の本は、料理経験がない人、「めんどくさい」と思っている人、気軽にお客さんを呼んで食べさせたい人などに向けて作った。使う素材はスーパーで手に入る日常的なものばかり。気をつけたのは、オーブンが家にない人でも作れるよう、電子レンジやフライパン調理にも対応したことだ。フライパン以外は直火を使わないので、子どもやお年寄りでも、見て使えるレシピなのである。
紹介されているレシピは、バラエティ豊かだ。「チーズタッカルビ」、「タンドーリチキン」などの流行の料理もあれば、「豚肉の塩ねぎしょうが焼き」、「トマトえびチリ」などの身近なお惣菜もある。もちろん、「鶏肉とにんじんのオレンジはちみつ風味」、「鶏手羽中とごぼうのバルサミコ風味」などのおしゃれな料理もある。肉または魚介類と野菜が入った主菜になる料理を中心に、野菜の副菜、デザート、麺類、合計37種類が紹介されている。
主菜として紹介されている料理は、ご飯かパンを添えれば一品で食事として成り立つ。スープを作って添えてもいいし、糖質制限ダイエットなどをしている人は、主食抜きでこれだけ食べることもできる。手間いらずの助っ人料理でもある。
注意点はクッキングシートに表示されている上限温度、例えば旭化成ホームプロダクツ製なら250度以上に加熱しないこと。オーブントースター、フライパンの強火は紙が燃えてしまうので避けよう。フライパンで調理する場合は、下に水を入れる。
上田さんが簡単に作れる料理を提案するのは、「そんなに気負わないで何か作って食べようよ」と願っているからだ。「外食は食べる人の好みや体を考えて作っているとは限らない。ホッとする味わいのものを自分で気軽に作る。上手に使い分ける生活をしたほうが、心と体のためになる。そして、地震など何か起こったときに、紙と電子レンジもしくはフライパンと、熱源があればなんとかなると知ってほしい」と上田さんは訴える。
温故知新の調理法、「蒸し焼き」の魅力とは?
スーパーに売っているクッキングシートは便利な材料だと上田さんは言う。「表面をシリコーン樹脂で加工している丈夫な紙で、昔流行ったホイル焼きのように、破れて液だれする心配がほとんどありません。焦げつかないし、素材がシートにくっつくこともない。シート自体が安い。実はシュウマイや蒸しギョウザなどもこれで作れるんですよ」と熱弁する。
「紙の中という小さな空間で素材から出る蒸気で蒸すので、焼き加減だけ気をつければ失敗が少ない。包むことで紙の両端が上がるので、入れた調味料は自然に下に落ちる。全体に味が回るので、味ムラもできにくい。ゆでると煮崩れる心配があるけど、これは煮崩れない。もう一つ付け加えると、調理中に食材を触らないで済む。実は触りすぎて料理を失敗する人は多いんです。触りすぎると、焼き色がつかない、うまみが逃げる、煮崩れるなどの失敗につながる。またこの調理法だと、油脂も最小限で済みます」と上田さん。
蒸気で加熱するこの調理法の魅力は、実はフランス人だけでなく、昔の日本人も知っていたものだ。電子レンジが普及する前、どこの家庭にも蒸し器があった。さつまいもを蒸す、冷えたご飯を温める、蒸しパンやまんじゅうなどのおやつを作るなど、さまざまな場面で蒸す技術は使われていた。調理時間が短く失敗が少なく、使う水の量も少なくて済む。昔の蒸し料理は、フライパン料理のように油脂も使わなかった。ヘルシーで効率的な調理法だったのである。それが今、忘れられている。
今はかさばるなどの理由で蒸し器を持たない人は増えたが、クッキングシートを買えば誰でも蒸し料理は作れるのだ。昔ながらの知恵に注目し、現代的にバージョンアップした紙包み焼き。慣れてくれば自分なりのアレンジもできそうだ。紙包み焼きの世界は、これから広がっていくのかもしれない。