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射点に登場 打上げを待つJAXA新型基幹ロケット「H3」と12年ぶりの光学地球観測衛星「だいち3号」

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
射点へ移動中のH3試験機1号機 撮影:秋山文野

2023年2月16日、JAXAは日本の新型液体基幹ロケット「H3」の試験機1号機を鹿児島県の種子島宇宙センターの整備組立棟から射点へ移動させる作業を行った。H3試験機1号機は、日本時間の明日2月17日午前10時37分55秒に先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」を搭載し打ち上げられる。

JAXAと三菱重工業が2021年度からの運用開始を目指して開発を進める新型液体ロケット「H3」は、現在の基幹ロケット「H-IIA」からエンジンを一新し、国際的な人工衛星の打上げニーズに合わせた能力と受注から打上げまでの迅速化、回数の拡大を目指して2014年から開発プロジェクトがスタートした。2段式で全長63メートル、高度500キロメートルのSSO(太陽同期)軌道に4トン以上の打ち上げ能力を持つ。新型エンジンLE-9を第1段に2式備え、固体ロケットブースター2本/4本、またはLE-9を3式と固体ロケットブースターなしの3形態がある。エンジン、機体ともに新型のロケット開発はおよそ20年ぶりとなる。

開発当初の目標では、2020年度中に試験機1号機に地球観測衛星「だいち3号」を搭載し初打ち上げを行う予定だったが、2020年5月に第1段のLE-9エンジン認定燃焼試験で燃焼室内壁に穴が開く現象と液体水素ターボポンプの一部が疲労で劣化する事象が見つかり、2021年に初打ち上げを延期。2021年にはさらに水素・酸素ターボポンプの不具合を解消するため再度の打ち上げ延期となった。2022年11月には不具合を乗り越えて機体にエンジンを取り付けた状態での燃焼試験をクリア、ついに試験機1号機の打ち上げを迎えた。

H3は、試験機の段階から衛星を模したダミーなどではなく人工衛星を打ち上げるという意味でチャレンジングだ。搭載されるだいち3号は、2006年から2011年まで運用された陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」の後継機となる光学地球観測衛星。JAXAは2014年以降、レーダーで地球表面を観測する「だいち2号」を運用していたものの、可視光や赤外線で観測する光学衛星は運用していなかった。だいち3号は、12年ぶりの日本の主力地球観測衛星になる。

先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」 Credit:JAXA
先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」 Credit:JAXA

だいちシリーズの光学衛星が不在だった12年間、世界では地球観測衛星の商用企業が台頭し、従来の防災や安全保障分野から、環境・気候変動対策や経済分析まで衛星データの利用は飛躍的に拡大した。光学衛星では米国のMaxarや欧州のエアバス・ディフェンス・アンド・スペースに代表される、「サブメートル級」と呼ばれる解像度1メートル以下の高精細な撮像能力を持つ衛星の利用が広まった。中国も「高分」衛星シリーズを整備し、すでに日本のALOSシリーズを追い抜いて光学・レーダー衛星を7機打ち上げた。すでに解像度0.8メートルの光学衛星もあり、日本はだいちからのブランク10年とH3遅延を合わせた12年、世界から遅れた状態にある。また、米国のPlanetに代表される複数の衛星によるコンステレーションで1日1回以上の高頻度撮像を実現し、大量の撮像データを生成する動きも広がっている。

残念ながら世界の動きを後追いするかたちになっただいち3号だが、ALOSで培った光学系の技術を発展させ、分解能0.8メートルのサブメートル級に追いついた。また高解像度衛星の多くが「観測幅」と呼ばれる一度に観測できる東西方向の長さが10数キロメートルであるのに対し、だいち3号は観測幅70キロメートルを実現。広い範囲を観測できることで、衛星コンステレーションに対して1機という制約を補う。さらに、だいちで可能だった可視光(RGB)と近赤外の波長に加えて、水中をある程度見通せる(水が澄んで条件が良ければ水深30メートル程度まで)「コースタル」と、枯れたり弱ったりした植物を判別できる「レッドエッジ」2波長の観測能力を追加。主に漁業や農業、環境分野での用途を拡大できるようになった。

こうしただいち3号の能力増強に応えるという使命を帯びて、H3試験機1号機は打ち上げられる。全長約57メートル、衛星を除く全備質量は約422トン、第1段LE-9エンジン2式と固体ロケットブースタ2本、衛星に合わせた短いフェアリングを備えた「H3-22S」構成となる。

当初は2月12日に設定されていた打ち上げ日だが、1月のH-IIA46号機打ち上げに伴うスケジュール調整と天候の問題で数日延期され、リフトオフは2月17日の朝となった。打ち上げ時間の10時37分は、衛星のだいち3号が地球上のどこでも10時30分ごろの決まった時間に観測を行う都合で決められている。

組立整備棟(VAB)から現れたH3試験機1号機 撮影:秋山文野
組立整備棟(VAB)から現れたH3試験機1号機 撮影:秋山文野

無事に射点へ到着。打上げを待つH3試験機1号機/ALOS-3 撮影:秋山文野
無事に射点へ到着。打上げを待つH3試験機1号機/ALOS-3 撮影:秋山文野

2月16日は、H3の機体が整備組立棟から引き出され、専用のドーリーに載せられて射点へ移動させる作業が行われた。天候は穏やかな晴れで風も弱く、明日に備えて幸先の良い天気となった。16時ごろ始まった移動は30分ほどで順調に進み、H3試験機1号機とだいち3号は種子島宇宙センターの射点で打ち上げを待っている。

打ち上げ当日の予定

2月17日は前日深夜から引き続いて午前2時ごろまで液体水素、液体酸素の推進剤充填が行われる。予定時刻の60分前、午前9時40分ごろには天候などの状況から打ち上げの可否を決める第3回GO/NOGO判断、10時30分ごろには最終のGO/NOGO判断を行う。

リフトオフ後、H3は種子島から南側の海上へ飛行し、赤道に近いインドネシアのハルマヘラ島東側の上空で約17分後にだいち3号を分離する。目標の軌道は高度669キロメートルで地球を南北に周回する軌道だ。

H3/だいち3号の打ち上げ主要イベント

リフトオフ後秒時(s):イベント

0.000 :リフトオフ

116.217 :SRB-3分離

211.355 :衛星フェアリング分離

296.410 :主エンジン燃焼停止(MECO)

303.399 :第1段・第2段分離

315.840 :第2段エンジン第1回推力立上り(SELI1)

982.019 :第2段エンジン第1回燃焼停止(SECO1)

1002.871 :ALOS-3分離

6424.837 :第2段エンジン第2回推力立上り(SELI2)

6442.193: 第2段エンジン第2回燃焼停止(SECO2)

※出典:2月13日発表 JAXA「H3ロケット試験機1号機 打上げ準備状況について」より

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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