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衛星データ利用サービスを産業に育てる―― 宇宙ビジネス創出推進12自治体の取り組み

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET

2024年3月12日、日経ホールで開催された「宇宙ビジネスセミナー」において、会場ロビーで「宇宙ビジネス創出推進自治体」12自治体によるパネル展示を実施しました。地域企業の活性化を目指す各自治体の取り組みを紹介します。

宇宙ビジネス創出推進自治体 展示

茨城県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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2018年に「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」を立ち上げた茨城県は、2023年度から宇宙ビジネスへの挑戦を支援する「令和5年度いばらき宇宙ビジネス支援事業補助金」を始めています。県内企業の(株)たすくが採択された「キューブサットの量産化プロセス確立に資する検証」における「キューブサット」と呼ばれる10×10×30cmサイズの超小型衛星の技術を展示。これからの超小型衛星に求められる通信技術(データ通信を大容量化するアンテナ)、姿勢制御(リアクションホイールによる3軸制御)、推進技術(軌道維持と運用終了後の軌道離脱に活用できるホールスラスタ)といった具体例を見ることができました。茨城県産業技術イノベーションセンターいばらきスペースサポートセンターなどの支援によってものづくり企業と大学などの知見、JAXAや宇宙関連企業のニーズとのマッチングが行われています。

茨城県:https://www.pref.ibaraki.jp/kikaku/kagaku/kokusai/documents/ibarakispace.html

福井県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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2015年から宇宙産業に着目した福井県では、県内企業が参加した福井県民衛星「すいせん」が2021年に打上げられ、現在も運用されています。光学地球観測衛星である「すいせん」のデータは分解能2.5mの画像が取得可能。福井県民衛星技術研究組合の参加企業が開発した衛星画像利用システムを通じて2021年5月以降は福井県の行政業務へも活用されています。県内の山林の状態をモニタリングし、無届での伐採や獣害の調査、太陽光パネルの設置情報のデータベース化などに利用されているのです。「すいせん」開発で生まれた「ふくい宇宙産業創出研究会」の会員企業は設立から3倍以上の74企業に増加しました。超小型衛星の製造拠点として機能しているだけでなく、米や麦、そば、大豆といった農業分野でのデータ利活用の取り組みも進んでいます。

福井県:https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/chisangi/fukusat/kenmineisei.html

山口県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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2017年にJAXAが「西日本衛星防災利用研究センター」を設置したことをきっかけに、衛星データを活用した県内企業の事業支援に取り組んできた山口県。「宇宙データ利用推進センター」の枠組みの中で、JAXA、山口大学応用衛星リモートセンシング研究センター、山口県産業技術センターの3機関が協力し、衛星データの解析といった技術面から、衛星データを利用したソリューションの事業化までを支援しています。GISの知見を持つ企業を中心に、研修やセミナーの場を活かしてプロダクト開発につながる実践的な技術者育成の場を設けています。これまでに、樹種判別が可能な森林管理向けWebアプリ、県推奨の小麦のタンパク質量を一定以上の品質に保つ生育支援サービス、農地の現地確認作業を効率化するシステムなど、農林水産業や防災、行政支援の分野などで県内企業が関わるシステムが誕生。毎年のように新たなツール、サービスの創出につながっています。

山口県:https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/soshiki/83/

福岡県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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九州大学発の民間SAR衛星企業「QPS研究所」を有する福岡県は、県内のベンチャー企業が牽引役となって宇宙ビジネス振興が進んでいます。県では「宇宙関連機器」「衛星データ利活用」「宇宙日本食」の3分野の支援が進められ、宇宙関連機器では2023年度に材料技術や通信技術などで県内の3企業が採択されました。首都圏の宇宙企業との技術交流会も開催されています。衛星データ利活用分野では、県内のIT企業が農作物生産量予測モデルを開発し、開発費助成に採択されました。宇宙日本食の分野では、開発支援だけでなく宇宙食の認証という複雑な手続きの段階で専門家の助言を受けられる仕組みになっています。

福岡県:https://www.robot-system.jp/space/

大分県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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「スペースポート大分」の取り組みを続ける大分県は、米国シエラ・スペースが開発する有翼宇宙往還機「ドリームチェイサー」のアジア拠点として活用検討に向けたパートナーシップ協定の下で取り組みを進めています。

大分県:https://www.pref.oita.jp/soshiki/14270/

佐賀県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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2021年から、JAXAと宇宙技術を利活用して地域の課題解決を図ることを目指した連携・協力協定を結んでいる佐賀県。県内企業の宇宙ビジネス分野への進出を目指して、2023年8月には「佐賀県宇宙領域関連業務研究会(STAR WORKS SAGA)」が発足しました。製造業6社(中村電機製作所(佐賀市)、田中特殊金型製作所(基山町)、つくし技研(同)、田口電機工業(同)、ワイビーエム(唐津市)、中山ホールディングス(武雄市))が人工衛星の部品製作や月面探査に向けた調査研究などに連携して取組んでいます。

衛星データを農地の管理や森林の変化のモニタリング、災害対応などに活用する取り組み、宇宙ビジネス分野ではセミナーなどの取り組みが進んでいます。

佐賀県:https://www.pref.saga.lg.jp/list00001.html

鹿児島県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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宇宙ビジネス創出推進を目指し、研究会やセミナーなどの取り組みを進めてきた鹿児島県。鹿児島県宇宙ビジネス共創支援事業補助金を活用して、県内の大学や企業がチームとなってハイブリッドロケットの開発を進めています。衛星を打上げた後には必ず活躍する、地上局設備の企業に対しては大容量通信が可能になる衛星追尾システムの開発支援につながったという事例もあります。2024年度は、これまでの研究会やセミナー、補助金といった事業に加えて、県内企業の技術シーズや企業誘致に必要な環境などの調査を行う宇宙ビジネス実態調査事業が開始されます。

鹿児島県:https://www.pref.kagoshima.jp/sangyo-rodo/syoko/shien/sougyou/

鳥取県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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宇宙産業創出を目指す鳥取県では、鳥取砂丘という地域の特色を活かし、月面環境を模擬する「鳥取砂丘月面化プロジェクト」を進めています。

鳥取県:https://www.pref.tottori.lg.jp/302515.htm

群馬県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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衛星データとAIを組み合わせて地域の状況を解析する技術の支援に取り組む群馬県。「ぐんまスペース&エアロプロジェクト 群馬県衛星データ利活用モデル事業」から、2023年度には森林をモニタリングして病害のナラ枯れを検出する取り組みや、土地開発の状況をモニタリングする事業が選ばれています。

群馬県:https://www.pref.gunma.jp/soshiki/149/

岐阜県

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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岐阜県は宇宙関連企業と県内企業とのマッチングや高度宇宙技術者を育成するための教育プログラムの構築を目指して、2021年に「ぎふ宇宙プロジェクト研究会」を立ち上げました。その活動の一環として実施している「Gifu High-School Sat Project」は、岐阜県内の高校生が共同で2Uのキューブサットを制作する実践的な取り組みです。衛星構体の加工から、打上げ後の運用まで高校生たちが担うものです。間もなく国際宇宙ステーション(ISS)から放出される衛星『GHS-01』はカメラやモールス信号・音声の送信機能を備えています。こうした取り組みを通して、県内の企業と大学、高校との技術協力や、宇宙に取り組む人材の育成が進みます。

岐阜県:https://www.pref.gifu.lg.jp/page/199751.html

豊橋市

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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宇宙ビジネスについて知りたい企業の相談窓口「宇宙ビジネス相談デスク 宙サポ」を開設している豊橋市からは、衛星データを利用した耕作放棄地の検索サービスや、衛星データから空き駐車場をデータ化し、大きなイベント開催時に駐車場レンタルを支援するツール、準天頂衛星「みちびき」の測位信号とLiDARを利用し、果樹園内で自動運行する果樹運搬台車の開発といった事業が生まれています。プロダクト開発の補助金なども活用し、農業分野でのスタートアップ支援事業の重要な拠点となっています。

豊橋市:https://www.city.toyohashi.lg.jp/48822.htm

長野市

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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長野市は地元企業の懇談会をきっかけにして、2019年に「長野宇宙利用産業研究会」が発足し、スマートシティの実現やICT産業振興に向けて衛星データ利用の検討を進めています。そのきっかけとなるのが、行政がユーザーとなる衛星データ利活用事業です。県外企業の技術も取り入れ、インフラ管理や土砂災害モニタリング、観光や農業利用、DXに向けたコミュニティづくりなどの活動を進めてきました。2022年度及び2023年度には、SAR衛星のデータを利用した水道管の漏水調査に活用する実証が始まり、これまで地上で熟練の調査員による多くの労力とコストを必要としていた事業で時間・労力・コストの削減に取り組んでいます。

長野市:https://www.city.nagano.nagano.jp/n140600/contents/p006072.html

パネルディスカッション~衛星データ利活用促進に向けて~

出典:宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET
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モデレータ:合同会社 Oppofields COO, CTO 向井田 明 氏

パネリスト:

福井県 産業労働部産業技術課 新技術支援室 室長 笹山 秀樹 氏

大分県 商工観光労働部 先端技術挑戦課 宇宙開発振興班 主任 山本 拓也 氏

山口県 産業労働部イノベーション推進課 技術革新支援班 主事 來見 俊祐 氏

地方独立行政法人山口県産業技術センター 宇宙データ利用推進センター 副センター長 藤本 正克 氏

内閣府宇宙開発戦略推進事務局 参事官

(国土交通省国土技術政策総合研究所河川研究部水防災システム研究官との併任)吉田 邦伸氏

S-NETセミナーにおいて、S-NET「宇宙ビジネス創出推進自治体」で衛星データ利活用について活発に取組む担当の方を交えて、パネルディスカッションが行われました。

1月1日の能登半島地震では、JAXAの「だいち2号(ALOS-2)」をはじめとした大型衛星と、日本の小型衛星コンステレーション事業者が官民で観測、データ提供を行いました。大規模災害では、広域を観測できる衛星の利点が活きてきます。航空機やドローンといった隣接する手段と比較されることも多い衛星データですが、さらなる大規模災害では衛星にしかできないことがあるといいます。「能登半島地震に際して石川県庁での支援を行った立場からいえば、今回は晴天の日があり航空機を活用することができました。しかし冬の能登半島は悪天候になることも多くなります。また今後発生すると想定される南海トラフ巨大地震のような大規模災害の場合、航空機リソースが絶対に足りなくなると考えられます」(吉田氏)

(全国各地で衛星ならではのメリットを活かして、防災に利用する体制の整備が進んでいます。各自治体での防災に対する活用の取組みは、どのようなものがあるのか、各自治体から以下のようなコメントがありました)

山口県では、「JAXA、山口県、山口大学の3者で災害対応協定を結んでいます。発災時に地元を知っている立場として山口大学が解析をします。県の防災計画にも衛星データ解析を入れており、データ受け渡しの計画も立てています」(藤本氏)

福井県では、「県民衛星『すいせん』が2022年8月の豪雨による南越前町の水害を観測しました。町の特徴として山の奥深くに入り込んだ特徴的な地形を衛星で広域に観測でき、水田に泥水が浸入したり、線路が水没したりといった被害がありましたが、衛星で確認できました。今後は光学衛星だけでなく、SAR衛星のALOS-2データの事業化実証化事業を進め、光学とSARを組み合わせたデータ解析を行っていきます。砂防堰堤や吹付けの法面など、今後災害が発生しそうなところを検出していきたいと考えています」(笹山氏)

大分県では、「令和5年度から災害時の衛星データ利活用の調査を開始し、大学と県内企業が協力する『災害情報活用プラットフォーム』を整備して1300年分の災害情報を蓄積しています。『災害リスク評価システム』は、地震発生時に震度を計測して建物の安全性を評価することができます。今後は悪天候時の現地把握にSAR衛星データ活用を目指し、小型衛星コンステレーション事業者と協力して土砂災害の観測に取り組んでいきます」(山本氏)

(緊急時に衛星データが確実に被害状況を把握できるようにするためには何が必要なのでしょうか。平時の利用から自治体が実感していることが浮かび上がってきました)

福井県では、「すいせん」のデータを活用する中で、衛星以外のデータとの重ね合わせのしやすさが重要であることがわかりました。「行政利用の取組みとして、湖で大量に繁殖している水草『ヒシ』の刈り取りをモニタリングしています。現在はこうした光学衛星単独でできることを行政として活用していますが、光学衛星だけでは限界がありますので、他の衛星や航空測量、ドローンなどの組み合わせが必要ですし、すべてを重ね合わせて解析するための統合型データベースが必要になります。また、自治体はデータサイエンティストではないですから、自分で解析するのではなく報告書の形になったアウトプットが得られることが重要です。行政の業務マニュアルに衛星データ活用の指示があると利用が進むと思います」(笹山氏)

ツールやマニュアル、ガイドラインなど行政からのルールの提示があると自治体も利用を進めやすいですね。現場でのニーズや利用のハードルはぜひ教えてほしいですし、政府側でルール改正ができると思います。(吉田氏)

ルール面の整備にあたり、S-NETなどでのコミュニケーションは大事。現場からユースケースを出していきたい。(來見氏)

高分解能画像が必要になった場合、コストが負担になることもある。今後はデータの購入補助なども進めていきたい。(山本氏)

(有事に備えられる平時の衛星データ利活用を進めるにあたって、具体的な支援策の提案があり、活発な議論の中でパネルディスカッションは閉幕となりました)

本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイト S-NET『宇宙ビジネスセミナーレポート(S-NETセミナー/第6回宇宙開発利用大賞表彰式合同開催)』として掲載されました。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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