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「小惑星が地球に衝突」どう防ぐ? 「はやぶさ2」のミッションから見えた最新の成果

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
地球への隕石衝突災害はあるのか。Credit: NASA

2022年9月26日、史上初となる探査機を小惑星に衝突させて軌道を変える実験、NASAの「DART」が実施された。将来起きる可能性がある小惑星や彗星といった小さな天体の衝突から地球を守る技術を磨くためのものだ。

小惑星に探査機が体当りするというこれまで例のない実験に関心が集まった。

衝突から地球を守る技術や仕組みを「プラネタリーディフェンス」と呼ぶ。言葉はたしかに面白い。ただ、それが1億年に1回といっためったに起きない災害に対しての備えと聞くと、「備えたところで仕方ないのでは」と感じてしまう人も多いだろう。

では、NASAは何のために3.2億ドルという費用をかけ、DART実験を実施したのだろうか?

11月初旬、熊本市で開催された国内最大の宇宙学会「第66回宇宙科学技術連合講演会」では、日本の宇宙科学の頭脳とも呼べる面々が集まり、本気でこのプラネタリーディフェンスについて議論した。参加者は、小惑星探査機「はやぶさ2」のリーダー、DARTのチームメンバーでもある日本人研究者、今世紀最大の木星への天体衝突を観測した天文学者、津波災害の研究者、宇宙法の専門家など。その現場の取材模様と合わせてお伝えしたい。

小惑星の地球衝突はどのくらいの頻度で起きるのか?

今回のプラネタリーディフェンスの議論をとりまとめたのは、「はやぶさ」「はやぶさ2」のミッションマネージャ、JAXAの吉川真准教授。JAXA内にはプラネタリーディフェンスのボランティア検討グループが発足しており、はやぶさ2がこれから探査する予定の小惑星「1998KY26」 は、「100~200年に1回くらいは衝突の可能性がある」のだという。

天体の地球衝突の確率は、10m以下の小さなものであれば1年に何回も起きている。この大きさならばほとんどが流星として大気中で燃え尽きたり、落ちても海上であったりと、被害が生じることはほとんどない。ただ、100m程度の大きさになれば、数百年に1回程度で落ちてくる可能性があり、ある地域に被害を及ぼす場合もある。1908年に起きたロシアのツングースカ爆発は直径約60mの天体だったと考えられており、森林をなぎ倒すなどの被害があった。こうなると、早めに見つけて対策したいという要求も出てくる。

さらに直径が1km程度の天体になると、数十万年に1回程度とはいえ、文明の程度によっては滅亡するような大災害となるかもしれない。そして直径10km程度にもなると、1億年に1回程度だが恐竜絶滅につながったような地球環境の激変を引き起こす可能性もある。

では、こうした衝突可能性を持つ天体は太陽系にどのくらいあるのか。これまでの観測によると約123万個の小天体(小惑星や彗星)が発見されており、その中で地球に接近してくる可能性があるものは約2万8000個。直径1km以上の本当に危険なものならばほとんど見つかっているが、直径が140m以上の小惑星はまだ全体の40%程度しか見つかっていないのだという。

備えには2つのステップがある。まずは天体を早期に(できれば衝突の数十年前)に発見することだ。直径が100m以上で、地球の軌道に750万km以内に接近するものは潜在的に危険が高い天体とされている。

次に、その軌道や物理的性質を調査しなければならない。相手がどうなっているかわからなければ、対策が難しくなるからだ。

欧州では2019年から地球に接近する天体の発見、観測を担う望遠鏡が設置されている。Credit: ESA/A. Baker
欧州では2019年から地球に接近する天体の発見、観測を担う望遠鏡が設置されている。Credit: ESA/A. Baker

そして備えが終われば、次は衝突回避という段階になる。天体の軌道を変えて、地球へ衝突するコースから遠ざけるのだ。

小惑星を遠ざけて衝突を回避する方法は、大きくは3つある。1つ目はインパクト方式。小惑星に質量のあるものを衝突させて軌道を変える方法で、キネティックインパクターとも呼ばれる。今回NASAのDARTが実証したのがこれにあたる。2つ目がグラビティトラクター。サイズが大きくなると、探査機など大きな質量を小惑星と並走させて、探査機の持つ質量(重力)で軌道を変える方法だ。

そして3つ目として、最も大きな天体には核爆発を利用するという方法。まるで映画のシナリオのようだが、国連の会議でそうしたケースを想定して法律面でのシミュレーションが行われたこともあり、現実的な手段として考えられているものなのだ。

本当に起きるとしたらどう対処する?「はやぶさ」「はやぶさ2」を送り出した日本だからこそできる、NASA DART成果の読み解き方

以下、キネティックインパクターを実現したNASAとジョンズ・ホプキンス大学による今回のDART実験について解説しよう。

DART探査機から分離した超小型衛星が観測した小惑星衝突の瞬間。ディモーフォス(画面右下)から大量の砂やチリなどが飛び散った。 Credits: ASI/NASA
DART探査機から分離した超小型衛星が観測した小惑星衝突の瞬間。ディモーフォス(画面右下)から大量の砂やチリなどが飛び散った。 Credits: ASI/NASA

対象の小惑星「ディモーフォス」は直径160m程度の小さな天体で、直径800mほどの別の小惑星「ディディモス」の周囲を回る二重小惑星の片割れ。ディモーフォスやディディモスは、比較的地球に近い天体だが、現在のところ地球に衝突するような危険はない。ないからこそ、実験の対象とできた。

科学者だけでも300名、エンジニアを含めれば1000人規模となるDARTのチームには、ある日本人研究者が参加している。「はやぶさ」「はやぶさ2」ミッションで活躍し、現在はDARTチームでミッションの成果を取りまとめている平林正稔さんによると、DART探査機がディモーフォスの軌道を変えるには、秒速6.14km というかなりの高速で探査機をディモーフォスに衝突させる必要があるという。

探査機は最も長い太陽電池パネルの部分で8.5m、相手は160mとかなり大きさの差があるが、高速でぶつけることで探査機はディモーフォスに運動エネルギーを与え、さらに表面の石や砂、チリが巻き上がる。巻き上げられた石や砂は宇宙へと飛び出していき、この飛び出していった速さと量によってディモーフォスは質量の一部を失い、放出と反対方向に動く力を得る。つまり、自分自身の一部を放出することで前に進むというロケット推進の原理だ。

衝突によって推進力が生まれると、ディモーフォスがディディモスを周回する速度は少し上がる。目標では、11時間55分で周回していたディモーフォスが10分程度短い時間で周回(つまりスピードが上がる)すればよいということになっていたが、実際には32分も短くなったことで大幅に周回速度が上がった。平林さんによれば、速度にすると秒速2~3mm程度変わったのではないかと考えられているという。

こうした速度の変化があったことから、DART実証は成功したとされるわけだが、10分の目標のところ30分も周回時間が変わったというのは、予測と実際に大幅な開きがあるように思える。もっと正確に予測できないものだろうか?という疑問がよぎるかもしれない。

この点は、はやぶさ2のミッションを見守った日本だからこそ読み解ける部分がある。

なぜなら、小惑星の表面に探査機から人工的にものをぶつけ、表面の砂やチリを巻き上げるというのは、はやぶさ2が2019年4月に世界で初めて行った「インパクター(衝突機)」の実験と同じものだからだ。インパクターは、ディモーフォスと同じようにリュウグウの表面にすり鉢状に大量の砂「イジェクタ」を巻き上げた。このイジェクタが、どの程度の量や速さで飛び出すかは、元の小惑星がどのようにできているかによるのだ。

2019年4月、小惑星探査機「はやぶさ2」から分離した衝突機(インパクター)が史上初めて小惑星表面に人工クレーターを作った。Credit: JAXA, 神戸大, 千葉工大, 高知大, 産業医科大
2019年4月、小惑星探査機「はやぶさ2」から分離した衝突機(インパクター)が史上初めて小惑星表面に人工クレーターを作った。Credit: JAXA, 神戸大, 千葉工大, 高知大, 産業医科大

小惑星がガチガチの一枚岩であれば、なにかを衝突させても少ししか壊れず、飛び出すイジェクタの量は少ない。一方で、小惑星リュウグウのように岩や砂がゆるやかに寄り集まってできている「ラブルパイル(瓦礫の集まり)」天体であれば、衝撃でバラバラになってイジェクタは大量に宇宙に飛び出してくる。

このラブルパイル天体かどうか地上から観測することは難しく、はやぶさが小惑星イトカワに行って現地で観測したことで、世界で初めて実際にそうした天体があることが立証された。

現状では、衝突の相手がラブルパイル天体かどうかを確実に知るには、探査機を向かわせるしかない。DARTの「10分」という目標は不確実な相手に対する控えめなものであり、実際にはラブルパイルではないか と思われるディモーフォスを相手に、大きな成果を上げていたのだ。

DARTとHeraの関係。小惑星衝突を試みたDARTと、その後の観測を担うHera、2つが合わさってプラネタリーディフェンスの成果となる。 Credit: ESA – Science Office
DARTとHeraの関係。小惑星衝突を試みたDARTと、その後の観測を担うHera、2つが合わさってプラネタリーディフェンスの成果となる。 Credit: ESA – Science Office

この先の計画として、DART実験後の二重小惑星を探査しに行く計画がある。欧州宇宙機関ESAでは、2024年に小惑星探査機Heraを打ち上げてディディモス/ディモーフォス探査を行う予定だ。このHeraには、はやぶさ2に搭載された近赤外カメラ を提供する。小惑星の素性を明らかにし、ラブルパイル天体かどうか確かめるには、映像や赤外線のデータが欠かせない。はやぶさ2の協力によるフォローアップ観測がDARTの成果を裏付けることになる。

はやぶさ2自身も、プラネタリーディフェンスの技術と深く関わっている。2026年7月に予定されている小惑星2001 CC21の観測では、望遠性能の弱いはやぶさ2のカメラで小惑星の表面を仔細に観測するため、数km/秒の高速で接近し、紙一重で衝突を避けるという精密な誘導を予定している。衝突こそさせないものの、必要ならばそれが可能な探査機誘導の技術を実証するのだ。

だれがプラネタリーディフェンスを担うのか? 防衛手段を巡る議論

技術は進化しつつあるプラネタリーディフェンスだが、いったいだれがそれを担うのだろうか? NASAは間違いなくそうしたことが可能な宇宙機関だが、すべて NASAに任せておけばよいというのでは、衛星打ち上げ能力を持つ各国としてはあまりに無責任と言えるだろう。

そうした背景もあり、国連の宇宙空間平和利用委員会の下に2016年、プラネタリーディフェンスに関する法的な枠組みを検討するワーキンググループ(WG)が設立された。WGは「もし国家が地球へのNEO※衝突の脅威の予測に関連する情報を持っているならば, そのような情報は, 提供されるべきである」という見解を示している。他国に隕石が落ちる災害を見過ごすことは人道的な義務に反するというわけだ。

※NEO:地球近傍天体

2017年には、東京でプラネタリーディフェンスに関する国際的な会議が実施された。会議では、「10年後の2027年に東京に衝突する直径270m以上の小惑星が見つかった」という刺激的なシナリオに基づいて、各国が取りうる対応が法的な裏付けとともに検討された。

具体的には、小惑星に対してキネティックインパクターの機能を持つ宇宙機を複数打ち上げ、軌道を変えて太平洋に落下させる作戦だ。しかし、失敗すれば人口密集地域が巨大な被害を受けるため、それにすべてを賭けるわけにはいかない。日本の歴史的経緯に基づく反対があったものの、バックアッププランとして宇宙機には核爆発装置が搭載されることとなった。

衝突の4年前(シナリオ上では2023年6月)にはキネティックインパクターと核爆発装置の役割を逆転させ、早期に解決を図る案が検討される予定だ。国際的な宇宙のルールでは、宇宙空間に大量破壊兵器を置くことは認められていないが、結局のところ小惑星衝突の災害からの回避を優先させ、核爆発によって小惑星の軌道を変更させることになりそうだ。

シミュレーションではこのように終わっているものの、それでよいのかという疑問は残る。本当に核爆発が最終手段で、キネティックインパクターはそれより劣る手段なのか。

左から2番目、小惑星の軌道をそらす探査機の運用について語るはやぶさ2の津田雄一プロジェクトマネージャ。撮影:秋山文野
左から2番目、小惑星の軌道をそらす探査機の運用について語るはやぶさ2の津田雄一プロジェクトマネージャ。撮影:秋山文野

さて、「第66回宇宙科学技術連合講演会」の最後のパネルディスカッションでは、はやぶさ2の津田雄一プロジェクトマネージャが、小惑星探査を率いたリーダーでありエンジニアである立場から「核爆発装置を使用するには極めて正確に探査機を飛ばすことが必要で、小惑星にあたる手前で起爆させ、秒速数kmの高速で飛ぶ探査機が一定の距離になったときに確実に作動させる。それは(技術的には)可能という気はするが、一方でわれわれ日本にできるのかといえば、やはりハードルがある」と、核を扱うことに対する違和感を言葉にした。

そして代替案として提案したのが、「小惑星から石を拾って外に投げる」という「土木工事」案だ。小惑星イトカワやリュウグウのように、ラブルパイル型の岩がゆるやかに集まった小惑星は多いと考えられ、表面の岩塊を表面から掴み取れる可能性は高い。ロボット探査機が次々と岩を宇宙へ投げることで、時間をかけて小惑星を解体しながら軌道を変えてしまおうというのだ。小惑星を2度も探査したリーダーだからこそのアイディアともいえるだろう。

このようにプラネタリーディフェンスについては、一般の人が想像する以上に多くの議論が積み上がってきているものの、まだその歴史は浅く、多様なアイディアが出尽くしたとはいえない状況だ。

核爆発はそのエネルギーの大きさから最終手段に思えるが、当然ながら実際の運用面ではさまざまなハードルもある。はやぶさ、はやぶさ2を宇宙に送り出した国・日本として、小惑星を知るからこそ出てくる「地球の防衛方法」が、まだまだあるのではないだろうかと思える今回の議論であった。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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