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ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡があまりにも高性能なため、「ものさし」の精度が足りない課題が浮上

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
NASA GSFC/CIL/Adriana Manrique Gutierrez

宇宙で最初の星の誕生や銀河の形成の解明などを目指す、赤外線宇宙望遠鏡の国際共同プロジェクト「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」。2021年末に打ち上げられ、2022年7月にはかつてない高精細な銀河の観測画像を初めて公開し、宇宙科学の新しい時代の到来を世界に感じさせた。このJWSTの目標の一つに、太陽系以外の恒星の圏内にある「系外惑星」の解明がある。9月1日にはJWSTによる初めて系外惑星の直接撮像の画像が公開された。

ところが、あまりにも高度なJWSTの観測データを正確に解釈するには、光の成分を分析するための「ものさし」ともいえるデータベースの精度が不十分だという指摘が発表された。この精度の課題は、系外惑星の大気を解明し、地球以外に生命を育む環境を宇宙で探す研究のハードルになるという。

JWSTと系外惑星観測

2022年9月1日、JWSTのチームは系外惑星「HIP 65426 b」の観測画像を公開した。HIP 65426 bは2017年にヨーロッパ南天天文台が発見したケンタウルス座の方向にある木星の6~12倍の質量を持つ系外惑星。JWSTの観測機器は、惑星よりもはるかに明るい恒星が放つ光の影響を低減して系外惑星を直接撮像することができる。

系外惑星HIP 65426 bの観測画像 Credit: NASA/ESA/CSA, A Carter (UCSC), the ERS 1386 team, and A. Pagan (STScI).
系外惑星HIP 65426 bの観測画像 Credit: NASA/ESA/CSA, A Carter (UCSC), the ERS 1386 team, and A. Pagan (STScI).

JWSTはトランジット観測と呼ばれる手法で系外惑星が「主星」(太陽のようにある恒星系の中心となる恒星)の前を通過する現象を観測し、系外惑星の環境を調べることができる。主星の光の一部は惑星の大気を通過し、大気に含まれる物質が光の波長の一部を吸収することから、観測データのごくわずかな違いによって大気の成分がわかる。8月に発表されたJWSTの観測結果から、木星の1.3倍の直径を持つガス巨星型の系外惑星「WASP-39 b」の大気は二酸化炭素を含むと考えられている。

NASA, ESA, CSA, L. Hustak (STScI, The JWST Transiting Exoplanet Community Early Release Science Team
NASA, ESA, CSA, L. Hustak (STScI, The JWST Transiting Exoplanet Community Early Release Science Team

JWSTが可能にした高度なトランジット観測のデータから、地球のような岩石型の系外惑星が恒星からの適度な距離と適度な温室効果を持ち、液体の水があって生命を育める環境を見つけられるのではないか。宇宙の生命の手がかりを探すには、観測された光を波長ごとに分解する分光分析を行う必要がある。

ところが2022年9月15日付けでネイチャー・アストロノミーに発表された論文では、特定の物質の作用で生じる光の通過、吸収、反射などの違いを解釈するための基本的なデータベース「不透明度モデル」の精度がJWSTのデータに対して不十分なため、データを正しく解釈できない可能性があるという。

これまでの観測データの解釈では十分に機能してきた不透明度モデルだが、これをJWSTのデータに適用すると、系外惑星の大気の温度が300ケルビンなのか600ケルビンなのかという解釈を誤る、またはある物質が惑星の大気に5パーセント含まれているのか、それとも20パーセントなのか区別できない、と指摘されている。こうした解釈の誤りは、JWSTでの観測に適した系外惑星の場合でも起きうる上に、間違っていることに気づかないままデータを解釈してしまう可能性もあるという。

分析手法がJWSTの成果に追いつくには、モデルの見直しが必要だ。論文を発表したマサチューセッツ工科大学のチームは、不透明度モデルの精度向上を目指す方法論も同時に提案している。JWSTの観測は今後何十年にもわたって、天文学、物理学、工学の幅広い分野の前進をうながすことになる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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