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ボイジャー後継機、審査始まる

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit : Johns Hopkins APL

2080年代に人類未踏の太陽圏の外から星間空間の観測情報を地球へ伝える探査計画を、NASAの次期大型探査に採択する審査がこの9月から始まる。米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)が計画するInterstellar Probe(IP:インターステラー・プローブ)探査機は、太陽-地球の距離の1000倍の距離の星間空間へ到達を目標とする探査機。1977年に打ち上げられ現在も太陽圏の外へと旅を続けるNASAのボイジャー1号・2号の到達距離を越えて、太陽から吹き出すプラズマのガス「太陽風」の勢力圏外を観測する。中国も同様の探査計画を検討中だ。

Credit : Johns Hopkins APL
Credit : Johns Hopkins APL

インターステラー・プローブは、史上初の星間探査と2036年の打ち上げから50年以上の長期探査を目指す計画。NASAの太陽および宇宙物理学の10年計画(ディケイダル・サーベイ)に採択されることを目標としている。ディケイダル・サーベイの審査は2022年9月7日以降に始まり、2024年まで行われる。

1976年、開発中のボイジャー探査機。Credit: NASA/JPL-Caltech/KSC, NASA/JPL-Caltech Photojournal
1976年、開発中のボイジャー探査機。Credit: NASA/JPL-Caltech/KSC, NASA/JPL-Caltech Photojournal

1977年に打ち上げられたNASAのボイジャー1号は、2004年に地球から94.0 AU※の距離で太陽から吹き出す太陽風と星間物質が衝突する「終端衝撃波」の領域を通過し、2012年には太陽風と星間物質が混ざり合う「ヘリオポーズ」領域を121 AUで通過した。ボイジャー2号も2007年に84 AUで終端衝撃波を、2018年に119 AUでヘリオポーズを通過した。

2機の探査機は太陽を取り囲む巨大な太陽圏を脱出して航行を続けているが、ボイジャー1号のプラズマ観測機は航行中に損傷したため現在は観測データを送信することができない。ボイジャー2号の航行記録から、太陽圏の形状はこれまで考えられていた球形や彗星のような紡錘形ではない可能性があるものの、明らかにするには現代の技術による新たな観測が必要だ。

※天文単位:太陽-地球間の距離。約1億5000万キロメートル

2機のボイジャー探査機と太陽圏の形状 Credit : NASA JPL
2機のボイジャー探査機と太陽圏の形状 Credit : NASA JPL

APLが中心となり、ボイジャー計画のラルフ・マクナット博士が主任研究員となるIP計画では、打ち上げからおよそ16年とボイジャーの半分以下の時間で太陽圏の脱出を目指す。インターステラー・プローブは重量約860キログラムとボイジャーに近いが、ボイジャーには搭載されていないダスト検出器など新たな観測機器を積む。アンテナ径はボイジャーの3.7メートルから5メートルとより大きくなり、データ送信速度は150 AUの距離でボイジャーの600bpsから1万6000bpsに向上する。打ち上げから50年間の“動作保証”が求められ、地球から1000 AUの領域で星間物質の観測を行う計画だ。

インターステラー・プローブは太陽圏外の探査を最短で行うため、航行速度は最高でボイジャーの2倍となる7 AU/年に達する。その打ち上げロケットとして検討されているのが8月29日に試験機1号機の打ち上げを予定しているNASAの超大型ロケットSLSだ。探査計画の費用は、打ち上げから太陽圏内の段階までおよそ2300億円(打ち上げ費用を除く)、以降は10年ごとに180億円とされる。木星の重力を利用して加速するスイングバイも加えて、ボイジャーでは約280年かかる1000 AUの領域を目指す。

インターステラー・プローブが実現すれば太陽から木星の向こう側までわずか1年で駆け抜ける史上最速の探査機となる。だがこれを追いかけているのが、中国が検討を進める太陽圏外探査機Interstellar Express(インターステラー・エクスプレス)だ。ボイジャー同様に2機の探査機が異なる方向から太陽圏外を目指す計画で、打ち上げから25年以内に100 AUに到達するという。初期の計画では、黄道面に垂直な方向を目指すという第3の探査機の構想まで含まれていた。

NASAの計画に採択される前から国家間の激しい競争が始まっている星間探査計画だが、インターステラー・プローブを推進するのはこれまでに水星探査機メッセンジャー、太陽探査機パーカー・ソーラー・プローブ、そして史上初の冥王星とカイパーベルト探査を実現したニュー・ホライズンズを次々と成功させてきたAPLであり、深い経験に裏打ちされた探査が期待される。そしてインターステラー・プローブは、かつてボイジャーが太陽系の惑星を振り返って「ファミリー・ポートレート」を撮影したのと同じように、太陽圏の外から太陽風に包まれた世界を記録し、地球に届ける計画だという。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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