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ローバー「パーサヴィアランス」の採取サンプルを火星ヘリコプターが拾い上げる方式へ。背後にロシアが影響

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credits: NASA/JPL-Caltech

2022年7月27日、NASAとESA(欧州宇宙機関)は共同で、火星ローバー「パーサヴィアランス」が採取している火星表面の物質を回収する役割を、イギリスが開発するローバーからパーサヴィアランス自身と火星ヘリコプター「Ingenuity(インジェニュイティ)」の同型機に変更する計画を明らかにした。今年9月までにさらなる検討を行って正式に決定する。

2021年に火星表面に着陸したNASAの火星ローバー「Perseverance(パーサヴィアランス)」。その役割のひとつは、かつて水が存在した痕跡を持つジェゼロクレーターで表面の物質を採取することだ。火星の物質サンプルには生命の痕跡が含まれている可能性があり、地球外の生命の発見と解明につながると期待されている。

これまでの計画では、パーサヴィアランスが火星の物質をチューブ(筒状の容器)に詰めて火星表面に置き、ESAのフェッチ(回収)ローバーがそれを拾い集めるかたちで収集し地球帰還船へ移送するという計画だった。パーサヴィアランスに加えてESAのローバー、物質回収船、帰還ロケット、地球帰還船と6種類ものローバーや着陸機、宇宙機がリレー式にサンプルを受け渡すきわめて複雑な計画だった。

火星からのサンプルに関係するローバーと着陸機、火星離脱ロケット、地球帰還機。Credits: NASA/JPL-Caltech
火星からのサンプルに関係するローバーと着陸機、火星離脱ロケット、地球帰還機。Credits: NASA/JPL-Caltech

あまりに複雑な計画は途中のどこか一箇所で問題が起きただけで、サンプル全体が地球に持ち帰れなくなるリスクをはらむ。NASAはすでに実証された技術で計画の一部を置き換えることで、リスクを低減する方法を検討していた。そこで浮上したのが、ESA提供のフェッチローバーを計画から外し、健全に稼働しているパーサヴィアランス自身をサンプル回収にも利用する方法だ。最近の評価では、パーサヴィアランスはあと8年は正常に稼働できる見込みだという。

火星ローバー「パーサヴィアランス」はあと8年は活動できる見込み。Credits: NASA/JPL-Caltech
火星ローバー「パーサヴィアランス」はあと8年は活動できる見込み。Credits: NASA/JPL-Caltech

そして、2021年に初めて火星表面を飛行して移動する実績を上げた火星ヘリコプターのインジェニュイティの存在がある。インジェニュイティは計画の24回を超える29回の飛行に成功しており、その機能が実証されつつある。2028年夏に打ち上げられる火星サンプル回収着陸機にインジェニュイティの改良型を2機加え、サンプルチューブを拾い上げるバックアップ機の役割となる。サンプルチューブは1本あたり100~150グラム程度で、最大で30本ある。NASAの発表によれば、火星サンプル回収機から火星離脱ロケットに載せられたサンプルはESAの地球帰還機に移送され、2033年に地球に到着する予定だ。

パーサヴィアランスはすでに11本の岩石を収めたチューブと1本の火星大気のサンプルチューブを準備しており、着実に火星の物質を回収するシステム実現に向けて本格的な活動を開始する時期にある。当初の計画ならば、本格的な観測を開始したジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に続いて、NASAとESAの大型の協力が実現する予定だった。しかし、そこにロシアによるウクライナ侵略が影響しているとみられる。

7月13日、ESAは火星探査計画「ExoMars(エクソマーズ)」でのロシアとの協力を終了すると発表した。今年打ち上げ予定だったエクソマーズ計画では、ロシア側がプロトンロケットとカザチョク着陸機を提供し、欧州が開発したローバー「ロザリンド・フランクリン」を搭載することになっていた。

3月以降、打ち上げを延期していたエクソマーズ計画の欧露協力が終了したことで、欧州は火星ローバーの実績を得るためには打ち上げロケット、着陸機の両方を新たに調達する必要がある。もともとエクソマーズ計画ではNASAが協力する予定だったものがキャンセルされて欧露協力に変更されたという経緯があり、NASAがもう一度協力する可能性もあるものの、実現しても打ち上げは2026年以降になることは必須だ。

欧州はこれまでにも火星着陸を試みているが、2003年に火星周回探査機「マーズ・エクスプレス」に搭載された「ビーグル2」、エクソマーズ計画の第一段階でロシアのプロトンロケットで打ち上げられた着陸実証機「スキアパレッリ」が失敗し、火星への着陸とローバーの技術を実現できていない。実績を積めていない中で、火星サンプルの回収計画で欧州のローバーが中心的な役割を担うことに、米国側が懸念を強めたと考えられる。サンプルを火星離脱ロケットに搭載するロボットアームと、地球帰還機の開発は引き続きESAが担当する。

ESAが引き続きロボットアームの開発を担当する火星サンプル回収着陸機。Credits: NASA/JPL-Caltech
ESAが引き続きロボットアームの開発を担当する火星サンプル回収着陸機。Credits: NASA/JPL-Caltech

近年は大型の宇宙計画を一国で実現するよりも国際共同計画として実施することが多い。しかし参加国が多くなるほど、協力関係を維持することが難しくなる事情がうかがえる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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