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小惑星イトカワも地球の水の起源に?「はやぶさ」試料分析から太陽風で水が作られるプロセスを解明

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
小惑星探査機「はやぶさ」が撮影した小惑星イトカワ (C)JAXA

小惑星探査機「はやぶさ2」が探査した小惑星リュウグウのように、水や有機物を含む炭素質の小惑星は地球の水の起源のひとつとされている。だが、地球の水の由来はC型小惑星だけで説明がつかない部分があり、その答えを英豪米の研究チームは、2010年に小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの物質に求めた。水の存在とは程遠いと思われる岩石の表面に、太陽から吹き出す希薄なガスが当たって、相当量の水が生成されるという。研究結果は、2021年11月29日付けの英天文学誌『ネイチャー・アストロノミー』に掲載された。

Solar wind contributions to Earth’s oceans

地球の表面の70%を占める水の起源はまだ完全に解明されておらず、水や有機物を含むC型小惑星が、46億年前の地球形成期に飛来して水をもたらしたという仮説がある。C型小惑星には、はやぶさ2が探査した「リュウグウ」や、NASAの小惑星探査機「OSIRIS-REx」が探査した「ベンヌ」(C型のサブグループであるB型とされる)などがある。2020年12月にはやぶさ2が持ち帰った試料の初期分析が国内で進められ、水の存在が期待されている。

C型小惑星は、地球に飛来した炭素質コンドライト隕石の起源とされる。地球との水と隕石に含まれる水の水素と重水素同位体比(D/H比)を比較したところ、一部の隕石のD/H比は地球の水と一致したものの、一致しないものも多くあった。つまり、C型小惑星が地球のすべての水の起源とはいいきれず、太陽系には他にも水をもたらした存在があったと考えられる。

英国、オーストラリア、アメリカの研究グループは、地球に水をもたらしたもうひとつの起源として、「はやぶさ」が探査した小惑星イトカワのような岩石質の小惑星の可能性を考えた。2019年に発表された研究でイトカワの微粒子に水が存在していることが判明している。一見、水とは無縁と思われる岩石質の天体だが、太陽風(太陽から吹き出す水素やヘリウムイオンの希薄なガス)によって天体表面が変化する「宇宙風化」の過程で水が生成されるという。天体の表面の鉱物に太陽風の水素イオンが衝突して水が生成される過程は、JAXA 宇宙科学研究所のチームも実験で実証している。

英グラスゴー大学の研究者らは、試料の元素情報と3次元構造を原子レベルで解析できる「3次元アトムプローブ」と呼ばれる装置を用いて、S型小惑星「イトカワ」のサンプル中の微小なオリビン(かんらん石)の分析を行った。すると、イトカワのダスト表面のすぐ下に水が含まれていたことがわかった。さらに、イトカワのダストに太陽風を模擬した水素イオンを照射したところ、水が生成されることが確認された。

はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワの微粒子のひとつ。かんらん石が含まれている。Credit: JAXA
はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワの微粒子のひとつ。かんらん石が含まれている。Credit: JAXA

論文の主著者であるグラスゴー大学のルーク・デリー博士は「太陽風は主に水素イオンとヘリウムイオンの流れで、太陽から宇宙へと絶えず流れています。水素イオンが小惑星や宇宙空間の塵の粒子などの表面に当たると、表面から数十ナノメートル下まで浸透し、岩石の化学組成に影響を与える可能性があります。時間が経過すると、水素イオンの『宇宙風化』の影響で岩石から酸素原子が放出され、小惑星の鉱物の内側に閉じ込められた水が生成されるのです」と述べている。

論文の共著者であるカーティン大学のフィル・ブランド教授によれば、「イトカワのダストに含まれている水から考えると、1立方メートルあたり約20リットルの水があることになります」という。太陽系の初期はかなり塵の多い世界だといい、宇宙に漂う塵の表面に水が生成される機会はかなりあったと考えられる。こうした塵がC型小惑星とともに地球に多く飛来したことで、海の元になった水をもたらしたというのだ。

「はやぶさ」が撮影した地球の姿。青い海はイトカワのような小惑星がもたらした可能性もある。Credit: JAXA
「はやぶさ」が撮影した地球の姿。青い海はイトカワのような小惑星がもたらした可能性もある。Credit: JAXA

宇宙の岩石の表面で水ができるという現象は、小惑星や塵だけにとどまらない。月面のレゴリスに含まれている水もこうしたプロセスで作られた可能性があり、共著者の一人でハワイ大学のホープ・イシイ教授は「イトカワに水を作り出したのと同じ宇宙風化プロセスは、月や小惑星のような空気のない世界である程度起きると考えるのが妥当だと思います」としている。

今回の論文で、地球の水の起源がすべて説明されるというものではなく「C型小惑星と太陽風が生成した水は、地球の水全体の中でどれほどの割合を占めているのか」という疑問が生じる。その手がかりは、はやぶさ2やOSIRIS-RExのもたらしたサンプルや、新たな隕石が握っているかもしれない。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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