2021年9月30日、本田技術研究所および本田技研工業は宇宙事業への参入を明らかにした。今年4月、三部敏宏社長の就任会見で触れられた小型ロケット開発も、あらためて正式に表明し、「再使用型小型ロケット」であることが判明した。

長年にわたってホンダが培った「燃焼技術や制御技術などのコア技術を生かして小型ロケットを造りたい、という若手技術者の発案をきっかけ」にスタートしたという小型ロケット開発。宇宙産業にとって大型のプレーヤー参入といえる。ただし、4月に表明された「小型衛星を打ち上げる小型ロケット」という情報に加えて明らかになったのは、「ロケットの一部を着陸させ、再使用することも想定」という再使用型ロケットに関する部分のみだった。

そこで、既報と各社の報道に含まれる詳細を合わせ、世界の商用ロケット開発の状況と重ね合わせてホンダのロケット開発の方向性を探ってみる。

出典:本田技研工業 2021年9月30日発表より
出典:本田技研工業 2021年9月30日発表より

小型衛星・小型ロケットとは

4月の記事『ホンダがロケット開発に参入を表明。公式発表からわかること、そして「小型ロケット」とは』で、小型衛星を打ち上げる小型ロケットというものがどのようなクラスのロケットであるかを解説した。それぞれ便宜的な分類に従えば、

小型衛星:日本では100キログラム以下を「超小型衛星」、100~1000キログラムを「小型衛星」

小型ロケット:地球低軌道に2000キログラムまでの重量を運ぶことができるロケット

となる。地球観測衛星や通信衛星の分野で1000キログラム以下の小型衛星が多数活躍するようになってきており、スペースXの通信衛星「スターリンク」に代表される、多数の衛星で世界にサービスするような存在もある。小型衛星を迅速に、高頻度に、低コストで打ち上げる宇宙輸送手段には大きな需要がある。

出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より
出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より

一方で、旺盛な需要を見越して競争が激化している市場でもある。米欧中露印と世界でロケット打ち上げ能力を持つ国はほぼこの分野に参入しているといってよく、たとえホンダといえども参入してすぐにシェアを取れるようなものではない。日本にもインターステラテクノロジズ、スペースワンといったプレーヤーが存在する。その中でホンダはどのような方向性のロケットを開発して事業化していくのか。9月30日の発表を各社が報じた中に、そのヒントが散りばめられていた。

ホンダロケットの開発詳細

まずは、報道から開発目標に関する重要な部分を抜粋してみる。

「2029年までに人工衛星用の小型ロケット打ち上げ試験を行い、将来の事業化を目指す」(読売新聞

「まずは高度100キロ程度の地球を周回しない『準軌道』に打ち上げ、距離を伸ばしていく方針」(朝日新聞

「若手技術者を中心に19年末から開発をスタート」(朝日新聞

「すでに燃焼についての実験も始まっており、小川氏は動画を白黒で見せてくれた。ただ白黒になっているのは、燃焼色によって成分が分かってしまうため」(Impress Watch

「発射場についても検討を開始しており、おそらくアメリカになるのではないかとのこと。また、開発中の再使用型小型ロケットで打ち上げる衛星の重さは1t以下を想定している」(乗りものニュース

各社報道から推測できること

まず、2020年代中とされる開発タイムラインについて考えてみる。2019年から検討を開始して2029年までに試験機打ち上げとは、意外に時間をかけてきていると思える。比べてみれば、スペースXは2002年に創業し、小型ロケット「ファルコン1」の試験機初打ち上げは2006年。日本のスペースワンは、2018年に創業し初号機打ち上げが2021年度中(2022年3月まで)だ。イーロン・マスク氏が私財を投じて高速開発を率いたスペースXと、固体ロケット開発の既存プレーヤーであるIHIエアロスペースが参加するスペースワンと単純な比較はできないかもしれない。しかし、新規参入という部分を割り引いても、ホンダの場合は早期の市場参入を目指す方向性ではなさそうだ。時間をかけてでも特色ある再使用エンジンをしっかりコア技術としたいのではないかと考えられる。

次に気になるのが、エンジン燃焼試験の動画を公開したものの、燃焼色から(推進剤の)成分を推測されないように白黒にしたという部分だ。Twitterでは冗談交じりに「四酸化二窒素とヒドラジンでも採用するつもりなのか」という声が聞かれた。明るいオレンジ色の噴煙が特徴的なヒドラジン推進剤ならば確かに映像から推測されやすいが、ヒドラジンは毒性が高く人体に有害な物質だ。確実に点火できるという得難い性質を持っているためロケット推進剤としての歴史はあるものの、世界の宇宙産業が脱却を目指している。ホンダが米国での打ち上げを目指す場合、有害性のために環境影響評価が厳しくなる可能性もあり、事業にとってはリスクになりうるため可能性は低そうだ。

とはいえわざわざ非公開にしたからには、色から推測される推進剤の成分にホンダのロケットの方向性がうかがえそうだ。現在、主なロケットの推進剤にはスペースXの「ファルコン9」を始めとするケロシン、日本の「H-IIA」に代表される液体水素、そして各国が開発を進める液化メタン(LNG)がある。それぞれ、燃焼色からある程度の推測が可能だ(液体水素の場合は、無色であることから推測できるといえる)。

3種類の推進剤のうち、世界で使用例の多いケロシンはどうだろうか。日本では、現在ケロシンを主な推進剤とした商用ロケットがないため、ホンダが採用するならむしろ画期的かもしれない。だが、アポロ宇宙船を打ち上げたサターンV、現在も現役のロシアのソユーズと世界で数々のロケットを打ち上げ、技術と実績が蓄積された(それだけ先行するロケットが多い)ケロシンを使ったエンジンに、ホンダがこれから時間をかけて挑むメリットはあるのか、という疑問がある。

再使用ロケットに限ってもすでに大型のファルコン9があり、ライドシェアという複数の小型衛星をまとめて打ち上げるサービスの段階に入っている。米国のロケットラボが開発を表明した「ニュートロン」もケロシン系の「RP-1」を使用するという。ニュートロンロケットは、低軌道に8000キログラムまでの搭載が可能で、高回転の打ち上げを目指し、2029年までの衛星打ち上げ需要の98パーセントに対応可能、という野心的な目標を打ち出している。初打ち上げは2024年の目標で、ホンダの小型ロケットが同じケロシン系/再使用エンジンの小型ロケットを打ち出したとしても、限定的なシェアしか得られないのではないか。

次いで、日本のロケット企業を始め各国が開発を進めるメタンはどうだろうか。メタンはロケット推進剤の性能指標「比推力」でケロシンより優れている。難点といえば常温で液体のケロシンに対してマイナス約160度の極低温での取り扱いが必要になることだが、再使用エンジンにとってはケロシンのようなすすが出にくいため、メンテナンスしやすいという良さがある。燃焼してもCO2排出量がケロシンに比べ大幅に少なく、環境負荷の面でも有望視されている。

日本ではインターステラテクノロジズの「ZERO」やスペースウォーカーの有翼再使用ロケットがあり、スペースXの「スペースシップ」、欧州の「アリアン6」以降にメタン推進剤のエンジンが採用される計画だ。どれも現在開発中であり、新規参入のホンダにとっても多少遅れるとはいえ、大きな差にならない可能性がある。

最後に、液体水素の推進剤を考えてみると、実はこれがホンダの既存の技術とよく合致する。液体酸素/液体水素の組み合わせは、実用上最も高い比推力を持つ優れたロケット推進剤だ。難点はマイナス約250度の極低温での取り扱いが必要で、燃焼時の排気ガスはクリーンだが製造時に多くのエネルギーを必要とし、CO2排出も大きいことだ。一方でホンダはすでに水を電気分解して水素を製造する「高圧水電解システム」の技術を持っている。水素を圧縮するためのコンプレッサーが不要で、エネルギーのロスも小さいといい、ホンダの水素燃料電池車(FCV)への燃料供給源となっている。また再生可能エネルギー由来の電力で水素を製造し、その水素でFCVへを運用する水素ステーションの開発・設置を実施しており、JAXAと協同で月面で水素エネルギー供給システムの検討を始めている。

メタンの場合、ロケットエンジンで利用できる高純度メタンの調達から考えなくてはならないが、水素ならばすでに製造システムを持つというメリットがホンダにはある。また、国内で液体水素ロケットエンジンの技術基盤を考えた場合、JAXA宇宙科学研究所が長年開発を進める、「再使用ロケット実験機(RVT)」という存在がある。開発には三菱重工業が関わるため技術移転がたやすくはないと思われるが、JAXAを通じて協力関係を結ぶことならば考えられる。

出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より
出典:文部科学省 第2回宇宙開発利用部会 将来宇宙輸送システム調査検討小委員会『宇宙輸送に係る国外の主要動向について』より

ホンダの宇宙事業参入表明の報道から、可能性のあるロケットの方向性を探ってみた。2019年時点で世界に70社以上あったといわれる小型ロケットの市場にこれから参入し、高頻度打ち上げや低コストといった競争力のあるロケットと戦うとすれば、何かしら特色のあるコア技術が必要だ。今回の発表では情報量は抑えめであまり手の内を見せていないが、さまざまな機会を通じて情報を重ね合わせていくことで「宇宙のホンダ」の輪郭をくっきりさせていきたい。