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11日夜リチャード・ブランソン氏が宇宙船に初搭乗へ。サブオービタル機2社の「一番乗り競争」

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: Virgin Galactic

2021年7月11日午前9時(米国東部標準時、日本時間では11日午後10時)、米ヴァージン・ギャラクティック(以下VG)は、サブオービタル宇宙船SpaceShipTwo VSS Unity(スペースシップ2 ユニティ)にリチャード・ブランソン氏ら6名のクルーが搭乗して飛行を行う。全乗員が搭乗する飛行は同社初となる。

※天候の問題から飛行は米国東部標準時7月11日午前10時30分(日本時間11日午後11時30分)に延期された。

VSSユニティは、VGが開発する6人が搭乗可能なサブオービタル宇宙船。ニューメキシコ州の商業宇宙港スペースポート・アメリカから飛行し、母船の航空機から分離後、ロケットエンジンで高度80キロメートル前後まで上昇し、数分間の微小重力体験が可能な弾道飛行を行う。2004年に100キロメートルを超える飛行を達成した試験機「スペースシップ1」を元に商業宇宙旅行向けの機体として開発され、2016年から現在の機体で有人飛行の試験を続けてきた。

今回の飛行は、4回目の有人飛行試験となり、2名のパイロットのほかに、VGが認定した4名の民間宇宙飛行士が搭乗する。「宇宙飛行士001」は、設立者のリチャード・ブランソン氏。「顧客が体験する宇宙飛行を評価する」役割を担う。飛行試験の発表の中で、ブランソン氏は自身の役割について「私は素晴らしいミッションスペシャリストのクルーの一員として、将来の宇宙飛行士が計画する宇宙飛行の検証を行い、ヴァージンが期待されている独自の顧客体験の提供を確実にする支援を行うことを光栄に思います」と延べ、飛行試験参加への期待を表明した。

サー・リチャード・ブランソン(左から4人目)とVSSユニティ試験飛行に搭乗する6名のクルー。Credit: Virgin Galactic
サー・リチャード・ブランソン(左から4人目)とVSSユニティ試験飛行に搭乗する6名のクルー。Credit: Virgin Galactic

これまでVSSユニティの試験飛行で行ったパイロット搭乗による機体の性能評価に加えて、クルーが搭乗する飛行は、VGが商業宇宙旅行サービスを提供する重要なマイルストーンとなる。VGはFAA(連邦航空局)から6月に商業宇宙飛行のライセンスを得ており、今後2回の有人飛行試験を行った後、2022年に商業宇宙飛行を開始する計画だ。

Credit: Virgin Galactic
Credit: Virgin Galactic

2022年以降の商業飛行では、「ミスター冥王星」として知られる宇宙探査機ニュー・ホライズンズの主任研究員アラン・スターン博士が、NASAが資金提供する宇宙生理学実験のための飛行機会で搭乗する予定だ。

ブランソン氏搭乗によるVSSユニティの試験飛行は、VGのサイトからオンライン中継が予定されており、俳優のスティーヴン・コルベア氏やカナダ初のISSコマンダーで「歌う宇宙飛行士」ことクリス・ハドフィールド元宇宙飛行士らが参加するセレモニーが行われる。華やかな演出の背景には、16年間の開発を経てブランソン氏が宇宙船に初搭乗する記念というだけではない背景があるとみられる。

VGがクルー搭乗飛行の発表を行ったのは、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したブルー・オリジンがサブオービタル宇宙船「New Shepard(ニュー・シェパード)」の有人初飛行を発表した直後で、7月20日に予定されているニュー・シェパードの飛行に先んじる形になる。現在、2社の争いとなっている商業有人サブオービタル宇宙旅行の世界で激しいPR活動の競争を繰り広げているからだ。

VSSユニティにアラン・スターン博士が搭乗することが発表されたのは2020年10月。一方でブルー・オリジンはニュー・シェパード初搭乗の権利を2021年6月オークションで販売し、約30億円で落札され注目を集めた。また、1960年代にNASAの女性宇宙飛行士選抜プログラム中断のために宇宙飛行士になる機会を得られなかった女性パイロット、ウォリー・ファンクさんをニュー・シェパード飛行に招待し、最高齢の宇宙飛行記録更新を計画している。そして設立者のジェフ・ベゾス氏も兄弟のマーク・ベゾス氏と共にニュー・シェパード有人初飛行に搭乗すると発表している。

以前から宇宙船搭乗を表明しており、冒険家としても知られるブランソン氏の宇宙飛行をニュー・シェパード初有人飛行の前に「ぶつけて」きたことに対して、ブルー・オリジンは7月10日「高度80キロメートルを『宇宙の境界線』だと思っている人はわずか4パーセント」「VSSユニティは『高高度航空機』であって『ロケット』ではない」という皮肉をツイートした。

これは、VSSユニティの飛行が国際航空連盟(FAI)の定義する「カルマン・ライン(高度100キロメートル以上の宇宙との境界線)」を越えていないことを揶揄したもの。一方で米空軍とFAAはVSSユニティは宇宙を飛行したと認めている。

2社の競争には、「80対100キロメートルなんて傍から見れば無意味な争い」と釘を刺す意見もある。実際のところ、VGの飛行部門の責任者であるマイク・モーゼス氏はCBSニュースのインタビューで「本当の意味での競争というものはないのです。(宇宙旅行は)まだ本当に小さな業界で、私たちも、ブルー・オリジンも、スペースXもみな知り合いですしNASAとも協力しています。業界の誰もが、人類を宇宙に連れて行くのだ、宇宙旅行はすべての人の未来にある、ということを自覚しています」と、競争の背後で目的意識を共有しているとコメントした。

Credit: Virgin Galactic
Credit: Virgin Galactic

宇宙旅行はまだ勃興期にあり、米議会は「ビジネスモデルや安全基準が確立され、規制の対象となる基本的な宇宙船の設計が定まったという段階ではない」としている。このため、航空機のような機体や運行の安全基準は策定されておらず、FAAによればそうした規制が設けられるのは2024年以降だという。世界的な大富豪や著名な人物が搭乗する宇宙船の初飛行には華やかな演出や皮肉を交えたPR競争があるが、その背後にはひとつひとつのマイルストーンが業界の将来を左右するという関係者の緊張感もうかがえる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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