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NASAは宇宙で美容液の広告撮影へ。低軌道の“商業化”は進むのか?

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
ノースロップ・グラマンのシグナス補給船 Credit: NASA

2020年9月24日、NASAはエスティーローダーの美容液製品「アドバンスナイトリペア」を10本、国際宇宙ステーション(ISS)に送って製品の広告撮影を行うと発表した。宇宙飛行士がISSの窓から見える地球を背景に撮影を行う予定だ。10本のアドバンスナイトリペアは来春には地上へ戻され、1本はオークションで販売される。

「アドバンス ナイト リペア」は、化粧品メーカーの米エスティーローダーが1980年代から発売する同社のアイコン的美容液製品。2020年9月に製品リニューアルを行ったこの美容液のボトルをISSから地球を見渡せる展望ユニット「キューポラ」の窓の前に置き、地球を背景に宇宙飛行士が商品撮影を行う。撮影された画像はエスティーローダーのソーシャルメディア広告に使用されるという。

直径80cmの天窓を始め7枚の窓を持つISSの展望ユニット「キューポラ」。Credit: NASA
直径80cmの天窓を始め7枚の窓を持つISSの展望ユニット「キューポラ」。Credit: NASA

日本時間9月30日午前11時27分、ノースロップ・グラマンのISS補給船「Cygnus(シグナス)」運用14号機がアンタレスロケットで打ち上げられる。アドバンスナイトリペアは他の実験機器と共にシグナス補給船に搭載され、補給船は10月3日午後8時ごろ、ISSに結合する予定だ。

ISSを利用した商品の撮影は、2005年に放映された日清食品のカップヌードル『NO BORDERシリーズ“宇宙篇”』などの例がある。今回の美容液の広告撮影は、NASAが2019年に解禁したISSの商業サービスを利用するもので、ロシアや日本ではなくNASAがサービスを行う。

欧州宇宙機関(ESA)が開発したキューポラの窓越しに見た地球の光景。Credit: ESA/NASA
欧州宇宙機関(ESA)が開発したキューポラの窓越しに見た地球の光景。Credit: ESA/NASA

7枚の窓を持つキューポラからは90分ごとに移り変わる地球を一望でき、商品名の「ナイト」に合わせた夜景も、青い地球も背景にすることができる。

広告に宇宙飛行士は登場せず、撮影のみの役割を務める。宇宙飛行士による撮影費、シグナス補給船によるISSへの輸送費、地球帰還時の輸送費を合わせた費用は12万8000ドル(約1350万円)といい、桁をひとつ間違えたかと思われるような金額だ。宇宙飛行士による撮影時間は、年間最大で90時間となっている民間利用時間の5パーセントといい、4.5時間に相当する。時間内に作業が終わらなかった場合には追加の利用料が発生すると考えられるが、NASAの宇宙飛行士に作業を依頼できる時間は一企業あたり年間最大で25時間という上限があるため、追加利用料は最大でも35万8750ドル(約3800万円)となる。多くともトータルで5000万円程度だ。

世界規模の企業のアイコン的商品の撮影であれば、さらに高額の費用がかかっても驚きではなく、広告主の企業からすればかなり手頃に宇宙を利用できるといえそうだ。とはいえ、この手頃さに対する疑問の声もある。民主党のジーン・シャヒーン上院議員は、NASAの2021年度予算の公聴会の席で、「エスティーローダーのこの試みがNASAの商業化施策にとってどのように効果をもたらすのか」と質問し、広告撮影から得られる利益は小さすぎるのではないかと指摘したという。

NASAの側からすれば、エスティーローダーのように宇宙に関連すると思われていなかった企業が宇宙利用に参入することで、他の“非宇宙”企業が関心を示すきっかけになるという期待があるようだ。2021年後半には、俳優のトム・クルーズ氏によるISS滞在と映画撮影という大きな話題が期待される計画がある。NASAのISS商業利用1年目となった2020年の実績は小さくとも、来年以降ははずみがつくという期待があるともいえそうだ。ただし、先駆的な企業の利用が一巡すると、似たような企画が続く模倣の段階に入ってしまう懸念もある。コンテンツ制作分野でISSを利用するならば、刻々と移り変わる地球の様子がコンテンツの中で意味を持つなど、継続的な利用につながるアプリケーションが必要になってくるのではないだろうか。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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