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冤罪で逮捕・勾留。妻と1年7ヵ月の接見禁止で家族は崩壊した。「人質司法サバイバー国会」報告(第9回)

赤澤竜也作家 編集者
悔しさをにじませながら苛烈な取調べについて語る高津光希さん(仮名) 撮影:西愛礼

人質司法はターゲットになった人物の人間関係を根底から破壊してしまう。

あらためてそう感じさせられたのが高津光希さん(仮名)のケースである。

彼は第2回で紹介した赤阪友昭さん、第4回の菅家かずみさんと同様、SBS/AHT(いわゆる揺さぶられっこ症候群)事案で冤罪被害に遭った。

以下、秋田真志・古川原明子・笹倉香奈編著『赤ちゃんの虐待えん罪』(現代人文社)のなかの村井宏彰弁護士による記述をもとに、高津さんのケースを振り返ってみる。

SBSの権威の医師鑑定を警察・検察が盲信

生後1ヵ月の娘Dちゃんと妻の3人で暮らしていた高津さん。寝かしつけを終えた妻は入浴のためバスルームへ行き、彼はベランダでビールを飲んでいた。

20分後に妻が戻るとDちゃんが急変していた。顔面蒼白で息をしていない。妻の悲鳴を聞いた高津さんはベランダから駆けつけ、必死になって心臓マッサージをしたのだが、救急搬送されてから約2ヵ月後の2017年3月に亡くなってしまう。

その後、高津さんも妻も病院、警察、児童相談所に対し、上記の経過を何度となく説明したのだが、聞く耳を持たない。

Dちゃんの急変から9ヵ月半後の2017年10月、高津さんは逮捕された。根拠は「SBS/AHTの権威の医師」による鑑定。急性硬膜下血腫、脳浮腫、左目網膜出血という揺さぶられっ子症候群の3兆候に加え、多発性の肋骨骨折があったことから虐待だと決めつけたものだった。

高津さんのスピーチは以下のように始まった。

「こんにちは。みなさまがいろいろお話しになられて重複する内容なので、ひとつだけ話させてください。ボクは任意の捜査段階からやってませんということを家族とともにみんなで捜査機関に伝えてきたんですけれども、なにひとつ聞いてもらえなくて、いま思えばそれだけ聞いてもらっていれば、たぶんここにもいなかったというのが率直な意見です。これしか考えていないし、思っていないです」

逮捕後の取調べは苛烈を極めたという。弁護人の助言により黙秘を貫く高津さんに対し、警視庁捜査一課の担当刑事は、「SBSの権威の先生(医師)が、暴力的揺さぶり以外の原因は考えられないと言っている」と高津さんの犯行を断定。「男として人の親として姑息すぎる、人の親である自覚はあったのか」「もし2人目の子どもが生まれても、どうせ同じことをやっていたんだろう」と罵倒し続けたという。

ちなみに取調べはすべて録音録画されていた。

黙秘を貫き勾留2年と17日。人質司法は悲劇を生んだ

高津さんの発言に戻ろう。

「なんで、もっとあのとき話を聞いてくれなかったのか。半年も内偵捜査みたいなのをやって、嫌がらせみたいなことやって、家族を引き離して、で、逮捕してからも、もう、言ったらきりがないけれども、人としての扱いを受けないような、行動言動すべて、を受けて、そのまま起訴。裁判まで引きずられて、保釈も請求したけれども全部だめで、それで家族もバラバラになって、というところまで追い込まれました」

高津さんは2年と17日間、勾留され続けた。

それだけではない。奥さんとも1年7ヵ月にわたって接見禁止措置が付されてしまったのである。会えないだけではない。手紙のやり取りすら禁じられるのだ。

拘禁施設での弁護人以外との接見には施設の職員が立ち会い、面談の内容を記録する。信書もまた検閲される。どう考えても偽証を働きかけたり、逃亡の相談をすることなど不可能なのだが、裁判所はいとも簡単に検察官の接見禁止の請求を認めてしまうのがこの国の刑事司法の実務なのである。

第2回の赤阪友昭さんの報告でも述べたが、これは世界に例を見ない、人権上許されざる制度だ。ちなみに審査は非公開で行われ、弁護人に意見を求めることもない。検察官と裁判所の間だけで資料のやり取りを行ったうえ、決定されてしまう。

長きにわたって伴侶とのコミュニケーションの自由を全面的に奪われた結果、高津さんの身の上になにが起こったのか。

『赤ちゃんの虐待冤罪』には、

「なんの前ぶれもなく妻からの離婚届が弁護士さんを通じて届いたときなどには、死ねば娘のところに行けるとさえ思いました。それに勘づかれたのか、拘置所の職員が監視を強めて、真冬に長袖を全部取り上げられたこともあります」

と記されている。

控訴審判決は検察官を厳しく批判

「いまは仲間と楽しくやっていますけれども、心のなかに暗い影が落ちていて、いつもやっぱこういうことを考えちゃうから、昔のようには戻れないのかなと思います。時間もないからあれなんですけれども、最後にひとつ言いたいのは、捜査機関の人から『俺たちは土俵に上がったら負けたことないから覚悟しろ』みたいなことを、起訴されたときに言われたんです。『勝ち負けってなんですか?』って聞いたら、『それは裁判だよ』と言ってきたので、『わかりました』と言って、結果……、なにが勝ちか負けかボクはわかりませんけれども……」

2020年2月、東京地裁立川支部は無罪判決を下す。検察官が控訴するも、2021年5月、東京高裁は控訴を棄却し、高津さんの無罪は確定した。

控訴審は、揺さぶられっ子症候群の3兆候からさかのぼってひとつの原因(暴力的揺さぶり)を推認するSBS仮説によった検察官の主張立証に対して、「3つの症状がたまたま併存したとするのは『医学的に』不合理であるとして1個の原因によることを前提とする所論は、(中略)ほかにそれらの症状が生じた原因が合理的に考えられないことに関する検察官の立証責任を看過するものである」と正面から批判した。

まったくの冤罪だったのである。

高津さんは最後にこう言ってスピーチを締めくくった。

「霞ヶ関の桜田門にいる捜査一課の人はいまごろどういう気持ちでいるのかなと思います。悔しいです」

警察関係者はもちろんのこと、検察官、病院関係者、鑑定した医師なども真摯に責任に向き合ってもらい、この国の刑事司法の問題点を一緒になって考えていただきたいものである。

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『人質司法サバイバー国会』の動画はこちらから視聴可能です。

https://innocenceprojectjapan.org/archives/4701

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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