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長期勾留によって殺された仲間は無実の知らせを聞けなかった。「人質司法サバイバー国会」報告(第5回)

赤澤竜也作家 編集者
左から大川原正明氏、島田順司氏、相嶋一登氏 撮影:西愛礼

「事件をでっち上げたというふうに言われても否めないんじゃないかな?」。法廷で原告側弁護士からそう問われた警視庁公安部の警部補は、「まあ、ねつ造ですね」と返答した。

初公判直前に検察が公訴を取り消し、その後の国家賠償請求訴訟で捜査を担当した警察官が法廷で「ねつ造」だと断言するなど前代未聞の展開を見せている大川原化工機事件は「人質司法」の結果、無実の方が命を落とされるという悲劇を生んでいる。

11ヵ月の間に仲間をひとり、失いました

生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業大臣の許可を得ずに輸出したという容疑(外為法違反)で2020年3月に逮捕されたのは大川原化工機社長の大川原正明さん、海外営業担当役員の島田順司さん、噴霧乾燥機の設計開発を担った相嶋静夫(あいしま・しずお)さんの3人だった。

『人質司法サバイバー国会』では、まず社長の大川原正明さんが口を切った。

「われわれの会社、約100名の中小企業に強制捜査が入ってから約1年半、社員40何名に対し、のべ約300回の任意の取調べがありました」

「少ない社員がこのあとちゃんと会社をやっていけるか、というのがやはり一番で、当然ながら捜査に全面的に協力してきました」

犯罪の成否は大川原化工機が輸出した噴霧乾燥機が外為法による輸出規制の対象となる「定置した状態で滅菌または殺菌することができる」かどうかに尽きた。丁寧に「熱風によって機械内部のすべての菌を殺すことはできない」と説明し続けたのだが、立件ありきで突き進む警視庁公安部、および検察は耳を貸そうとしなかった。

続いてスピーチした島田順司さんは、

「役員として輸出を担当していました。1年半の事情聴取の後、逮捕・起訴されて11ヵ月、332日間勾留されて、裁判の3日前に公訴取り消し。『間違えました』と言われました。11ヵ月の間に仲間を一人失いました。それが本当に悔しくて……」

こう言うと、絶句してしまう。「失った仲間」とはともに逮捕・勾留された相嶋静夫さんのことである。

死に至る病でも保釈を認めない裁判官

最後に演壇に立ったのは相嶋一登(かずと)さん。抱いていた相嶋静夫さんの遺影を置き、マイクを握る。

「発言の機会を与えてくれてありがとうございます。技術顧問を務めていた相嶋静夫の長男、一登であります。父はまさに検察の人質となったままノンサバイバーとなってしまいました。父は2020年9月25日に東京拘置所内で重度の貧血が判明しました」

勾留中に体調を崩した相嶋静夫さんは東京拘置所内で輸血処置を受けるなどしたうえ、2020年9月29日、緊急の治療の必要性を理由に保釈請求をする。しかし、検察官は罪証隠滅のおそれがあると主張して保釈に反対。裁判所は請求を却下した。

10月7日、相嶋静夫さんは東京拘置所内の医師による診察・検査を受け、胃に悪性腫瘍があると診断された。10月16日、勾留執行停止が認められる。

「父は都内の大学病院を受診しましたが、刑事被告人であることなどを理由に治療を受けることができませんでした。わたしたちは、元検察官という病院職員をはじめ、多くの医療関係者に囲まれ、治療を拒否されました。顔面蒼白で自力で歩けないガン患者が東京のど真ん中で、このような扱いを受けることに衝撃を受けました」

進行性の胃がんと診断されたのだが、当の大学病院からは「勾留執行停止状態での入院、手術はできない」と告げられてしまったのである。

弁護団はあらためて相嶋静夫さんの保釈を請求した。これに対し検察官はなおも罪証隠滅のおそれがあると主張し保釈に反対。そして裁判所も請求を却下した。その後、相嶋静夫さんは、勾留執行停止状態でも入院、手術を受け入れてくれる医療機関を探し、2020年11月5日に勾留執行停止のうえ、入院したのだが、翌年2月7日に胃がんで亡くなってしまう。

ここでもう一度、確認しておくと、法律では保釈は権利とされている。保釈の請求を受けた裁判官は原則「これを許さなければならない」。しかし例外であるはずの「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」が極限にまで拡大解釈されているのが、この国の刑事司法実務の実態なのである。もちろん日本以外の先進国でこのような野蛮な仕組みを野放しにしている国は見当たらない。

「警察官、検察官、裁判官はプロとして有しているスキルを社会のために役立つよう使うべきで、悪用してはならない」と語る相嶋一登さん。(筆者撮影)
「警察官、検察官、裁判官はプロとして有しているスキルを社会のために役立つよう使うべきで、悪用してはならない」と語る相嶋一登さん。(筆者撮影)

保釈条件のため仲間の死に目にも会えず

一方、大川原正明さん、島田順司さんの保釈請求も却下され続けた。検察官は弁護人が検察官請求証拠の大部分を不同意にしていることを理由に、「口裏合わせによる罪証隠滅のおそれがある」との意見を述べると、裁判所はそのまま受け入れて、保釈請求は却下されてしまう。

2020年12月25日、弁護側は検察官請求証拠の一部について、不同意意見を同意意見に変更したうえで、あらためて大川原正明さんと島田順司さんの5度目の保釈を請求した。

不同意意見を同意意見に変更とはどういうことなのか?

本来なら証人尋問をして徹底的に争いたいのだが、そうするといつまでも保釈は認められない。公判で不利になることを承知のうえ、罪証隠滅の範囲を狭めることにより保釈の可能性を高めたということである。被疑者・被告人の身柄を取り戻すべく、「無罪を獲得する」ための武器は捨てざるを得ない。人質司法は裁判の公平性・公正性を大きく阻害してしまうのである。

ここまでしてもなお、検察官は口裏合わせによる罪証隠滅のおそれを主張したが、東京地裁は保釈許可決定を出した。これに対し検察官は準抗告を申立て、2020年12月28日、東京地裁刑事第6部は検察官の準抗告を認容し、保釈許可決定を取り消し、保釈却下の決定をする。

結局、大川原正明さんと島田順司さんは東京拘置所の中で年を越した。2021年2月1日、弁護団は大川原正明さんと島田順司さんについて6回目の保釈を請求。検察官はやはり口裏合わせの可能性を理由に保釈に反対する意見書を提出。保釈許可決定、検察官による準抗告を経て、2月5日、大川原正明さんと島田順司さんは約11か月ぶりに外に出た。

翌々日、相嶋静夫さんは亡くなってしまわれるのだが、大川原正明さんと島田順司さんは保釈に際し、接触禁止の条件が付されていたため、相嶋静夫さんの最期に立ち会うことはできなかった。

安易な長期拘禁は人の命を奪ってしまう

相嶋静夫さんの長男である相嶋一登さんの発言に戻ろう。

「のちに拘置所病院のカルテを確認すると、7月10日時点で貧血があったことが判明しましたが、拘置所病院の医師はこの検査結果を見落としていました」

「そもそも逮捕・勾留さえなければ、父は遅くとも7月、つまり4ヵ月早くガンの治療を開始できたのです」

「さらに拘置所病院では、わが国であれば当たり前に行われる胃がんに対する診療は一切行われていませんでした。拘置所の医療レベルの低さも大きな問題だと思います」

拘置所の医療レベルの低さについては、『人質司法サバイバー国会』のこのあとの登壇者も証言している。

相嶋一登さんは次のような言葉でスピーチを締めた。

「なぜ公安部の捜査幹部は事件をねつ造してまで出世したかったのか。なぜ検察官や裁判官は事件のねつ造を見抜けず、長期勾留を続けたのか。法律の問題なのか、人事評価制度の問題なのか、ヒューマンエラーを防止するシステムが脆弱なのか。捜査機関はみずからの問題点を科学的に検証し、刑事司法に対する信頼を取り戻して欲しいと願っています」

おっしゃる通りである。

警察・検察のずさんな捜査と、その後の人質司法により大切な命が失われてしまった。検察官と裁判官が「共謀」して無実の人間を長期にわたって拘禁し、死に至らしめた。

抜本的な改善なくして「刑事司法に対する信頼を取り戻す」ことなど不可能である。

(参照:日本弁護士連合会ホームページ、えん罪事件から見える日本の刑事司法・大川原化工機事件)

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『人質司法サバイバー国会』の動画はこちらから視聴可能です。

https://innocenceprojectjapan.org/archives/4701

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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