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あなたも明日、被害者になるかもしれない「人質司法」。サバイバーが国会に集い、衝撃体験を語る(第1回)

赤澤竜也作家 編集者
司会のHRW日本代表・土井香苗氏(左)とIPJ事務局長・笹倉香奈氏 撮影:西愛礼

最近「人質司法」という言葉を耳にすることが多くなった。とはいえ「どういう意味なの?」と聞かれ、答えられる人は多くないだろう。

日本において、犯罪を行った疑いのある被疑者・被告人は否認または黙秘をしている限り、長期間勾留され、保釈がなかなか認められない。外に出たいがために虚偽自白してしまうことにより多くの冤罪の温床となってしまっている。

狭義での「人質司法」はそのような日本の未決拘禁制度を表す言葉として使われる。

「無罪の推定」が及んでいるはずの被疑者・被告人が、無罪の主張をしたり、憲法に認められた黙秘という行為を実行したりしようとすると、留置場・拘置所に拘禁されたまま長期間にわたり出してもらえない。その一方、権利を放棄すると、即座に自由な生活を取り戻すことができる。まさに人質という表現がふさわしい。

国際的な人権NGOであるヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の報告書『日本の人質司法』はその副題を「保釈の否定、自白の強要、不十分な弁護士アクセス」としていて、人質司法を成り立たせている保釈実務、接見禁止、取調べの実態、代用監獄制度などにも触れている。そして広義での「人質司法」を含む日本の刑事司法制度は何度となく国連から是正するよう勧告を受けている。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/visualisation/kokurenkankoku.html

ではなぜこのような野蛮な仕組みが放置されているのか。

国はこれらの勧告を無視し続けており、報道機関も取り立てて問題とみなしていないからである。法務省は日本の刑事司法制度は「人質司法」にあたらないと主張している。

https://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/20200120QandA.html#Q3

果たしてこの国の司法は公平性・公正性を担保できているのだろうか。

そんな疑問に答えるべく、11月10日、参議院議員会館に人質司法を体験した21人の方々が集結。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)とイノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)の共同プロジェクト『ひとごとじゃないよ! 人質司法』の第2回イベントである『人質司法サバイバー国会』で自身の体験を語ってくれた。

共同プロジェクトが「ひとごとじゃないよ」と銘打っているのは、あなた自身、もしくはあなたの家族や親しい友人が明日巻き込まれるかもしれないということを表している。

実際、登壇されたのは企業経営者、官僚、公認会計士、弁護士から看護師、カメラマン、クーラー設置業者、主婦に至るまで、様々な職歴の方々が網羅されていた。誰の身の上にも起こり得るのだ。

まさに「ひとごと」ではないのである。ある日突然やってくる「人質司法」。その実態を報告者の肉声とともに紹介する。

検察改革に尽力した村木さんは「失望しています」と語った

勾留中、もっとも辛かったこととして村木氏は「情報が絶たれ、自分の考えが正しいかわからなくなってしまったこと」を挙げ、山岸氏は「悪いことばかり想像して頭がおかしくなりそうだった」と述懐した 撮影:西愛礼
勾留中、もっとも辛かったこととして村木氏は「情報が絶たれ、自分の考えが正しいかわからなくなってしまったこと」を挙げ、山岸氏は「悪いことばかり想像して頭がおかしくなりそうだった」と述懐した 撮影:西愛礼

イベントは厚労省元事務次官の村木厚子さんと、プレサンス・コーポレーション元社長・山岸忍さんの基調トークで幕を開けた。

村木厚子さんは厚労省の局長であった2009年6月、障がい者団体向けの郵便不正事件において、虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で大阪地検特捜部に逮捕・起訴され164日間勾留された。2010年9月に無罪が確定して復職を遂げている。村木さんの事件の捜査において主任検事が証拠のフロッピーディスクのプロパティを改ざんしていたことが発覚し、当時の大阪地検特捜部長ら3人の検事が逮捕され、検事総長が引責辞任する大スキャンダルに発展した。

一方の山岸忍さんは2019年12月、学校法人明浄学院の土地取引をめぐって業務上横領の容疑で大阪地検特捜部に逮捕・起訴される。5度にわたる保釈請求を却下されて248日間の勾留を余儀なくされた。公判では山岸さんの部下に対する田渕大輔検事の取調べ録音録画が上映されるなど、特捜検事の取調べ実態が明らかになり、2021年10月無罪判決が宣告され、確定している。

大阪地検特捜部に逮捕されたこと、証拠は部下や関係者の供述しかなかったこと、そしてそれらが検事の取調べによってねじ曲げられたものであったことなど様々な共通点を持つだけに、おふたりのトークはうまくかみ合って随所に笑いも洩れるなど、とても中身のあるものだった。

大阪地検特捜部主任検事による証拠改ざん事件ののち、2011年3月に法務大臣の私的諮問機関として「検察の在り方検討会議」が設置され、村木さんご自身も意見を述べた。しかるに村木さんの事件から10年を経て、山岸さんのプレサンス元社長冤罪事件において、検察庁は同様の失態を起こしてしまった。

この点について司会を務めた川﨑拓也弁護士に問われると、村木さんは、

「密室で取り調べをやって、こいつが犯人だって思った人にはとにかく自白をさせて調書を取って、それを裁判所も裁判で採用するっていう基本の構図みたいなのが結局、変わってないのかなと。いまは本当にものすごく失望しています」

と語るなど、いまだに「人質司法」を楯に自白を取って有罪にするという手法から脱却できていない検察、それを追認する裁判所に対し疑義を呈した。

山岸さんもまた、

「人質司法と、取調べに弁護人の立ち会いがないこと。このふたつにより、いわゆるプロとアマチュアの闘いになってしまってます。検察官は、どうやったら有罪にさせるかという方程式を知ってますので、簡単にできるんですよ。取調べに弁護人の立ち会いがないことと人質司法、このふたつがある限り検察官の質は上がらず、5年経っても10年経っても同じ間違いが起こると思っています」

と言い切った。

『検察の理念』が「絵に描いた餅」になっている

基調トークの司会を務めたIPJ理事の川﨑拓也弁護士。刑事弁護人として被疑者に対して日本の保釈実務の実態を説明する際、人質司法に加担しているのではないかと感じるときもあると語った。撮影:西愛礼
基調トークの司会を務めたIPJ理事の川﨑拓也弁護士。刑事弁護人として被疑者に対して日本の保釈実務の実態を説明する際、人質司法に加担しているのではないかと感じるときもあると語った。撮影:西愛礼

この現状をどうやって変えていったらいいのだろうか? 

村木さんは、

「事件を振り返るとわたしを取り調べた検察官はもしかしたら、『こいつやっていないな』って知ってたんじゃないかと思うんですよね。だけど、『こいつが犯人で、こいつを有罪にするんだ』って、いったん組織が決めて走り出すと、あらゆる手段を使ってその目的達成に動いていくし、動ける仕組みになっている。だから取調官の資質とかモラルとか心がけに頼ってもなにも変わらないという気がしていて、おっしゃるように、身体拘束が出来るとか、弁護人を立ち会わせないとか、黙秘権があるにもかかわらず、『おまえそんなものあると思ってるのか』みたいなことを言われるとか、録音録画が完全にできていないとか、そういうものを本当にワンパッケージで全部変えないと、いまのこの、裁判官の頭もそうだし、取調官の『自白を引き出して、有罪にして一丁上がりにする』という仕掛けは変わらない。仕組みをちゃんとトータルに変えるというのが一番大事なんじゃないかなと思います」

と話してくれた。

村木さんの言うよう、取調べの録音録画は身体拘束された裁判員裁判対象事件と検察官独自捜査事件に限られ、刑事事件全体の2%~3%が対象となるにすぎない。やはり全事件・全過程への拡大が不可欠だ。弁護士立ち会い、未決勾留制度などすべてを含めた抜本的な改革が早急に求められるということだと理解した。

なかなか変わることのできない検察庁について問われた山岸さんは、

「村木さんの事件のあとに作られた『検察の理念』。あの通りやってもらったらいいと思います。ただ、わたしがお会いした特捜部の検察官は正反対のことしかしてません。いや、これ、本当にそうなんです。じゃあ、なんのための理念なんですかということを、あれを作った林さんにお聞きしたいと思います」

と語る。

先に述べた『検察の在り方検討会議』の報告書を受け、2011年9月、最高検察庁は『検察の理念』を公表した。

そのなかでは、

『被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的にその評価を行う』

『取調べにおいては、供述の任意性の確保その他必要な配慮をして、真実の供述がえられるように努める』

という崇高な理念が掲げられているのだが、山岸さんの事件の捜査を担当した検察官たちは一様にこの理念を踏みにじっていた。

山岸さんが「林さん」と言ったのは最高検検事として中心になってこの理念を作成した林眞琴氏のこと。ジャニー喜多川氏の性加害問題について、ジャニーズ事務所の「外部専門家による再発防止特別チーム」が8月に行った会見の際、中央に座っていた御仁である。山岸さんの無罪が確定した際、林氏は検察庁のトップである検事総長だった。しかるに冤罪が発生した原因を検証することも、再発防止の手立てを打つこともなかった。みずから作成した「理念」が部下に踏みにじられても平気だったのかと山岸さんは問うているのである。

基調トークを終え、司会の川﨑弁護士は、

「信じられないことかもしれないけれども、なかなか組織は変わってこなかった。やはりわたしたち国民が一丸となって、法制度として改革していく必要があるんだなと、すごく納得できるようなお話であったと思います」

と締めくくった。

主語は「わたしたち国民」なのである。

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『人質司法サバイバー国会』の動画はこちらから視聴可能です。

https://innocenceprojectjapan.org/archives/4701

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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