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本人尋問は却下。佐川元国税庁長官は逃げ切ったのか? 赤木雅子氏VS佐川宣寿氏 第2ラウンドが結審

赤澤竜也作家 編集者
2018年3月27日、証人喚問のため衆議院予算委員会に向かう佐川宣寿元国税庁長官(写真:つのだよしお/アフロ)

「控訴人から申し出のありました証人および被控訴人本人の尋問につきましては、本件訴訟における主張立証の内容、双方から提出されました人証調べに対する意見書の内容をふまえ、合議いたしましたけれども、尋問を実施する必要性はないものと……」

裁判長が早口でそう述べると、

「なんでやねん」

「なにを考えとんねん、ホンマに」

法廷内に傍聴席からの怒号が飛び交った。

赤木雅子さんが佐川宣寿元国税庁長官に対して起こしていた損害賠償請求訴訟の控訴審が結審した。

控訴人である雅子さんが求めていた佐川氏への本人尋問や、その部下であった中村稔元財務省総務課長の証人尋問は却下。判決日は来たる12月19日と決まった。

果たして森友学園事件の真相は闇に葬られたままになってしまうのか? 訴訟提起から3年半。長い闘いを振り返ってみる。

遺書には「財務省が虚偽答弁を繰り返している」とあった

赤木俊夫さんの手書きの遺書。雅子さんに宛てた「これまで本当にありがとう」の文字は涙でにじんでいる(筆者撮影)
赤木俊夫さんの手書きの遺書。雅子さんに宛てた「これまで本当にありがとう」の文字は涙でにじんでいる(筆者撮影)

発端は週刊文春2020年3月26日号に掲載された「森友自殺財務省職員 遺書全文公開 『すべて佐川局長の指示です』」という記事だった。

森友学園事件をめぐる公文書の改ざんを命じられたことを苦に2018年3月7日に自ら命を絶った元近畿財務局職員・赤木俊夫氏が財務省の犯罪を告発する手記を残していたのである。

執筆者は当時、大阪日日新聞の記者だった相澤冬樹氏。

「これが財務官僚王国 最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ、手がふるえる、怖い」という手書きの遺書にあった文言から始まる15ページにもわたる特大スクープを掲載した同号は53万部を完売した。

発売日であった2020年3月18日、雅子さんは国と佐川宣寿元国税庁長官を相手に損害賠償請求訴訟を提起する。

訴状において、裁判を起こす目的として、

1、自殺の経緯、原因を明らかにすること

2、現場の職員が二度と自殺をしないようにすること

3、赤木俊夫さんの遺志に基づき、誰の指示でどのような改ざんが行われたのか明らかにすること

が挙げられていた。赤木俊夫さんはパソコンに残していたワープロの手記のなかで、「この事実を知り、抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました。事実を、公的な場所でしっかりと説明することができません。今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした」と綴っている。告発したい気持ちがあったのだが、果たすことができなかった俊夫さんの遺志を継ぐというのが3点目である。

なにも書かれていなかった改ざん調査報告書

2017年3月17日、衆議院外務委員会で野党議員からの質問に答える安倍晋三首相。この時期は様々な委員会で森友問題に関する質疑が続いた
2017年3月17日、衆議院外務委員会で野党議員からの質問に答える安倍晋三首相。この時期は様々な委員会で森友問題に関する質疑が続いた写真:つのだよしお/アフロ

森友学園事件は1人の市議会議員の訴訟が発端となった。

2017年2月8日、豊中市議の木村真氏が行政文書の開示を求める訴訟を大阪地裁に起こす。豊中の国有地払い下げをめぐる公文書の開示を受けたところ、売買代金欄が黒塗りされていたからである。さらに翌日、朝日新聞が国有地の売却額が近隣地の約10分の1である1億3千400万円であったと報じる。購入した学校法人森友学園が開校を予定していた瑞穂の國記念小學院の名誉校長は安倍晋三首相の夫人である昭恵氏であることも書かれていたため、大きな波紋を呼んだ。

国会は予算審議の真っ最中であったため、野党は首相に問いただす。安倍首相は2月17日の予算委員会で「わたしや妻が関わっていたら、首相も議員も辞める」と啖呵を切った。森友学園問題は一気に政治問題と化す。1週間後の2月24日より財務省の佐川宣寿理財局長は「近畿財務局と森友学園との交渉記録はございません」と虚偽答弁を開始。その2日後の2月26日から、赤木俊夫さんはたびかさなる改ざんを強要されたのだった。

約1年後となる2018年3月2日、朝日新聞は公文書が改ざんされていた疑いを報道。自責の念からウツ病に苦しみ、休職していた赤木俊夫さんは5日後に自ら命を絶つ。3月9日に俊夫さんの自死が報じられると、同日の夕刻、佐川宣寿国税庁長官が突如、辞任を発表。3月12日に財務省は公文書の改ざんを認めるに至る。

3月27日、衆参両院にて佐川宣寿元国税庁長官の証人喚問が行われたが、「書き換えがなぜ行われたかというのは、刑事訴追の可能性があるので、その点についてはご理解たまわりたい」など50回以上にわたって証言を拒否したため、なぜ改ざんしたのか、誰がどのように指示をしたのかなどは不明なまま。

有印公文書変造・同行使、公用文書毀棄などで複数の刑事告発がなされていたが、こちらの方も大阪地検特捜部は5月31日、財務省職員など全員の不起訴を発表。司直の手での真相究明も果たされなかった。

財務省は6月4日、「改ざん調査報告書」なるものを公表したが、誰がいつ、どこで改ざんを指示し、どのように実行されたのかが一切記されていない、およそまともに調査したとは思えないほど悪質な代物。かえって謎が深まるばかりだったのである。

わたしは夫の死の真相を知りたい

たびかさなる遅延行為の後、証拠として国から提出された赤木ファイルの1枚目。「現場の問題認識として既に決裁済みの調書を修正することは問題があり」「本省審理室担当補佐に強く抗議した」とある(弁護団提供)
たびかさなる遅延行為の後、証拠として国から提出された赤木ファイルの1枚目。「現場の問題認識として既に決裁済みの調書を修正することは問題があり」「本省審理室担当補佐に強く抗議した」とある(弁護団提供)

俊夫さんは雅子さんに「改ざんの一部始終を記録として残した」と話しており、俊夫さんの上司である池田靖統括国有財産管理官もまた、雅子さんに対してその存在を認めていた。雅子さんが起こした裁判では終始、のちに「赤木ファイル」と呼ばれるこの書類の開示を求めていた。被告・国はのらりくらりとした態度で引き延ばし工作を続けたものの、追い詰められた挙げ句、訴訟提起から1年3ヵ月が経った2021年6月22日、開示されるに至る。

時系列で整理された赤木ファイルを繰ってみると、国有地の賃貸や売買に関する決裁文書で最初に削られたのはやはり安倍昭恵氏の名前だった。公文書の改ざんは首相夫人隠しのために行われたとしか考えられないのだが、財務省は認めていない。

ファイル開示後の裁判の焦点は証人尋問が行われるかどうかに移った。雅子さんの思いはただひとつ。「わたしは夫の死の真相を知りたい」ということ。そのためには佐川宣寿元国税庁長官や中村稔元理財局総務課長など改ざんに関わり、その後、口をつぐんでいる人たちに話してもらうほかない。

裁判長がある程度、尋問を認めるような気配を漂わせ、原告も少しは期待を抱いた矢先のこと。

非公開である進行協議という場において、被告・国は突如、「認諾」すると言ってのけた。裁判官たちですら、進行協議の場において認諾が出来るとは知らず、あわてて六法を繰ったという。騙し討ちといっていいやり口である。佐川氏ら当時の財務省幹部の尋問を阻止するため、国民の税金を使って裁判を終わらせてしまったのだった。

そのため、もう一方の被告である佐川宣寿元国税庁長官との裁判だけが残った。

一審の大阪地裁は2022年11月25日、佐川氏の賠償責任を認めなかった。原告が控訴したため、闘いの場は大阪高裁へ移ったのである。

この国の民主主義は機能しているのか?

赤木俊夫氏の趣味は書道。自宅には大量の道具や書道に関する書籍が残されている(筆者撮影)
赤木俊夫氏の趣味は書道。自宅には大量の道具や書道に関する書籍が残されている(筆者撮影)

大阪地裁の判決は「国がすでに損害賠償を行っているので、対象となっている公務員は賠償責任を負わない」と認定するものだった。

国家賠償法という法律に基づいて賠償が行われた場合、公務員の対外的個人責任は問われないという最高裁の判例がある。

一般企業の職員が部下に対して違法な行為を命令し、部下がそれを苦にして自殺し、会社が賠償したとしても、遺族は加害者である上司に対して責任追及できるのだが、公務員はダメなのだそうだ。

今回の控訴審では一審が最高裁の判例だけを根拠に佐川宣寿元国税庁長官の賠償責任を認めなかった点について争っている。

そして大阪地裁では認められなかった佐川氏らの尋問を求めていた。

雅子さんは法廷での陳述のなかで、

「裁判官の皆さまにお願いがあります。わたしは夫がどうして死ななければならなかったのかを知りたいです。そのためにも、法廷で改ざんに関わった人たちから話を聞きたいです。仕事の上で犯罪行為をしても、何の説明もせず、責任を逃れられることがここで証明されるのはおかしいと思います。佐川さんを法廷に呼び出してください」

と訴えたのだが、その直後に、裁判官は尋問の申請を却下と言い放ったのだった。

すべての記者会見が終わったあと、雅子さんは筆者に対し、

「あんまり期待しちゃダメだと自分に言い聞かせていたんですけれども、いざ、そうなってみるとやっぱりショックですね」

と話してくれた。

大阪地検特捜部は森友学園事件をめぐる公文書改ざんや背任で数多くの刑事告発を受理しながらまったく立件しなかった。

会計検査院の検査において、財務省は応接録を出すよう要請されても「捨てた」とウソをつき、改ざんされた公文書を提出するなど悪質な検査妨害を繰り返した。しかし、検査院は当該職員の懲戒の要求すらしなかった。

国会では野党が第三者による再調査や佐川氏の再度の証人喚問を繰り返し求めているにもかかわらず、政府は一切応じようとしない。

情報公開法を使って真実に近づこうと公文書の開示請求をしても、なにもかも黒塗りで出してくる。

国は認諾で損害賠償金を支払った。佐川氏に対して求償(賠償または償還を求めること)できるのだが、やろうとしない。

そして、最後の頼みの綱だった民事訴訟においても、真相究明のための証人尋問は拒否された。「公務員はなにをやっても国がケツを拭くのだから、文句を言うな」と言っているに等しい。

ひとりの人間が命を賭して真実を明らかにしようと声を挙げたにもかかわらず、国を正しい方向へ導く立場にある様々な機関はほおかむりを決め込み、結果的に隠蔽に手を貸す形となってしまっている。

こんなことが許されていいのだろうか。

「この国の様々な民主主義の仕組みがキッチリ働いているのなら、『公務員の個人責任は問われない』でいいのかもしれません。でも、どの機関も真相究明のためまともに機能していない。この国の民主主義がダメになっているなかで、70年も前の判例を盲信していていいのでしょうか」

原告代理人である生越照幸弁護士の言葉が心に残った。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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