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佐川宣寿氏の代理人「訴訟が継続して再就職にダメージ」意見書提出前倒し求める 赤木雅子さん損害賠償請求

赤澤竜也作家 編集者
5月8日、進行協議の後、会見に臨む松丸正弁護士(左)と生越照幸弁護士(筆者撮影)

「そんなこと言わないでよ。わたしの夫は亡くなっているんですよ」

 公文書改ざんを強要され自殺した元近畿財務局職員・赤木俊夫さんの妻・雅子さんは佐川宣寿元国税庁長官の代理人に向かって叫ぶと、泣き伏してしまった。

 5月8日、大阪地方裁判所で行われた損害賠償請求訴訟控訴審の進行協議のなかでの出来事である。佐川氏の4名の弁護士はウェブ上での参加だったという。

 いったいなにが起こっていたのだろうか。

国は税金を使って真相解明を阻んだ

 赤木雅子さんは2020年3月18日、国と佐川宣寿元国税庁長官に対する損害賠償請求訴訟を提起した。

 目的はひとつ。夫がなぜ死ななくてはならなかったのか。その真相を知りたい。ただ、それだけだった。

 財務省は公文書改ざん発覚後の2018年6月4日、「改ざん等に関する調査報告書」なる文書をとりまとめた。しかし、誰が、いつ、どこで、どのようにして改ざんを指示し、どのような命令系統で下達されたのかが一切書かれていない、およそ「調査報告」という名に値しない代物だった。

 佐川氏については「改ざんの方向性を決定づけた」とのみ記される一方、「全貌までは承知していない」という記載もあるなど、どう関わっていたのかまったくわからない。

「最終的には佐川さんに話してもらうしか真相にはたどり着けない」。そういう思いから、国だけではなく佐川宣寿元国税庁長官個人も訴えたのである。

 俊夫さんは雅子さんに、「ボクは改ざんに関するメモを残しているんだ」と何度も話していた。また俊夫さんの直属の上司である池田靖統括国有財産管理官(当時)もまた、雅子さんに「赤木さんは改ざんに関してきっちりしたファイルを作っていた。ファイルには本省からの指示、修正箇所、改ざんの過程が一目でわかるように整理されていた」と証言していた。訴状においては、この「赤木ファイル」の提出も求めた。

 裁判で国はひたすら遅延行為を繰り返した。しかし、原告による文書提出命令申立が認められそうになったため、訴訟提起から1年3ヵ月後の2021年6月21日、赤木ファイルを証拠として提出するに至った。

 同年の秋になり裁判長が証人尋問の可能性を口にしたあとの12月15日。国は突然、「原告の請求を認諾する」と宣言。お金を払うということで裁判を強制終了させてしまう。

 国会の答弁(2022年2月14日衆議院予算委員会など)によると、国が訴えられた請求をそのまま呑んだケースはそれまで過去3件しかなかった。しかも今回のケースは過去最高額。佐川氏ら財務官僚の証人尋問を防ぐため、国民の税金を使って一方的に訴訟を打ち止めにしたのだった。

 佐川宣寿元国税庁長官に対する訴訟のみ継続したものの、2022年11月25日、大阪地方裁判所は佐川氏の尋問も認めぬまま請求を棄却した。

立ちはだかった最高裁判例の壁

 判決においては「国に賠償を求めることができる以上個人として損害賠償責任を負わない。損害賠償責任を負わない以上、原告(雅子さん)に対して道義上はともかく、行為について説明したり謝罪したりすべき法的義務が、信義則上発生すると考えることはできない」と述べられた。

「公権力の行使に当たる国の公務員がその職務を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責めに任じ、公務員個人はその賠償の責任を負うものではない」という最高裁の確立した判例があり、それにのっとった判決なのだという。

 国家公務員に個人責任は問えない。

 今回のように重大な違法性があるケースにおいて、本当にそれでいいのか。控訴審においては、この最高裁判例という高い壁に挑んでいるのである。

「佐川さんにはやっぱり真実を語ってほしい」

 控訴人(赤木さん側)は裁判所に提出する意見書を書いてもらうべく、権威のある大学の先生方に打診をし続けた。しかし、なかなか色よい返事がもらえない。ようやく某大学の名誉教授から前向きな返答をもらい、非公開で行われた5月8日の進行協議において裁判長に、「意見書を書いてもらい、6月末日には提出する」と告げた。

 裁判長は「では、もう1回進行協議を7月に入れまして、控訴人の意見書と準備書面に対して被控訴人(佐川氏側)の反論が必要かどうか見てもらったうえ、弁論期日を入れるという進行にしたいと思いますが、被控訴人はなにかご意見はございますか?」と尋ねたという。

 すると、佐川氏の代理人は、

「意見書の提出を1ヵ月ぐらい前倒ししていただきたい。佐川は訴訟が継続して就職活動もできない状態になっており、長引くことがダメージになっております。(意見書を書いてくれる)先生は能力も高いと思われますので、急いでいただいて、日程を1ヵ月早めて欲しい」

 と言い出したため、冒頭のような展開となったのだった。

 雅子さんは、

「夫は再就職しようと思ってもできないんです。それを思うと感情的になってしまいました。左側の裁判官さんが、『相手方のご意見をまず、聞いてからどうするかを決めますので』となだめて下さり、生越先生がずっと手を握ってくれたので、なんとか落ち着くことができたんです」

「夫はどんなに苦しい思いをして死んだのか。わかってらっしゃるのかしら。もう裁判をやめよう。何度も思いました。でも、やっぱりやめられない。やめるわけにはいかないと強く感じさせる出来事でした」

 と語る。

 佐川宣寿元国税庁長官ひとりの責任であると考えているのではない。雅子さんの口から「佐川さんもお気の毒だ」という言葉が洩れるのを何度も耳にしている。詰め腹を切らされ、全責任を背負い込んだということも理解しているという。

 でも、やっぱり夫の死の真相を知りたい。「佐川さんに聞くしかない」のである。そして改ざんが行われた当時、財務省理財局長という重責を担った彼には国民に対して真相を語る責務があるはずだ。そのような思いが込められた控訴審は今後も続いていく。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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