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チャンコーチの“全仏優勝30周年”祝賀ムードも漂うなか、錦織がストレート勝ちで全仏OP好発進

内田暁フリーランスライター
(写真:アフロ)

■全仏男子シングル1回戦 ○錦織圭[6-2 6-3 6-4]Q・ハリス●

 大会開幕前日――。フランス唯一のスポーツ専門誌『レキップ』の、土曜版に付属する小冊子の表紙を飾ったのは、3連覇を狙うラファエル・ナダルでも、4年ぶりにローランギャロスに戻ってきたロジャー・フェデラーでもなく、1人のアジア人男性でした。

 ウインクした目尻に重ねた年輪を刻むその人物こそ、錦織のコーチのマイケル・チャン。今年は、彼が17歳で全仏オープンを制した“30周年”なのです。

 そのチャンとの練習に励んでいた、大会前の会見でのこと。「最近は、誰もが強くなってきている」とコメントした錦織に、では具体的に、どのあたりのランキングの選手までを脅威に感じるのかと尋ねると、彼は即座に「数年前までは、トップ20~30以下の選手はあまり脅威に感じなかったのが、最近は30~40位以降がすごく強くなっているように感じます」と応じます。

 「50~70位くらいの選手が、トップの選手に勝っているのも去年あたりから増えている気がするので」

 そこまで言うと、少し言いよどむような笑みを口に乗せて、「まあ、100位以下はそんなに感じないですが……」と続けました。

 

 その意味で言うならば、初戦で対戦した151位のカンタン・ハリスは、錦織にとって、そこまで脅威を感じずに済む相手だったかもしれません。ただ同時に、相手に関する情報がほとんどないことは、やや不安材料ではあったでしょう。

 最終的に、「ほとんど相手の情報がない」なかで入った試合。ですがそのぶん、自分のプレーの質を高めるという意識が強く働いたかもしれません。立ち上がりから錦織は、深くに決まるスピンの効いたフォアと、ネットをかすめ低い軌道で相手コートに刺さるバックで矢継ぎ早に攻め立てます。いきなりブレークに成功すると、瞬く間に4ゲーム連取。相手のミスが早かったこともありますが、それも「自分のプレーが彼を焦らせたところもある」との本人の言葉が示す通り、錦織が引き起こした側面も強かったでしょう。

 第3セットでは、後のなくなった相手のリスク覚悟のプレーと、錦織のサービスの確率が下がったタイミングが重なりブレークを許しますが、それでも錦織は再びストロークを深く打つことを心掛け、リターンで相手に傾きかけた流れを堰き止めます。終わってみれば、試合時間2時間のストレート勝利。7位と151位の数字の差が、そのまま反映されたかのような試合内容でした。

 今季のクレーシーズンは、本人曰く「物足りない感がある」結果でしたが、ローランギャロスの会場に入り、チャンから細かいアドバイスも多数得ながら、練習で徐々に良い感覚も取り戻してきたと言います。その成果を十分に発揮し、この2カ月間で一番と自画自賛する納得の内容で、まずは錦織、好スタートを切りました。

追記:地元テレビ局の、インタビュー時のこと。チャンが30年前に、当時世界1位のイバン・レンドル相手にアンダーサーブを放ったことに触れ、「あなたも、今大会アンダーサーブを打つ?」と聞かれた錦織は、「うーん…トライしてみようかな」と返答しました。

 意見の分かれるところではあるものの、このトリッキーなサーブは、テニスの世界…特に欧州では「卑怯」として忌み嫌われる側面が強いプレー。ファンが時に残酷なまでのブーイングを選手に浴びせる全仏でなら、なおのこと勇気の居る選択です。 

 痙攣に襲われた中での苦肉の策だったとはいえ、30年前のチャンのアンダーサーブが今も語り草なのは、それが彼の鋼の精神力を象徴するからでしょう。

 錦織が師匠譲りの覚悟と執着を示した時、悲願への道は開けるかもしれません。

※テニス専門誌『Smash』のFacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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