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“大坂世代”の元神童が、また一人完全復活。マイアミ女王のバーティが歩んできた「ユニークな旅路」

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 優勝者のプロフィールがスタジアムの巨大モニターに映された時、その年令が22歳であることに、改めて新鮮な衝撃を覚えた。

 2019年マイアミ・オープンの女子優勝者は、オーストラリアのアシュリー・バーティ。14歳の頃からテニス大国の期待を一身に浴び、そして18歳の若さにして突如「無期休養宣言」をした、かつての神童である。

 「あの時は休みが必要だったんです。精神的に疲れ切っていたし、家族と一緒に居たかった。テニスが楽しくなかったので、もう一度テニスをやりたいと思えるまでコートから離れようと決めました」。

 約2年前……復帰から1年ほど経った頃に取材した際、彼女はテニス界に背を向けた理由を、そう明かした。

 「どれくらい休むか決めていなかったし、戻ってくる確信もなかった。でも、可能性のドアは開けたままにしようと思ってはいました。もし戻りたいと思えば戻ればいいし、そうでなければ別のことをしようと思っていた。全ては、自然の成り行きに任せようと思っていたんです」。

 

 競技テニスを離れた後、彼女はクリケットやゴルフなど、興味のあった複数のスポーツに打ち込んだという。さらには時おり、子どもたちにテニスを教えることもあった。

 そうして、休養宣言から約1年後の年末――元ダブルスパートナーでもあるケイシー・デラクアの家を「単なる友人」として訪れ、誘われるがままにボールを打った時、彼女の中で、何かが爆ぜた。

 「久々に真剣にボールを打った時、いかに自分がテニスを好きだったか、そしてケイシーをはじめとする、ツアーの友人たちにどんなに自分が会いたかいと望んでいたかを知ったんです」。

 天才と呼ばれる重圧よりも、テニスへの純粋な情熱が勝った時、彼女は競技テニスに戻ることを自分の意志で選び取る。20歳の誕生日を、約2ヶ月後に控えた初春だった。

■日本選手たちも肌身で感じていた、バーティの天才性■

 バーティの“神童”エピソードは、日本のテニス関係者から耳にすることも多かったため、なおのこと印象に残っていた。

 14歳のバーティに、彼女より2歳年長の当時の日本のトップジュニアたちが、立て続けに敗れたというのもその一つ。「弱点がない。なんでも出来る選手」というのが、対戦した選手や観戦したコーチ陣が、総じて口にした感想だ。

 あるいは、バーティより5歳年長の土居美咲も、自身が20歳の頃に一緒に練習した際、「とんでもない子がいる。このまま成長したら、勝てる気がしない」と思わず周囲に漏らしたという。その想いの根底にあったのも、心身に幼さをまとう少女が「なんでも出来る」ことへの衝撃。「まだフィジカルが十分ではなかったけれど、技術的に『こんなことも出来るの!?』と驚かされた」と、後に土居は話してくれた。

 10年近く前から、周囲を驚かせてきたその才覚は今、心身の成熟を伴って、世界の頂点を競う舞台で対戦相手たちを戸惑わせる。

 今大会の決勝でも、バックハンドのスライスショットで長身のカロリナ・プリシュコワのリズムを揺さぶり、試合が進むにつれ歪(ひずみ)を誘った。それも単に、同じように打ち続けるスライスではない。時に短く鋭角に滑り込ませ、時にストレートへと深く流し、そうして相手を十分に揺さぶったところで、ネット際にポトリとドロップショットを沈める。 

 「彼女はバックハンドでスライスを打ち、そして強烈なフォアハンドでプレッシャーを掛けてくる。とても対処するのが難しい」。

 プリスコワも試合後に、豊富なショットバリエーションと、精神的に重圧を掛けてくる高度な戦略性を、自身が破れた理由に挙げた。

 

 復帰3年目でキャリア最大のタイトルを手にした22歳は、テニスから離れていた日々を「なんだか、ものすごく遠い昔のことのよう」と述懐する。さらにはその長く感じる日々の中で、彼女は「全く違う選手」だと思えるほどに、自分の成長を実感していた。

 

 彼女が復帰してからの僅か3年ほどの間にも、女子テニスの勢力図は幾度も書き換えられ、そして今、彼女より一歳年少の大坂なおみが、2度のグランドスラムを制し世界1位にも座している。あるいは、自身と同様に若くして“天才少女”と呼ばれたベリンダ・ベンチッチは、ケガによる超短期の離脱を繰り返しながら、3年ぶりのツアー優勝をつかみ復活への狼煙を上げたばかりだ。

 それら周囲の動きをバーティは、「もちろん彼女たちの動きは追っていたし、刺激になる」とした上で、「ことさらそれを、モチベーションにしようとは思っていなかった」と言った。

 「私が歩んできた道は、とてもユニークな旅路だと思う。私だけではなく、全てのテニス選手はそれぞれが異なる道をたどり、独自の経験を積んで、コート上で出会うことになる。私にとってこの数年は、いかに自分が成長するか、どのようにしてこの場所に至るかを追ってきた年月だった」。

 

 21歳の大坂が成した快挙は、それら異なる道を歩んできた同世代の選手たちに目指すべき地平を示し、彼女がこじ開けた扉からは、多くの選手が新たなステージへと飛び込んでいる。

 今季、ここまでWTAツアーでは13大会が開催され、生まれたチャンピオンは30歳のユリア・ゴルゲスを最年長、18歳のビアンカ・アンドレスクを最年少に、実に13人。

 その優勝者の数だけある「異なる旅路」を編みながら、女子テニス史の新たな物語が、色鮮やかに描かれていく。

 

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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