共有するのは「テニスを盛り上げたい」の情熱――キッズイベントに集う、4人のプロ選手の4つの想い

ジュニアテニスフェスタで、子どもにテニスを教える加藤未唯

 去る3月3日に兵庫県天王ダムスポーツガーデンで、小学生を対象としたテニスクリニック“ジュニアテニスフェスタ”が行われた。県政150周年記念事業の一環であり、主催は兵庫県体育協会。コーチ役を務めたのは、2018年東レパンパシフィックオープン・ダブルス優勝の加藤未唯をはじめ、久見香奈恵、吉備雄也、井藤祐一という、いずれも兵庫県に縁のある関西出身の4選手だ。

 現役選手2名に、競技生活からは引退した2名。キャリアの異なる地点に立つ彼/彼女らは、一つの通底する願いのもとに、今回のイベントにのぞんでいた。

■イベント直後に空港へ直行 ツアー転戦の合間を縫い加藤が参加した訳■

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 3月3日は、彼女にとって、ほぼ唯一の選択肢だった。

 3月までのどこかの週末で、一日、時間が取れないか――?

 昨年末にイベント主催者側から声を掛けられた時、加藤は、海外遠征予定で埋まるスケジュールの中から、3月の第1週目に可能な日を見つけ出した。それは中東のドバイから帰国し、2ヶ月近くに及ぶ北米遠征に飛び立つまでの、僅か一週間の日本滞在の最終日。

 「その日がひな祭りだなんて、ちょうど良かったですね!」。

 少女のような笑みをこぼし、彼女は声を弾ませた。

 

 加藤がキッズクリニックなどに参加すること事態は、決して珍しくはない。ただ、これまでのイベント主催者は主に自身のスポンサーであり、開催されるのはオフシーズン。シーズン中にイベントを行うのは、24歳の彼女にとって初めての経験だった。

 その厳しいスケジュールにありながらも、彼女が今回のクリニックに興味を抱いた訳は、「テニスが盛り上がって欲しいな」との純粋な願いにある。

 最近は大坂なおみや錦織圭の活躍もあり、テレビ等でテニス関連の情報が扱われる機会は格段に増えた。だが、それら一部の選手たちに当たるスポットライトは、「果たしてテニスそのものの人気や、他の選手たちの知名度は上がっているだろうか?」との疑問を浮き上がらせもする。

 これを機に、テニスという競技の魅力や面白さを子どもたちに直に伝えたい……そんな想いが、彼女を動かす熱源だった。

 156cmと小柄ながら、アクロバティックかつ独創的なプレーで相手を翻弄するのが得意な加藤は、自身が何より「遊ぶこと、楽しむことが好き」な選手でもある。プラクティスコートでひらめいたトリックプレーを遊び感覚で練習し、実際に試合で使うタイプ。そんな彼女が子供たちに伝えたいのも、テニスの多様性や創造性だ。

「もちろん、小さい子には多くボールを打たせてあげたいけど、わざと取りにくいボールを打ったりもして……それも含めて、テニスの楽しさ。そういう面白さもあるんやで、というのを知ってもらいたいです」。

 プレー同様に言動もトリッキーな彼女が、真意を掴ませぬ、いたずらっぽい笑みで言う。実際にクリニックでは、バウンド後にボールが真横に跳ねるようなショットを打ち、子供たちの目を丸くさせた。今回のイベント参加者の間で、「もっとも打ち返すのが難しいボールを打つ選手」として名前が上がったのも、やはり加藤である。

 今年のひな祭りは、テニスの楽しみと共に“えぐい球のおねえちゃんとボールを打った日”として、子どもたちの胸に刻み込まれたかもしれない。だとすればそれは、加藤の狙い通りでもある。

■テニスの魅力をいかに伝えるか――久見が抱く葛藤■

久見香奈恵
久見香奈恵

 加藤が、遊び心に満ちたプレーを子どもたちに見せることは、彼女をイベントに誘った久見の狙いで通りでもある。日頃、天王ダムスポーツガーデンでジュニアの指導にあたることもある彼女は、今回のイベントの“コーチ選定係”でもあった。

 そこでまず、子どもたちを驚かせるような身体能力や高度な技術を持ち、今現在、世界最高峰が集う舞台で夢を追っている現役選手と考えた時に、真っ先に思い浮かんだのが、加藤だった。

 「彼女ならサービス精神もあるし、真面目に子どもとも向き合ってくれる。彼女にとっても、現役中に子どもたちやファンと直に触れ合うのは良い経験になるはず」

 8歳年少の後輩に、久見はある種の敬意を表した。

 

 全日本選手権ダブルス優勝等の実績を持つ久見だが、彼女は自らを「3流プレーヤー」だと称す。それは、本気で世界の頂点を目指し、この競技に掛けてきたという自負と表裏の謙遜でもあるだろう。

 2年前に現役を退いた彼女は今、日本各地のイベント等でコーチングをしながら、時に大会スタッフとして運営側にも携わる。

 それら多角的な立場で、多種多様なテニス関係者や愛好家たちに触れた時、種々の情熱の糸が、彼女の中で複雑に絡まりだした。

 勝敗ばかりを追うのではなく、テニスの楽しみを知って欲しい。

 でも勝利を求め、勝利のために自分を律する姿勢も追求して欲しい。

 いや、まずはスポーツという存在を、日々の生活の中に編み込んでいくことが先決か――?

 久見が抱えたそれらの葛藤は、今回のイベントのために声を掛けた顔ぶれにも反映される。

 同期の井藤に白羽の矢を立てたのは、彼がそう遠くない将来に指導者になるだろうことを踏まえ、教えるという経験を積んで欲しいと思ったから。

 そして、ツアーコーチとしての新たなキャリアを踏み出すことが決まっている吉備には、つい先ごろまでの競技生活で得てきた経験や感情の動きを、子どもたちにメッセージとして伝えて欲しいと願っていた。

■テニス人気を高めるために――吉備が歩むセカンドキャリア■

 

吉備雄也
吉備雄也

 2月上旬の、全日本室内選手権を花道に現役生活に終止符を打った吉備は、昨年末に発足した“全日本男子プロテニス選手会”発起人の一人である。

 今はテレビをつければ連日のように、錦織のみならず西岡良仁やダニエル太郎ら、トップ選手たちの試合が中継されている。だが日本国内で開催されている大会に、観客が増えたという実感はない。もちろん、出場選手の顔ぶれや試合のレベルが、錦織らと異なることは分かっている。ならば国内の大会では、選手とファンが交流するイベントなどを、選手主導で行ってはどうか? 

 会場に足を運ぶ観客を増やしたい。テニス選手と直に触れることで、ファンがラケットを手にする機会を増やしたい――選手会発足の柱の一つに、そのような理念があった。

 今回のイベントは選手会主導ではないが、参加する上で吉備が抱く想いは同じである。

 「やっぱり上の選手や大会だけでなく、下も盛り上げていかないと。そうでないと、大坂、錦織が居なくなったら終わってしまう」。

 危機感にも似たテニス活性化への願いを抱く吉備は、このようなイベントでは、子供たちに楽しんでもらうことを心がけている。

 「テニスをするのは初めてという子どもにも来てもらっているので、楽しんで欲しい。楽しいか楽しくないかで、それぞれの中でのテニスの価値が決まりますから」。

■幼少期の経験を次の世代に。井藤がつなげたいと願う“衝撃”の連鎖■

 

井藤祐一
井藤祐一

 引退した吉備と同期の井藤は、今季、まだトーナメンへの出場がない。現在は遠征に行くための資金を、イベント出演やコーチングをしながら稼いでいるところだ。

 今年8月に33歳を迎える、プロ生活13年目。一足先に新たな道を歩み始めた吉備の姿に、自身の未来を重ねもする。

 「どこかで舵を切らなくてはという思いは、ここ最近常にあります。短いスパンで目標を決め、そこに届かなければ、諦めるのか……」。

 残された時間の限りを自覚しながら、今は「ドサ回り」する日々だ。

 井藤がキャリア最高の世界325位に達したのは、21歳の時のこと。グランドスラム予選圏内が視界に入ったその頃に、膝に慢性的な痛みを抱えた。経験のある今ならば、休養を取り治療する道を選ぶだろう。だが若かった彼は結果を求めて無理を重ね、またそのような彼に、正しい助言や知識を与えてくれる存在も居なかった。

 「そのような人が近くに居たら、また違う世界が見えていたのかな……」。

 それは今も時折胸を塞ぐ、“ありえたかもしれない世界”だ。

 

 テニスに見切りをつけようと思ったことは、25歳を過ぎた頃から幾度かあったという。それでも続けてきた理由は、「根はやっぱり、テニスが好きだから」。その根を植え付けられたのは、15歳時に当時の日本ナンバー2選手である、山本育史と打ち合った10分ほどの体験だ。

 「スライスがすごく伸びてきて、衝撃的だったのを鮮明に覚えています」。

 その記憶を最近になり、井藤は山本に伝えた。すると返ってきたのは「僕も、若い頃にトッププロと打たせてもらって、同じような思いをしたんだ」との答えだった。

 「だから僕もこういうイベントでは、子どもたちの印象に残るプレーも見せていきたいです。その子がプロになって、あの時に打ってもらったんですって言ってくれたら、テニスをやってきて良かったと思えるはずです」。

 端正な顔を綻ばせて、彼はそんな未来像を口にした。

 

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 総勢120人以上の小学生が集った今回のイベントで、4人の選手はそれぞれの個性と想いをプレーと言葉に映しながら、子どもたちと接していた。

 井藤が得意の高速サーブを披露し、子どもたちを驚かせた。

 久見と吉備は既にコーチの視線となり、時に厳しく助言を与えた。

 加藤は顔には常に笑みを湛え、ラケットから生み出す予測不能なショットで、子どもたちを翻弄する。もしかしたら、そのボールを追う子どもの誰かが、そう遠くない未来にプロとなり、「あの時のえぐいボールが、印象に残ってます」と伝えに来るのかもしれない。

 

 その想いの表出方法は、多種多様で千差万別。それでも彼らが共有するのは、感動の連鎖の輪となって、次の世代に伝えたいという願いだ。